2009年8月10日(月)
2009年8月10日(月)
嬉野です。
藤やんがお休みに入りましたんで、
私がしばらくお相手をいたしますが、
とは言いつつ、このところずっとやってましたが。
でもまぁ奥さんあれですよ。
札幌辺りも今日は真夏日でして、
納涼というわけでもないですが、
本日は怪談話でも書いてみようかと思いましたんですよ、はい。
しかしまぁ怪談とは書きましたが、
これは家の女房から聞かされた話なんでございます。
ただ、少し、奇妙な話だったんでございますよ。
聞いたのは9年前です。
ある日曜の夜のことだったですね。
まぁ、聞いたといいますか、さぁ寝ようかと明かりを消して部屋が暗くなりましてからね、一方的に妻から聞かされた話だったんでございますよ。
話というのはこうでした。
9年前のその日。
妻は週末を利用してバスで5時間ほどの温泉場へ友人と旅をした。
凍った沼の上に冬の間だけ露天の温泉ができるらしく。
妻はその温泉に入ることをずいぶん前から楽しみにしていた。
朝方、大通からバスに乗るので妻は9時前には家を出た。
友人と待ち合わせをした妻は大通で落ち合いバスに乗った。
バスは妻とその友人を乗せて5、6時間も雪道を走ったというから、バスが目的地に着く頃には、日はすっかり傾いていた。
バスを降りた二人は夕景の光の中を宿へ向かうことになった。
二人が泊まった旅館はずいぶんと活気があったらしく、
「食後にはビンゴ大会を開きます」とか、
「食後にホールで和太鼓の演奏を行いますのでお楽しみください」などと、あれこれ楽しげなイベントをしつらえ、遠来の客を歓待することに努めていたという。
妻と友人は仲居さんに案内されて部屋に入った。
仲居さんは館内の設備をざっと説明すると、
「それではごゆっくり」と言い残して出て行った。
妻と友人は座布団に腰を落ち着け、
仲居さんが淹れてくれたお茶を飲みながら、
とりとめもない話をしていたという。
その時、不意に近くで大きな音がした。
何かを叩いたような音だった。
(何の音だろう…?)
妻は友人に尋ねた。
「ねぇ…、何の音だろうね?」
「なにが…?」
友人は不思議そうな顔をして妻の顔を見ていた。
「ほら、今、大きな音がしたじゃない」
「音…?」
「ばんばんって、何か、叩く音…、したじゃない」
「え…?わかんない…」
「…」
妻は不意に嫌な胸騒ぎがした。
だが、友人は気にもとめずお茶をすすっている。
その時、部屋の隅に置いてあるテレビが妻の視界に入った。
それを見た瞬間、妻はぞっとした。
(あれだ…。あれはテレビを叩いてた音だ…。)
だが、友人は相変わらず呑気そうにお茶を飲んでいる。
妻は、それ以上その話をすることを止めた。
日が暮れきる前に、妻は友人と楽しみにしていた露天風呂へ行き、凍えるような気温の中、凍った沼の上にしつらえられた露天の湯船に浸かった。
湯船の近くには地元新聞の記者が来ていた。
記者は露天風呂に人が集まるのを待ちかねていたのか寒そうに肩をすぼませながら、
「すいませーん。写真を撮らせていただきます。都合の悪い方は後ろを向かれても結構ですから」と言うなり写真を一枚撮り、ホッとした顔で機材をまとめてさっさとその場から去って行った。
宿の人の話によると露天風呂は24時間入ることが出来るということだった。
念願の露天風呂に入って満足した妻は、食事を済ませた後ホールへ出向き和太鼓の演奏を友人と二人で聴いた。
その後、部屋に戻ると友人はバスに長時間揺られた疲れからか、さっさと寝てしまった。
妻も疲れていたのだろう、寝酒に日本酒を一合ほど呑むと心地よい睡魔に襲われて早々に眠りについてしまった。
どのくらい眠っていただろう。
妻は不意に目を覚ましてしまった。
大きな物音がしたのだった。
夜中だった。
妻は布団の中で目を開けたまま、しばらく耳を澄ませていた。
また、音がした。
あの音だった。
