2007年11月アーカイブ

2007年11月28日(水)

嬉野です。
寒いです。
札幌は氷点下の夜を迎えておりますよ奥さん。

さてと。
今週の土日にHTB社屋前の駐車場でやりますOnの祭りがね、
ずいぶん楽しげなものになるみたいですのでね、お近くにお住まいの皆さんにはね、是非大勢さんでおいでいただきたいと思いましたのでね、お知らせしておきますよ。

いや、なんかしばらく前に店長がね、
12月1日、2日に、Onちゃん10周年を記念して駐車場でイベントやりますって言ってましたからね、フリマみたいなものでもやるのかと思ってましたら、けっこうな規模の小祭でね、縁日もやるんだそうですよ。

もちろん入場は無料でね、入り口で縁日券を配りますからね、それあれば、輪投げ、射的、ヨーヨー釣り、いろいろ遊べて景品もゲットできて空クジ無しだそうですよ。

店長、
「これから景品の買出しに行かなきゃならないんです」
なーんつって今日の夕方、忙しそうにしてましたけど、
どことなく楽しげでしたよ。
豪華景品もあり、半端物もありなんだそうですよ。

飲食カーも数台登場しましてね、特製カレーとかね、いろいろ美味しそうなものが食べられそうでありますよ。

もちろん飲食だけは有料ですので(他はみんな無料なのよ)お財布も忘れないでね奥さん。

HTBの女子アナも総出演でね、館内で物語の読み聞かせをしたりするそうです。つまり朗読ですよね。
アナウンサーの生声でお話聞くのって、きっと楽しいと思いますよ。アナウンサーも視聴者のみなさんと直に会えるということでね、みんなかなりな意気込みだそうですのでね、宜しくお願いいたしますね。

祭り好きの店長が、HTB全体を巻き込んで、どうやら、かなり充実したOnの感謝祭にする意気込みですのでね、土日に、まだ遠出の予定とか入っていないお家はね、ぜひ、ちゃんと厚着してね、ご家族連れで遊びに来てくださいな。

なんかね、楽しそうですよ。

Onちゃん10周年感謝祭!

「ありが10on祭(ありがとうおんまつり)」

12月1日(土)2日(日)の両日。
両日とも11時から16時まで。

場所は、南平岸のHTB社屋前の駐車場と館内玄関ホールまわりで開催いたします。

じゃ、また明日。


(23:17 嬉野)

2007年11月27日(火)

奥さんこんばんわ。(←わは、ねらいです)

嬉野です。
本日も私です。

隣の藤やん風邪引きました。

きっとインフルじゃないんでしょうか?
顔つきがおかしくなってましたから。

昨日は欠席してましたが、本日出社しましてね。
したが風邪は治っておりませんでね。
そうしますと保菌者ということになりますからね、

「感染るから、早く帰ってくれよ!」と強く言いましたら。
「冷たいことを言うじゃないのよ」と寂しげに申しておりましたよ。

うちの奥さんも藤やんもそうですが、
ふだん、むやみと元気の良い方はね、風邪くらい引いた方が、多少弱って、しおらしくなりますから丁度好い具合ですね。

可愛げが出ますですよ。

で、さっき帰りました。

みんなも風邪に注意しよう。

さて、12月1日、2日の両日(土日ですね)。
弊社HTB社屋前駐車場で「ありが10on祭(ありがとうおんまつり)」が、開催されますのでね、詳しいことを明日以降お知らせさせていただきますですよ。

ぜひお時間のある方はお越しいただきたいでありますよ。
詳細は他日を待て!

じゃ、奥さんまたね。


(18:33 嬉野)

2007年11月26日(月)

夜分に嬉野です。

秋の夜長に無駄に長い日記は、いかがでしょうか(笑)。

昔読んだ本にこういうのがありました。
印象的深かったのでね、未だに覚えてるんですな。
それをちょっと思い出し思い出し書いてみますよ奥さん。

こういう話なんですよ。

「まず、イギリスの諸君、撃ち給え!」

これは実際の戦場でね、イギリス軍と対峙したフランス軍指揮官の口から発された言葉だそうですな。

18世紀の話だそうでございますよ奥さん。

今から300年近く前の話ね。
生まれてました?奥さん。
まぁ当然だれも生まれてないんでね、
証言できる人はいないわけですがね。

さぁ、この時。
イギリス軍とフランス軍の第一線は、共に横一線に並び、
銃口を向け合っていたそうでありますよ。

もちろん第一線ですから、両軍とも、その後ろにも兵士は、いっぱい控えているわけです。
しかし勇敢な兵士はいつも最前列にいるわけです。
尊敬される場所にいるわけですよ。

さて、当時の軍事の常識としてね、こういう状態では、
最初に撃ち始めた方が相手の第一線を壊滅させたそうですな。

そらそうでしょう。
だってお互い声が聞こえる距離で向き合ってるんだものね。
これはそうとう至近距離ですよ。

ひょっとしたら100メートルくらいしか離れていなかったんじゃないの。

あのね奥さん。先に撃たれたら死んじゃうかも知れないのよ。
冗談じゃなくて。
そのことをお互い分かっていながら、
いや、分かっていたからこそ、
フランスの第一線指揮官はイギリス軍の第一線指揮官に向けて言い放ったわけですよ。

「まず、おめぇらの方から、我々を撃ちたまえ」と。

戦場にあっても、敵軍に対して決闘の時のような礼儀を払うことを忘れなかった。
それがヒューマニズムを第一義に貫いた18世紀ヨオロッパの面目なのだと、なんかの本に書かれてありましたな。

