2012年5月15日(火)

002-嬉野

2012年5月15日(火)
嬉野です。
本州のみなさまには今更のことでしょうが、
どうでしょう桜が満開の花をつけて咲いております。
「どうでしょう桜?なんすか?その桜は?」
と、思われる方のほうが、
この頃では、多いかなと思うのですが、
あれは、忘れもしない2001年。
水曜どうでしょうの番組開始5周年を記念しまして、
ミスタさんと大泉さんが、
番組内で、お手ずから植樹された桜の苗木が、
あれから11年の風雪に耐え、
HTB裏の花園に根付き、
今や満開の花を咲かせておるのでございますが。
その桜を、どうでしょう桜と、
手前どもの方で、
勝手に名づけておるのでございます。
それにしても、
桜の木は、10年くらいでは、
なかなか大木にはならんものなのですね。
さて、生き物といいますものは、
本来、一人で生きて行くものなのだと思います。
キツネしかり、
熊しかり、
リスしかり、
たぬきしかり、
なぜなら生き物は、一人で生きていける能力を、
本来持って生まれているはずだからです。
でも、不思議と人の情愛を知ってしまった動物は、
以後、一度知ってしまった人の情愛を
悲しいほどに求めてしまうようになるものです。
犬猫に限らず、いろんな動物に、
そういう傾向、ありますね。
かつて、ある欧州の厳格な孤児院で、
子供達は、子供達の自立心を尊重されながら、
厳しく教育されていたそうですが、
ある時現れた日本人スタッフが、
日本人のいつもの調子で、
「あら、なんとかちゃーん」的に笑いかけたり、
おどけた顔であやしたり、ベタベタ抱っこしたり、
手をつないだり、一緒に寝たりと、
ぼくらには、わり合いに馴染みのある接し方をし始めて、
孤児院内では、
他の欧州のスタッフから違和感をもたれ、
大顰蹙だったそうですが、
しかしながら、やがて、
いつまでも心を開かなかった子供や、
意欲がなかったり、
きわめて反抗的だった子供たちが、
「あら、なんとかちゃーん」の影響で、なのか、
みょうに明るく素直に振舞うようになり出すのを見て、
ついに欧州人スタッフたちも、
この日本人の目に余る、
べたべたとした接し方の中に、
もしかすると、何か、
生き物として無視出来ないエレメントが、
隠されているのかもしれないと思い始め、
彼の日本人スタッフの
「あら、なんとかちゃーん」的な接し方を、
おっかなビックリ取り入れ始めたとのことでございましてね、
この他人に対して、油断出来るまでの情愛でもって接するのが、いつのころからか、このユーラシア大陸の東の端に住み着いて生きてきた、ぼくら日本人の心情の中に自然と宿った、他国にはあまりない緊張感のない情愛なのだなと思うのであります。
他の生き物に対してとる、日本人の、
この、なんともゆるい愛情表現。
この、とてもじゃないが英雄は生まない、
なんとも甘やかしてしまう楽ちんな風土。
この心情的に呑気な風土と、
日本のという辺境の地に現れた、
気候温暖で清涼な水にあふれた風土との間に、
大きな関係性があるように思うのであります。
つまり、
烏合の衆、という、頼りにならない連中を創出する風土。
けして英雄を生まない風土。
呑気にかまえ、油断する、ちっちぇーやつらの故郷。
それが日本だと。
私は、思うのであります。
そういう連中は戦争すれば、そりゃあ負けますよ。
だって、できれば呑気にしてたいんだもん。
だって、呑気にしてられる気候風土にいるのだもの。
そのことを、
私は、誇りにしたいと、この頃は、思うのであります。
ということでね奥さん。
着地点としては、今一歩。というところで、
本日の日記は終了でございます。
それでは、諸氏!
本日も各自の持ち場で奮闘願います!
解散。
(14:35 嬉野)