誰かがテレビを叩いている。
テレビは妻の頭の上の方にあった。
音は明らかにそこからした。
人の気配がした。
誰かが自分のすぐそばにいる。
友人は眠っていた。
妻はゆっくりテレビの置いてある方を見た。
すると、テレビと床柱の間の狭い隙間に若い女の人が座っていた。
そうして妻のほうをじっと見ていたらしいのである。
「あたし、怖かったの…」
「だって、その人、なんにも言わないんだもん。なんにも言わないで、私のことじっと見てるのよ…。どういう人だか分からなくて…、すっごく怖かった」
「そしたら、そのうち、私、落っこちていったの…」
「崖のようなところから。すっごい勢いで…」
「その人、私をじっと見てた…。私、思ったのよ」
「あぁ、この人、崖から落ちて死んだんだなって。それも好きだった人に追い落とされて…、落ちていったのかなって…」
ぼくは奥さんね、騒ぎたかったですよ。
騒いで話を止めてもらいたかったですよ。
だって状況は夜ですよ。
明かりを消してあたりは闇ですよ。
「でね、私、連れてきちゃったの…。ほら、そこにいるじゃない」
なんてなことを言われたら最後でしょ。
だからぼくは恐る恐る話の先を聞いのです。
「それで、どうなったのさ」
「それがね、知らないうちに眠っちゃったらしいのよ」
「なんだ、眠っちゃったの…?」
「そう。そしてもう一度目が覚めたのよ」
「…」
「テレビの横にはね、もう誰もいないの。さっきまでしてた人の気配もしないし。でもね、誰かが泣いているのよ…。そしたらね。横で眠っている友達が泣いているのよ。その子、起きてるのかなって思ったから声かけてみたの。ねぇ、起きてるの?って。でも返事が無い。
やっぱり眠ってるんだ。悪い夢を見ているのかもしれない。そう思ったから、そばに行って揺り起こしたの」
「そしたら。目を覚まして…。私、聞いてみたのよ。何か嫌な夢でも見てたの…?」って。
「でもね、本人は、どうしてって眠そうな顔をするだけなのよ」
「だから私、それ以上なにも言わなかったの」
そうしてその夜は、それ以上何も起こらなかったという。
翌朝、妻は6時に起きると、一人でまた露天風呂へ入りに行っている。
そうして最後の温泉気分を満喫して8時には
部屋へ戻った。
友人はまだ布団の中で眠っていたから妻は大声を出して友人を起こした。
「起きろ〜!8時だぞ〜!」
友人はようやく眠い目をこすりながら布団の上に半身を起こした。
そうして妻を見上げながら言った。
「ゆきこさん。何時からお風呂に行ってたの?」
「6時からだよ」
「その前は?」
「え?その前って?」
「夜中いなかったじゃない。お風呂行ってたんでしょ?」
「行ってないよ…」
「じゃぁどこに行ってたの?」
「どこにも行ってないよ。ずっといたよ…」
「ううん。いなかったよ。ずいぶん長い間いなかったよ」
そう言い終えると友人は布団を出て顔を洗いに行った。
帰りのバスに揺られる頃。妻は友人に聞いてみた。
「昨日の夜さ…」
「うん」
「泣いてたんだよ、あんた」
「そう?泣いてたんだ、わたし」
「なにか悲しい夢でも見てたの?」
「夢…?あぁ、そういえば、何か、夢、見てたな…」
「見てた…?」
「うん」
「どんな夢?」
「なんかね…。すっごく高いところから落ちていく夢だった…」。
●この日記は、もちろんフィクションですので、
奥さん、どうぞ御安心を願いますよ。
でもねぇ。幽霊くらい出た方が好いんです。こんな時代。
慎ましやかな幽霊に比べたら、生身の人間の方がどんだけ怖いか。ねぇ。そのことを日々思い知る今日この頃でございますよ。
人をだましていた狸や狐はどこへ行ったのか!
それはまた、明日の心だ!
台風がひどいようです。
みなさまくれぐれもお気をつけください。
では解散!
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(18:53 嬉野)