2007年8月28日(火)

嬉野

2007年8月28日(火)
嬉野でございます。
だいぶ御無沙汰をしております。
みなさまがた、この炎熱の最中、息災であられましょうか。
ご自愛くださいませ。
いやはや、暑い。
ここは札幌なのにと思うことしきりであります。
少し前からね、わたくしそのぉ、北海道米が美味いと思い始めましてね。いや、もともと米好きでしたから、わりと他県の銘柄米に気持ちが動くところが、これまで、ありましたが、そこはまぁ私も大人になりましたのでね、これだけ美味ければ道産米で充分じゃないか!と、腹を決めていたところでありましたよ。
それに奥さん、野菜も魚も新鮮なものほど美味いわけですからね、米だって近場の米が鮮度が高くて美味いということで好いじゃないのよと、わたくし思い初めておりましたら、本当に美味しくなっていたんですってね、北海道米。
なんだか、この温暖化で、お米に適した気候ってのがね、北海道辺りまで上がって来たんですって話をね、わたし何かの折に耳にしましたよ。
驚きますネェ。本当なんだろうか。
だとしたら暑いはずだよ。北海道。
というね、どうもこの、夏でございます。
えぇ。
原始人というね。
えぇ、いったいいつ頃の方々かも特定しえない、いたってアバウトな呼称をされてる人たちがいますけど。
髪はぼうぼう、ヒゲぼうぼうで、体には毛皮の衣装をまといまして、石で作った矢じりを棍棒の先に結わえ付け、これでもってマンモスあたりを寄ってたかって襲っているイメージが私なんぞにはありますが。
これはずいぶんバカにした話でね。
原始人なんて言うから、自分とはまったく縁のない生き物のようなイメージにとらわれがちですが、なんのことはない、自分の先祖ということなわけでね。
そう考えれば、そんなに今の人間と違いは無いとこの頃、思うのでありますよ。
今と同じ様に恋もしたでしょうしね。
とくに娯楽が無い時代だったでしょうから、恋というものは立派な娯楽だったと思いますし、子供だって可愛がったと思います。
原始人をとりまく社会が、今の我々の社会とは違うのだから、勿論考え方も価値観も違ったでしょうが、能力的なものの差は、そんなになかったろうと思います。
むしろ今のぼくよりは優れていたろうと思います。
かりに、ここにタイムマシンがあったとしてですよ。
過去から原始人を現代日本に連れてくるとするでしょう。
そしたらね、多分、一週間もしたらコンビニで買い物くらいしてますよ、奥さん。
お金出してね、欲しいものだしてね、交換してもらえばいいだけでしょう。退屈したらテレビだって見てると思いますよ。
原始人が現代社会に適応する時間ったら、あなた、あっちゅう間だと思いますよ。
その反対にね、私が、原始時代へ行くとするでしょう。
あっちゅう間にへばって、生きていけなくなると思いますよ。
だって、御飯を食べていく技術が無いですから。
一週間いたってマンモスなんてな襲えませんよ。
少っしも。
ネズミ一匹捕れなかったもの、マレーシアのブンブンで。
そんなことを思います。
原始時代に比べたら、今の日本は、バカみたいに生き易い社会なのだと思いますよ。
お金さえあれば簡単に食べ物が手に入るから。
とにかく食べ物が手に入れば生きていくことができる。
生きていく知識も技術もなくたって、お金があれば生きていける。
生きるということが、たやすく出来てしまう。
だから「生きる」と「食べる」は、もうだいぶ前から日本では同義では、なくなっているのよね。
でも、この世界は、物凄く長い間、「生きる」といえば「食べる」ということだったはずなのよね。
どうすれば食いものが手にはいるか。
そのことが唯一最大の命題だった頃、ぼくら人間の体は出来たんだと、思いませんか、奥さん。
しかし、なんでコンビニにもスーパーにも、いつ行ってもあんなにたくさんの食べ物があるんだろうね。
誰が、どこでどう頑張ってくれているのかしらね。
そういうことも気になります。
でも、原始時代に行ってね、何にもできない人間を前にして、原始人がもし優しくしてくれたら、そんときゃやっぱり嬉しいだろうね。いろんな意味でね。
明日から一週間ほどお休みをいただきます。
またしばらく留守をいたしますが、
みなさんお元気で。
(14:46 嬉野)