さぁ、フランス軍の指揮官から、この礼を受けてね、
イギリス軍指揮官だって、負けじ!と礼を返すわけです。

「いやいや、それは困りますフランスの皆さん。お撃ちになるのはまずはそちらから」と。

ねぇ、度胸千両と腹決めて、
どちらも命がけで譲り合うというんだ。
男の見せ場だったんだろうね。

「いえもう、ここはうちが払いますから」
「いや、そんな困ります奥さん。ここはうちが」
「いいのよ、うちが払うから」
「だめだめ、そんなことされたら私が主人に叱られるから。ねぇお兄さん御幾ら?」
「だめよ奥さん、あたしが払うの!」
「いやよ、私が払うのよ!」
「あたしよ!」
「いぃえ私よ!」
「あたし!」
「私!」

かくして戦場のレジ横で、いや最前線で、
男度胸の譲り合いがしばし展開されたそうですよ。

そしてね。このやりとりを間近に見ながら、両軍の兵士もまた自軍の上官の計らいを粋なものとして見守ったのだといいます。

やがて譲り合いの果てに、最初の一斉射撃はイギリス軍が受け取ることになったそうです。

「そうぉ?じゃご御馳走になろうかな。ごめんなさいね。でもあれよ次は私が払うから」。

まぁだいたい、こういう譲り合いの場合は先に言われちゃた方が受けることになりますな。

フランス軍指揮官の顔は勿論の事、ここまでの事の成り行きを見守っていたフランス軍第一線を守る兵士達の顔も満足げに高揚したんでしょうな。
「あぁ俺たちは真の男だぜ」と。

そして一瞬の静寂の後。
イギリス軍の指揮官の号令が戦場に響きましたでしょうな。

「弾込めぇ!」

上官の命令を受けてイギリス軍第一線兵士が、きびきびと銃に実弾を込めはじめますな。

さぁ、フランス軍第一線の兵士には緊張が走ります。
撃たれるのを待つ、フランス兵のみなさんのこの時の気持ちは、いかばかりでありましたでしょう。

かくして一閃雷轟。一斉射撃を受けたフランス軍の第一線は瞬く間に壊滅したそうです。

その後激しい戦いが始まりまして、混戦の末、後詰のフランス兵の獅子奮迅の活躍の果てに勝利はフランス軍の手に落ち、戦いは終わり、両軍の負傷者は、近隣の村々で手厚い看護を受け、それぞれの郷里に帰されたのだそうです。

まぁ今の我々の頭で聞いてますとね、なんとも信じられない情景ですが、実話だそうです。

戦争であっても、むきだしの憎悪というものがなかったんですな。
相手を殺しつくすということをしなかった。
戦いといえども、手段を選ばずに勝つということを誰も喜ばなかった、そういう時代があったということですな。

そこで考えなければならないのはね奥さん。
なぜ、そのように戦争においてでさえ礼儀正しくしなければならないと誰もが思う時代があったのかということですよね。

卑怯な真似で勝っても、きっと世間が痛烈にバカにする。
勝ったところで、かえって恥をかき面目を潰すことになってしまう。
世間から批判をあび、面目を潰すことになっては誰もついてこない。
正々堂々と闘って、そして勝ってこそ、初めて世間の賞賛を浴びることができる。
だから誰も卑怯と言われそうな真似をしなかった。

できなかったんですな。

だから手段を選んだ。
常に礼儀を忘れぬような手段を選び、戦いに臨んだわけですな。
礼儀を重んじるのも命がけですな。

ただ、ここで気をつけねばならないのは、
「昔の人は偉かった」というのが、けして結論ではないということです。

ヨオロッパがね、このヒューマニズムの時代を築いた18世紀の、その前時代にね。
ある大きな災厄が、ヨオロッパに未曾有の不幸をもたらしてしてしまったのだそうですよ。
そのことが、人々をこぞってヒューマニズムに向かわせたそうなのですよ。

その災厄というのが30年戦争という宗教戦争だったそうですよ。

ドイツの地を舞台に繰り広げられたその戦争は、やがてヨウロッパ諸侯の利害を複雑にからめて、人々はもう、いたるところで殺戮の限りをつくしたそうですよ奥さん。

カトリックが良いんだ。いやプロテスタントだ。
みたいなことから始まった戦争だったそうですな。
(だったと思うよ、多分)

宗教戦争というのは、どうしてもむごい殺し合いになるそうで、ドイツの人口の実に六割近い民がこの戦争で殺されたそうです。
ヘンデルとグレーテルが迷い込んでしまったようなドイツの森が、この戦争でほとんど焼き尽くされたのだそうですよ。

焼き尽くし、殺しつくしたわけですな。

そんな殺戮が続いて続いて、30年目を迎えたころに、とうとうその殺戮は止んだそうです。
さすがにみんな、殺しあうことが嫌になったんですね。
つまり飽きたんです。

それで、カトリックだ!プロテスタントだ!と主張しあって始まった大戦争がね、最終的には、どう決着して止んだかというとね。

「カトリックでもプロテスタントでも、もうどっちでも好いよ」という、もうもう、どうでもいいような結論に落ち着いたそうですよ奥さん。
要するにみんな、宗教にまったく関心が無くなってしまったんですね。

そしてなにより、殺しあう事に、むごたらしいことに、うんざりしちゃったのよね。

だから、そのうんざりする殺し合いを止められるんならさ、なんでも好いよって思っちゃったそうなんですよね。

結局、それが栄光ある18世紀ヨウロッパのヒューマニズムの時代を生んだのだと思うと、ちょっと考えてしまいますな奥さん。

でも、きっと人間は、大昔から、そうしたものなんでしょうね。

人間は、どんなものにだって飽きてしまうんでしょうよ、きっと。
それが良い物であっても悪い物であってもね。

そしてね、それがどれほどつまらない事か。
それが、どれほど素晴らしいものであったのか。
そのことを、全員がそろって、腹のそこから分かるまでには、もの凄く長い時間と、がっかりするような大きな犠牲が必要なのだと、このドイツの30年戦争と、その後に訪れた18世紀ヨオロッパのヒューマニズムの時代は、物語っているのだということなんでしょうかねぇ。

まぁ、というお話でしてね。

いつの時代にもあてはまる、こんなのが人間の性質の中にあるんだということをね、まぁ、覚えておくのも何かの足しになるだろうと思いましてね、書きましたのよ奥さん。

だからまぁ、長くなったけども好いじゃないのよ。

じゃ奥さん。また明日!

解散!

つーか、あと1時間で今日も終わるがね。


(22:59 嬉野)

2007年11月24日(土)

嬉野です。

気づけば、まるまる2週間もの長きに渡り、
ここの日記書くのを御無沙汰していたのではないでしょうか?

前代未聞でございます。

掲示板をば本日ただ今見ますれば、
みなさま方それぞれ異口同音に、
我々二人の安否を気遣われておられますご様子。
まことに持って恐れ入るばかりでございます。

先々週よりばたばたと、我々二人、
「水木金」「水木金」と週末目掛けて出張づきましてね、
このありさまでございますよ。

したが奥さん、御心配めさるな。
我々二人、いたって元気。
すこぶる健康。
家内安全。心願成就。
インフルエンザの予防接種も終えまして、
冬を迎える準備万端。
元気ハツラツでございますのでね、
どうぞご安心くださいませ。

えぇまた、来週月曜日より、粛々と日記書きますのでね、
よろしくお付き合いをばいただきたいと思っておりますですよ。

ということでね奥さん。
これにてわたしゃ帰りますよ。
好いですか。好いですね。そうでしょう。

では、また来週!
あ、久しぶりに言っときましょう。

解散!

さぁ、来年のドラマは面白くなりそうですよ奥さん!
お楽しみに!

(18:54 嬉野)

2007年11月13日(火)

嬉野です。

北海道地方の皆さんにお知らせ!

明日14日の「水曜どうでしょうClassic」(予定時24:40?)は、「AFCチャンピオンズリーグ2007決勝 浦和レッドダイアモンズ×セパラン(イラン)戦特別編成のため、階段編成の影響で定時よりも遅くなったり、早まったりします。

ビデオ録画の方は気をつけて・・・と言うか、予約録画は無理だと思われますので御了承くださいませ。

以上取り急ぎ連絡事項でございました。

えぇっと、今日は、藤村先生が、このあと日記書くのかな?


じゃぁ書きましょう。

藤村でございます。お久しぶりでございます。

現在、DVD第10弾「東京ウォーカー/マレーシア・ジャングル探検」を鋭意編集中であります。年内の完成を目指しております。

そして、今年の夏からロケハン、取材を進めてまいりました来年放送の大型ドラマ、その脚本の第一稿が今週末あたりには上がるとのことで、いよいよ出演者のキャスティングも本格始動。

みなさまにドラマの概要をお知らせできる日も近いかと存じます。

そのほかにも、進めていることが多々ありまして、お話ししたいことは山ほどあるんですが、ちょっとずつ小出しに、機を見て、お話させていただきましょう。

えー、今日のところは、う先生に「書くのかな?」と言われて「じゃぁ書きましょう」と、書きはじめただけなので、たいした話もありません。

ありませんが・・・あ、そういえば今日にょういずみにょうからメールがありました。

携帯にその文面が残っておりますが・・・そうですね、どうしようかな、まぁ「タイトル」だけ、みなさんにお見せしましょうか。

ドラマで大活躍の人気タレントでありますところの彼が、私に書いたメールのタイトルであります。


「やい!この昆虫野郎!!」


いきなり人を虫よばわりですね。「やい!」「この昆虫!!」と。

いったい彼は、私がどんな昆虫であると言っているんでしょうか。

タイトルだけのつもりでしたが、そうですね・・・中身も少しお見せしましょうか。

えー、ドラマで大活躍の人気俳優に成長しました彼、もう34歳ですか、いい大人です、その彼が、私に書いたメールの一文であります。


「もう北海道はだいぶ寒いから夏場みてぇにブンブン飛べねぇだろう?」


・・・彼なりに多少の季節感を出そうとしているんでしょうか。

藤村さん、北海道はもうずいぶん寒いんでしょうねと。だからもう夏のようにブンブン飛べないでしょうと。

推察するに、私をハエや蚊の一種だと思ってますね。

ほかにも「おれの前を飛んだ瞬間バシーン!と叩き落してやるけどな」みたいな脅迫文もありますから、明らかに私を1cm前後の微小な虫に例えていますね。

しかし・・・そうなると、メールの最後の文章がおかしいんです。


「ようし、ではまた池に戻ってよし!」


私に・・・池に戻れと。

ある程度悪態をついて満足したんでしょう。「池に戻れ」と。

でもおかしいんです。ハエや蚊が「池に戻る」ということはありません。

私が蚊の幼態である「ぼうふら」だったら、彼の言うとおり池にも戻れましょうけれども、私はすでに夏の間ブンブンと元気よく飛び回っていた飛翔型の成虫であります。

それを池に戻れとは大泉さん、生物学的に筋が通らない。

えー、わたくし推察しますに、文章を書き連ねていく中ですずむし並みの微細脳しか持ち合わせていない昆虫タレントはその微細脳ゆえに当初思い描いていたハエ蚊の類いからゲンゴロウ等の水生昆虫へと文字通り考えなしに脳みそなしに私のたとえを変えてしまった、ということでありましょう。

ということで、このような不用意な悪態メールを朝っぱらから私に送ると、ヒマ日記の格好のネタになってしまうという、まさしく「飛んで火に入る夏の虫」、やっぱりおまえの方が虫だったと、そういうことになるんですね。

じゃじゃじゃじゃじゃぁー今日はこのへんで。

すっきりした。


(20:22 藤村)

2007年11月13日(火)

嬉野です。

北海道地方の皆さんにお知らせ!

明日14日の「水曜どうでしょうClassic」(予定時24:40〜)は、「AFCチャンピオンズリーグ2007決勝 浦和レッドダイアモンズ×セパラン(イラン)戦特別編成のため、階段編成の影響で定時よりも遅くなったり、早まったりします。

ビデオ録画の方は気をつけて・・・と言うか、予約録画は無理だと思われますので御了承くださいませ。

以上取り急ぎ連絡事項でございました。

えぇっと、今日は、藤村先生が、このあと日記書くのかな?

(16:56 嬉野)

2007年11月9日(金)

嬉野です。

本日、札幌の天気は晴れ。

しかしながら、もう冷え始めております。
冬近し。

昨日は、私、カミさんと旭山動物園へ私行きましてね。
格安バスツアーでねぇ、行きました。
安いの。奥さん。これが。

札幌駅から旭山動物園まで行って戻って園内4時間、行きに砂川サービスエリアで北菓楼さんのシュークリームを銘々お土産にいただいけて、しめて2980円!

おまけにあなた、空いてたのよ昨日。
旭山動物園。
全部見れましたの。もう満足。

私ねぇ、初めて行きましたんですよ奥さん。
旭山動物園。

東門の団体入り口から入りましてね。
下っていきましたら、シロサイが遠くに見えまして。

「あ!サイだ!」

私、シロサイで、いきなりやられました。
シロクマ館とかペンギン館とか行く前に。
いきなり入り口付近でやられました。

「あんた、やられんの早すぎるわよ」

と、妻は、いくぶんあきれ顔でしたが、問答無用でやられました。

どうも私は、デカイものに弱いところがある。
惹かれるのでありますね。
デカクて、おっとり系のつぶらな瞳に心惹かれます。

象さんとか。

いや、そらまぁあなたね。
野生の象は怖ろしいですよ。それは。
そら密林の王者ですから、おっとりとはしておりませんさ。
大木だってなぎ倒しますからね。
筆箱だって踏んだら割りますから。
↑40代以上に向けたネタです。

しかし、はるばる異国の動物園で暮らす象さんは、たいがいおっとりしてますでしょう。暮らしぶりがいくぶん楽チンですから。

ですから、旭山動物園のシロサイもおっとり顔で、つぶらな瞳でした。
あぁいう動物を見ておりますと見飽きませんな。
いつまでも見ていられる。
あれはどういう心境なのでしょうなぁ。

ちょうどガキんちょの群れが、飼育員さんに引率されて、シロサイの前で野生動物の講義を受けておるようでした。

「この子たちが、住んでるところは、本当はこういうとこじゃないからね。自分たちで餌を探して食べなければなりません!」

なんてなことを大きな声でお話されてましてね。
好いですね。
あぁいう光景を大人になって端から見るのもね。
幸せな光景です。

で、考えてみましたら私ね、ひょっとしたら動物園なんて来たの初めてだったかもしれないなぁ、なんて思いましたね。

なんだかテレビで、盛んに見てきてるから、もうよく分からなくなっておりますが、サイ見てね、「サイだ!サイだ!」って心が躍るというあたり怪しいですね。初めて間近にみたやつの反応だよね。

事実、昨日、定年後の御夫婦連れみたいなカップルでね、

「あ!アザラシいるよ!ほらアザラシ!」

みたくはしゃいでおられました旦那さんがかなりおられましたね。
あちこちで見かけましたよ。
あの方々も、きっと初めて動物園にきたんじゃないでしょうかね。
あの年齢でね。
でなきゃあんなにはしゃがない。

隣におられた奥さんの方はね、
「そらいるわよ。アザラシ館だもの」

みたいなね、まぁ反応でしたがね。

うちのカミさんも、「小さい頃から上野動物園はよく家族で行ってたよ」、みたいなことを言っておりましたから、シロサイ見ても「だからどーした」みたいな、大人な反応をしておりましたね。

シロサイの隣には、キリンがおりましてね、

「あ”!ほら!キリン!キリン!首が長いよ!」

みたいに私が言いますとね。

「アタシ、キリンの本物アフリカで見たよ」

なんてなことを言うわけです。

「なんだよ、キリンの本物って。あれだってニセモノじゃないだろう。だいたい、いつアフリカなんかに行ってんだよ」
「え?毎年」

みたいなね、ことを言うわけですよ。

まぁ確かに、バイクツアーでね、一時期本当にあの人、毎年アフリカに行ってたことありましてね。
で、3年くらい前にバイクの転倒事故を起こしてナミブ砂漠あたりで大怪我してね、旅行会社のサポーターのお陰で辛うじて死なずに済んだのね。

それくらい深刻な事故だったのよ。
もちろん、プロテクターもヘルメットもちゃんと装着してたのも好かったんだけどね。

でも、その時の傷跡がね、未だにあの人の右足の膝小僧あたりに大きく残って可哀相な気もするけど、元気にミニスカート履いて買い物行くこともあるし、「アタシはバイクで死ねたら本望なの」みたいなことを言って相変わらずバイク旅を続けるからね、私ももう何も言わないのよ。

言わないどころか、それからカミさんには敬意を表しております。

あんな怖い痛い想いをして、それでもまだ乗るっていうんだものね、よっぽど自分の世界がしっかりないと、そこまで人間、腹は決まらんだろうと思うからね。

いやいや!
そういう家庭内の話をここで書こうというわけでなく、
旭山動物園へ行きましたというお話ですよ、本日はね。

さぁシロクマ館!
奥さん行きましたのよ。
シロクマ館へ行きましたの。

空いてましたねぇ昨日は。

ただまぁ、シロクマくんは、池の側にへばりついて微動だにせず。
勢い良くバシャーッと飛び込んで「きゃー!かわいい!」みたいなことにはなりませんでしたが、愛らしいお顔でしたね、シロクマさんはね。

でもあれ、ガラス越しで見てるから愛らしいけど、
ガラス無かったら、愛らしいなんて余裕ないだろうね。
あいつにのしかかられてね、食われそうになりながら
「いやぁ、シロクマ。癒されますねぇ」
みたいなことは、人間思えませんからね。

いつか、シロクマの親子の出てくる映画見ましたよ。
地球温暖化でね、北極も暖かくなっちゃって、氷が沖までなかなか張らないからね、アザラシのコロニーまでシロクマは狩りにいけなくてね、親も子もどんどん飢えてね、衰弱してくるのよ。

「おかあさん。お腹減ったよぉ」
「我慢するの。ほら雪でも食べてなさい」

そのうち、兄弟の一匹が、とうとう飢えて死んでしまったりしてねぇ。もう泣けて泣けて。

やがて、やっと氷が沖まで張ってね、
アザラシのコロニーまで親シロクマが行けてね、
親子は、目出度く命ながらえましたという展開でね、

「いやぁ好かった、好かった」

なんつってね、見てましたけど。

あれ、「アザラシの一生」とかいう映画あの後見たらね、
どうだったんでしょうね奥さん。
シロクマに対する印象。

あきらかに、シロクマが悪党だよね。

この辺りがねぇ、なんともはや、だよね。

いやぁ、人間、いろんな視点でものを見ないと見誤るよね。
世の中を。

というねぇ、格安バスツアーでしたね。

さすが旭川が誇る「旭山動物園」!
奥が深いですね。

それでは、みなさん、また来週!

解散!

こんなんで好かったんだろうか。
本日の日記は。


(13:06 嬉野)

2007年11月8日(木)

嬉野です。

昨晩は、書かんでいいっちゅーのに掲示板は晩ご飯のお献立で賑わっておりましたが、どーしたことでありましょうか。
まぁ皆さん全国的に美味しそうな夜を迎えられたようで何よりでありますよ。

さて、私は本日お休みをいただきましてね、うちの奥さんと一緒に格安バスツアーにでまして、ただ今家路についておるところでありますよ。実に楽しい一日となりました。

雨降ってきましたねぇ。すっかり暗くなりました。まだ札幌までしばらくかかりますのでね、わたしゃ寝ますので皆さんどーぞ本日もお達者で!

じゃ、また明日。

解散!
揺れますなぁバスは。

(16:35 嬉野)

2007年11月7日(水)

嬉野です。

お腹がすきませんか奥さん。

そうでもないですか?
私はすきましたんでございますよ。

食欲の秋でございますね。
日が暮れますと腹がへります。

お仕事帰りのみなさんはいかがですか?
今夜のおたくの食卓には、どんなお料理が上るのでしょうかねぇ。

いえ、アンケート調査じゃないので掲示板の方にぞくぞくと献立を送ってこないでもいいんですよ。

腹がへるばかりですから。

ちょっとした、ごあいさつ程度の質問でございますからね。
もうかりまっか?みたいなもんですから。
詳細に収支計算をされました帳面を見せられましても、
困るようなものですから。
お気になさらずに。

じゃ奥さん、また明日。
あれ?これじゃ、みじかい?(笑)

いいじゃないのよ、たまには。
それでは美味しいものをお腹いっぱい食べて、
嫌な事に負けず、意地でも明日を乗り切ろう!

解散!


(18:33 嬉野)

11月5日月曜日でございます。藤村でございますな。

まずはお知らせ。

今晩、「素晴らしい世界」内で、先月作りました短編ドラマ「残された2人」の第一回目が放送されます。

音尾先生主演。お相手は朝の連ドラ「風のハルカ」に主演しておられた村川絵梨さん。

基本的に出演者はこの2人だけ。

お話の舞台は片田舎のバス亭(実際は札幌の町中にバス亭を作りました)。

1話およそ6分で全4話。あっというまに終わるシロモノですが、道内のみなさま、地元局が作るドラマでございます。北海道でしか見れません。是非、話のタネにご覧下さい。


さて先週、嬉野先生が「金縛り」について書いておられましたな。

実は私も一度だけ、もんのすごい金縛り、それも白昼堂々金縛られた経験がございます。

大学時代のある夏の日。

午前中からラグビーの練習があり、午後からも練習がある、いわゆる二部練ですな、合宿並みのつらい練習をしておりました。

そんなある日。午前中の練習を終えた私は、いったん下宿に戻りました。

私の下宿は、大学のグラウンドから割りと近い場所にありました。

とにかく私は疲れていました。午後からも練習があることに、かなりうんざりしていました。

昼メシは食べたんでしょうか、覚えていませんが、とにかく午後の練習が始まるまでせいぜい体を休ませたい、そう思って、ひとり早めに下宿に戻りました。

暑い日でした。

部屋に入るとすぐに窓を開け放ち、練習着を脱ぎ捨て、敷きっぱなしのせんべい布団に倒れ込みました。

北海道です。冷房など無くとも、窓から心地良い風が吹き、カーテンを揺らしていました。


静かでした。


ふっと目が覚めました。

時間経過はわかりません。

とにかく目が覚めました。

目は覚めましたが、まだ体は目覚めていません。

ぼーっとしていると、視線の先でなにかが動きました。

視線の先、自分の足元に、部屋のドアがあります。

ドアはいつのまにか開いていました。

閉めたはずなのに・・・。

開いたドアの向こう側、ほの暗い狭い廊下で、白い影が動きました。

ひとつやふたつではありません。数体の白い、人影が動いていました。

(あ・・・)

と、思いましたが、体が動きません。

(これが、金縛りというやつか)

意外と冷静でした。冷静に白い影を見ながら、状況を分析しておりました。

(これが金縛りか)

(意識はハッキリしてる。でも体が・・・確かに動かない)

(でも、見えるなぁ・・・)

(あれはカンペキに人だな。あれが幽霊か、この金縛りの原因か)

思っているうちに、その白い影、いや、影の軍団が、すーっと部屋に入ってきました。

いや、「すーっと」ではなく、どやどやっ!と入ってきました。

(あっ・・・なっ!)

軍団は、私の足元にずらっと並び、私を見下ろしていました。

そして、ひとつの白い影が、私の足をぐっ!とつかんだのです

(あっ!やめろ!)

確かな感触がありました。確かに私は足をつかまれている。

それどころか、白い影がハッキリとしゃべるのが聞こえました。

「こいつ丸出しやで」

私は、素っ裸で寝ていました。

「なにしとんねん」

白い影はそう言いながら、容赦なく私の足を持ち上げます。

(やめろっ!)

「はよ起きいや、練習始まるで」

「なに丸出しで寝とんねん」

白い影は2人がかりで私の足を広げます。

「うわっ!」

金縛りは解かれ、私は起き上がって言いました。

「やめろっ!」

「なに出したまま言うとんねん」

「先行くで」

そう言うと、白い練習用ジャージを着たラグビー部軍団はどやどやと部屋を出て行きました。


まぁ・・・結局あれは、金縛りというか、極度の体力的な疲労であり、そんな状況の中で「寝起きドッキリ」みたいなことをされてしまった、という、それだけのことであります。

ということでね、また明日。

追伸。

アナウンサーのページ、「三十路の奥座敷」というページに、私と三十路女子アナ3名の対談が載っております。おヒマなときに。


(16:47 藤村)

Googleを利用したサイト内検索を設置してみました。
右メニューの、『SEARCH』から利用できます。

どうぞご利用下さい。

2007年11月2日(金)

東京は知らぬうちに都営大江戸線などが出来、いやはや彼の地の電車事情は飛躍的に便利になっておりますね。

それに、SUICAというカードがあれば、今や切符も買わずに改札をすいすいと通過する事が出来るので、もう切符売り場に並ぶ事も無くなりました。

思えば1980年代。
東京中の駅の改札には、まだハサミを鳴らしながら乗客一人一人の切符を切りまくる駅員の方の姿がどの駅の改札にもありました。

チョキチョキと鳴り渡るハサミの音が構内に響いておりましたのが駅の風情でもありましたが、すでにそれもなく。
思い起こせば、まさに隔世の感ありというところです。

駅のホームへの階段にもエスカレータが敷設され、エレベーターが設置されました。

時代は、善意の下に行き届かなかった不便な時代を乗り越え、気遣いを旨とする時代へ突入したのだと思います。

そのために企業はお金を掛け、世間はたゆまぬ努力をしている。
そのこともまた見落としてはならない前進なのだと受け取らねばと思います。

先月東京に出張しましてね。
初台から神保町まで都営新宿線に乗りました。

市ヶ谷あたりでしたでしょうか。
車椅子の老婦人が乗り込んでこられました。

押してこられた老紳士はお友達でしょうか、弟さんだったのでしょうか、いずれにしても仲の好さそうな笑顔が印象的なお二人でした。

車椅子の老婦人は、かなりお痩せになっておられましたし、少し顔色も浅黒く、体のどこかにご病気があるような感じでした。

でも、着ておられた服は紅いカーデガン、そして薄い色のブラウス、それにグレーのスカート。
一見すると娘さんのような趣でした。

その老婦人の車椅子を元気に押して乗り込んでこられた老紳士は、温厚な大工の棟梁がゴルフへでも行きそうな出で立ち。
背丈はけして大きくは無く、どちらかといえば横に広くガッチリとした頼もしい体形。

お二人とも年齢は近い。そんな気がいたしました。

私が、なぜそんなお二人のことを詳しく覚えているのかと言いますと。それは、そのお二人の電車に乗り込まれるご様子があまりにも楽しそうだったからです。

その老紳士の老婦人に対する気遣いの中に、どこかしら敬意の念の含まれる想いが私にはしたのです。

あぁ、この男の人は、この老婦人のことを尊敬もしくは愛しておられるのだろうなという想いが、その表情、その動作に見て取れたからであります。

その方たちの周りから発される明るさは、
ただ、いちゃいちゃとした騒がしい仲の好さではなく、
ほんのりと清々しい敬意を見る者に感じさせる仲の好さだったのです。

そしてお二人の仲にある、その清々しい関係を可能にしているのは、もって、その老婦人の気質にあると、なぜか私は思いました。

その時私は、地下鉄の車両の優先席寄りのドア口に立っておりました。
やがて電車は市ヶ谷の駅に止まりました。
すると私の向かい側のドアが開き、
くだんのお二人が元気に入ってこられたのです。

そして、私のすぐ脇に老婦人の車椅子が止められたのです。
老紳士は車輪にブレーキを掛けると、直ぐ横の優先席に元気よく座られ、老婦人を見守るようにニコニコとしておられました。

私は、そのお二人の仲があまりにも微笑ましかったものだから、迂闊にも油断をして、その老婦人の顔をしげしげと見下ろし続けていました。

すると、不意にその老婦人が顔を上げられ、私とご婦人の視線が合ってしまったのです。

普通だとあまりにも不躾なことだから、私がとっさに視線を外すか、先方に不快な顔をされるかだと思います。

ところが、その老婦人は、私と視線が合った瞬間、
ニッコリと微笑まれたのです。
私に向かって。

その笑顔にあてられて、瞬間的に私も微笑んでしまったのです。

不躾な視線を落としていたのに、その老婦人の微笑のお陰で、気まずい事にならずにすみました。

いえ、そればかりか、私は、日常の電車の中で、まったく見ず知らずの人の微笑みに微笑みを返す事が出来たのです。
それは私にとっては奇跡的なことで、もって、そのご婦人の人徳によるものだと思ったのです。

目の前の車椅子に座られた老婦人は、見ず知らずの者にさえ自然に微笑みかける事の出来る方だったのです。
だから私も嘘のように自然な微笑が返せた。そう思うのです。

その時、私は、このご婦人の幾十年の人生を想いました。

そして、とても暖かい敬意を、この老婦人に対して、私は持ったのです。

あの老婦人の私に見せてくれた微笑は、思わず微笑み返さずにはいられないものだった。

私は、あの老婦人に教えていただいたのです。
知っていようがいまいが、人と人が微笑み合う時に受け取る、なんとも穏やかな幸福感を。

できれば、年を取った時、私もあの老婦人のようにありたいと、思いました。

今日ある、便利の行方が、すべて善意の下にあることを私は信じたいと思います。

こういうことをここに書いて、なんだか気恥ずかしいのですが。
私は、本当にそう思ったのです。

それでは奥さん、また明日。

解散。

(18:27 嬉野)

2007年11月1日(木)

嬉野です。
HPのお寺の境内にも霜がおりましてね。
寒々としてまいりました。
11月でございますね奥さん。

本日のお仕事も、とりあえず一段落いたされましたか?
皆さん好い一日でありましたですかな。
まぁいろいろあっても、しょうがないです。
お気張りください。

さてと、言う事で。
実は、今日も大した話が出来るわけではないのでね。
くだらん話をしますよ奥さん。

いえね。
つい数日前の夜のことなのです。
うーむ。どっからどう話せばいいのか分からないのですが。

実は奥さん。私には、ある癖がありましてね。
なんて言ったら好いのでしょうか。
「金縛り」癖。みたいなものがあるのですよ。

いえいえ奥さん。
軽い話ですよ。怖くないですから。
私は、オカルト好きじゃありませんから。

あれは確か私が二十歳の年でした。
年末にうちのばぁさまが95歳で大往生しましてね。
そのお葬式が終わりました翌晩に、
ちゃっかり私についた癖でしてね。

あの時は、ばぁさまとおぼしき人が私の枕辺に座りました。
リアルな気配に驚きました。それから癖になりましました。

あれは癖だと思いますよ奥さん。金縛りというのは妙な癖です。
ほら、足がつったりする癖が付いたりするでしょう。
あれだと思うのですよ。

だって、初めの頃こそ、
あまりにもリアルな気配を感じますのでね。
「なんと摩訶不思議なことがあるものじゃ!」と、
驚くんですけどね。
そのうち、あんまりちょくちょく金縛られますうちにね。
「またか」って思い始めるのですよ。
金縛られてる最中にです。

それこそ、二十歳の頃の最初はですね。
夜中に目が醒めても体が動かない、声が出ない。
なんてなことになりますからね。驚くのです。激しく。
でも、実はそれも夢なのですよ。
でもね、それに気づきませんから。
私はパニクってしまっておりました。
けれど。しかしながらね。
頻繁に金縛りを経験しますと、今度は、ほどき方も分かってまいります。

結局、夢です。あれは。
入眠時に見る幻覚です。間違いなく。
寝る前に頭使い過ぎてるとだいたい金縛られますよ奥さん。

しかしながら、その癖も。
年毎に減りましてね。近頃は一年に数回、あるかないか。
今回も、けっこう久々のことで、金縛られることなんて、もう半ば忘れていたくらい、私から遠いものになり始めておりました。

ところが数日前の晩。
私は「Onちゃん本」の原稿の最終の直しをしてたいのですよ。
遅くまで。
それで寝たのです。
経験上、入眠幻覚を見ることになりがちな状態で寝たのです。
つまり体は疲れてる、でも頭は妙に覚醒して、しかも興奮状態にあるわけです。

寝たと思っておりましたら。
私の胸の上を犬が乗り越えて行くのです。
「ハァハァ」言いながら。
その気配で私は目が醒める。そして犬の姿を探す。
だけど犬はいない。そらぁいないはずです。
醒めたと思っているだけで、その時私はまさに幻覚の最中なのですから。

で、それが始まると、その後、誰かに上に乗られて息苦しくなるのです。やがて、なんだか得体の知れない力に自分の体がぐいぐい引っ張られていくのです。
だから私は、その不思議な力に引っ張られまいと力まねばならない。そんなこんなが長々続くから鬱陶しい作業になるわけです。

ところがいつもと違い。今回、展開が派手だったのです。

今回初めての現象が起きたのです。

声がしたのです。
頭の上で(笑)。

声が聞こえた事はこれまでなかったのよ奥さん。
だもんで、なんじゃこれは!って一瞬身構えた。

声は言うのです。私に向かって。囁きかけるように。

「細かいことにこだわるなよ」って(笑)。

言ってんのよ奥さん。頭の上で。

え!って思ったさ。
だってそんなね。
声が聞こえるなんて初めてのことだったからさ。

ははぁ、今夜はいつもとだいぶ様子が違うなぁって思った。

で、その声を聞きながら。
あれ?この声は自分の声だなぁって思ったのですよ。
自分の声が、抗うなって言ってるんだなって思ったのです。

この辺の理解の速さが夢の醍醐味ですな(笑)。
説明が要らない。

それで、いっぺんに気が抜けてね。

「そうだな。抵抗するの止めて、一遍どうなるか成り行きを見てみるか」って思った。
どうせ夢だし。どのみちどっかで醒めるだろうって思った。

で、危機管理意識が吹っ飛んでね(笑)。
今回、初めて踏ん張るのを止めたのですよ。

そしたらあなた物凄い勢いでどっか行っちゃうのよ(笑)。
私がさ(笑)。
もうジェットコースターみたいな体感を覚えたよ私は。
すばらしいねぇ幻覚って。(←あくまでも入眠幻覚の話よ)
「2001年宇宙への旅」のラストみたいな感じよ。もの凄い移動感。

もうどっかへ体がすべっていくのですよ。もの凄い勢いで(笑)。
いやぁびっくりしました。
おぉこれはどうした。好いじゃないか。見たいな感じで盛り上がったね。

したら、次の瞬間。
不意にシーンとした静かな部屋に私はいたのです。
この辺りもまさにキューブリック映画(笑)。

そこに、医療器具なのか。大型コンピュータなのか。
精密で高級そうな機械が据えてありました。
床と天井から色温度の高い青白い光があたっている部屋でした。
白を基調にして、ところどころにグリーンをあしらった色使いの精密機械でしたね。
高そうな機械だったのです。
どう見ても新品。最先端っぽいのです。
その高そうで新品でぴかぴかの美しい最先端ぽい機械がですね、
その部屋を占拠してるのです。
その機械の真ん中に組み込まれるように椅子がひとつあった。
あぁ椅子があるなぁって思いながら熱心に見てた覚えがあります。

その部屋で。その機械を。
私は、じっと見ている。他に人は居ない。

で、思ったのです。

「なんでこんなものが見えるんだろう」って。

現実に見ているわけではないのに。
自分の記憶にある物でもないのに。
それなのに、その機械に近寄ったりできるのです。
近寄ればリアルに機械の細部も見えてくるのです。

そういえば、ものを見るのは脳だって聞いたなぁ。
本当にそうなんだなぁって思って見てました。
だって、ありもしないものが、ありありと見えているのですから。

声も聞こえる。耳で聞いてもいないのに。
声を聞いてるのも脳なんだなぁって思った。

気配だって脳が感じてるのかなぁ。

私の胸の上を乗り越えていった犬の重み。
掛け布団越しに感じる犬の足四本の感触。
聞こえてきた犬のハァハァという息づかい。
みんな脳が見せてくれ聞かせてくれたもの。

でも。
見たことのない機械が目の前に見えているのって。
これはなんだろうって思った。
記憶にないものを、そしてその細部を。
どうしてこう克明に見ることが出来るのだろうって。
それだけが分からなかった。

あの夜はその後も、もの凄い勢いであっちこっち飛ばされましたが覚えていません。

やがて知らぬ間に深い眠りにつけたのか、私は翌朝すっきり目が覚めました。

確かに、声の言った通り。
細かなことを気にしなかったから、好いものを見ることが出来たなと思いました(笑)。

人が死ぬ時に、人は走馬灯を見るというよね。
自分の一生が駆け抜ける馬のように目の前を行過ぎる。

それって、あんな感じなのかな、と思いました。
そうであれば、悪いものじゃないなと(笑)私は思いましたよ奥さん。

では、また明日お会いしましょうね。

解散!


(16:36 嬉野)

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