2007年7月6日(金)

嬉野

2007年7月6日(金)
嬉野であります。
まだ、私が小さな子供だった頃。
今となってはすっかり宅地になってしまった九州の私の実家の近所には、まだ、のどかに田んぼが広がっておりました。
春先、代掻きとか農作業が始まる前には、一面にレンゲの花が咲いておりましたねぇ。
遠くから見るレンゲの花の群れはきれいでね、晴れた日曜の昼下がりなんぞには、四つ上の姉に連れられて、愛らしくレンゲの花を摘みに行ったりしたこともありました。
三つくらいの頃のことね。
もう40数年も前の春の昼下がりですよ。
貧しく花摘む愛らしい私ら姉弟の直ぐ横を、どこから飛んで来るのかミツバチがね、
花から花へと熱心にブンブンと蜜取りをしておったものですよ。
でも奥さん。あれは、あれなんですよね。
ミツバチは蜜を吸いっぱなしということではなくてね、花粉もお尻につけてさ、そのあと行った先の遠くの花と受粉させてやるという、媒介者の役目も果たしているのでしょ。
ミツバチ本人の自覚しないところで。
つまりレンゲ草の願いとしてはさ、
自分は動けないけど自分のDNAは出来るだけ広範囲に残しておきたいという一念があるからね、それを成就させるためには、「さて、どうしたもんか」と考えたわけでしょう。
で、思いついたわけだ。
「あぁ、蜂をおびき寄せれば、あっちこっちに花粉を播いてもらえるかもしれん」と。
だから甘い蜜を頑張って作ってね、蜂をおびき寄せる作戦にでた。
で、まんまとやってきた蜂がね、蜜を無心に吸っている間に、フンフンと陽気にお尻を振るもんだからね、その蜂のお尻に花粉がいっぱいつくような仕組みにあれはしてるのよね。
ところが二十代の頃の話ですよ、奥さん。
映画の仕事でアマゾンへ行く事になりましてね。
参考試写ということで、それまでアマゾンを舞台に製作されたいくつかのドキュメント映画を見たのですよ。
その中に一本興味深い作品がありましてね、
今でも忘れず覚えておるのですよ。
それは熱帯の着生植物でありますところのランの生態を紹介した映画だったですね。
その映画の中で、私は実に奇妙な光景を見たのです。
そのランは甘い蜜など作っていないのです。
それなのに蜂はやってくるのです。
おかしいですねぇ。
なんと奥さん、そのランのメシベというのがね、
驚くことに蜂のメスの形をしているのですよ。
蜂はどうやら、そのメスにしか見えないメシベに挑みかかろうと、
ブーンなんつって、そのランの花の中にまんまとやってきてしまうようなのですよ。
蜂はもうね、盛んに抱きついてましたよ、ランのメシベだとも知らずに。
「オカシか光景やねぇ」と私は九州弁の心で興味深く見てましたが、
「オカシかこと」はまだ続いたのですよ。
蜂の抱きつきが、ある一定時間過ぎた頃でした、
夢中でメシベに抱きついてる蜂のお尻をね、不意に何かが引っぱたいたんスよ。
バシッ!つって!
花の中の出来事スよ、奥さん。
これには、映画を見ていた誰もが驚愕いたしましてね、
ですが尻をいきなり引っぱたかれた蜂本人はもっとビックリした様子でね、そのまま慌ててどっかへ飛んで逃げて行きましたね。
驚愕のできごとです。
引っぱたいたあれは、きっとランのオシベだと思ったんですが、
とにかくバネ仕掛けみたいな按配になっていたのですよ。
つまり、ランのオシベ(だかどうだかわかりませんがね)が、ランのメシベに抱きついてる蜂のお尻にね、予定時間を超過したら蹴りを入れる仕組みになっておったわけですよ。
「はい!そこまで!」みたいな感じで。バシッと。
まったく、幼少の頃、春先のレンゲ畑で花摘みに興じていた貧しくも素朴な過去しか持たない私には、熱帯雨林で繰り広げられるその光景が、にわかには信じがたかったです。
「どういうこつか…」
「植物がこげな仕掛けを考えるとか」
「それには、あまりにも人間ぽくなかか…この仕掛け」
「まるで機械仕掛けじゃなかか…」
みたいなね。
「????…?」みたいな。
だが、私はピンときた。
で、「ははぁ?ん」と思いました。
「多分こいつらヒマなんだな」と。
奥さんバカにしたでしょ、ぼくのこの結論。
しかしおそらく間違いないんですよ。
熱帯雨林気候のあの辺りは、つまり年がら年中夏ですよ。
そうでしょう奥さん!
つまり毎日が夏ということでしょ。
雨だって豊富に降る。
つまり、あの辺りにはエネルギーが何十万年もの間、日々過剰に降り注いでいるのですよ。
北海道なんかとは、わけが違う。
北海道の夏は短いですよ。
でも熱帯の夏は長い!
長い?
いや長いというのか、夏しかないわけでね、長いといえばそらもうべらぼうな長さです。
昨日の雨で出来た水溜りと、太平洋のでかさを比べるようなものですよ奥さん。
ですから、そのエネルギー量の差といったら話にならないくらいの開きがあるでしょうよ。
じゃぁ、エネルギーが豊富ということはどういうことかと言えばですよ奥さん、
それだけ生きることが日々困難ではなくなるということになりはしませんでしょうか。
さぁ奥さん、お考えくださいな。
つまりですよ。厳しい冬がくるから、それを乗り切るためにエネルギーのほとんどを越冬に費やす寒冷地のご家庭は、暖房費で出費が多くて貯金もできませんがね、
「冬?なんですの?それ?」
みたいなことをね、口走ってしまうほど気候の好い保養地にお住まいのご家庭はね、暖房にお金なんか充てる必要がないのでね、その分貯金しちゃってね、
「わたくし株やってますのよ奥さん。けっこうなお小遣いになりますの。ほほほほ」
みたいなね、差が、自然と出来ちゃう。
そうするとハウスキーパーさんなんかを雇う余裕も出来ちゃうもんだから、
掃除、洗たく、ご飯の用意もみんな他人任ということになりますでしょう。
で、ついつい油断してると日常的にヒマを感じるようになって退屈してしまうことでしょうよ。
「そんな感じだな、熱帯雨林のあのランは」。
私はそう直感したのです。
あのランもね、株とかやるくらい余裕あるんですよ、だからヒマなんですよ。
だから退屈しないようにね、あんなどうでもいいような仕掛けを考えて遊んでる。
熱帯の環境は植物が生きるのに楽だし、その環境だって変化しない。
毎朝6時に日が昇って、毎夕6時に日が沈む。
これがもう何十万年も続いてるわけですよ。
生命は反復というものを嫌います。
だって退屈するでしょう?奥さん。同じ事の繰り返しでは。
だから、退屈しないで済むように、どうでもいいような面倒くさい事を考え始めて遊ぶ。
面白がるということで反復を避けているのですよ。
「植物だって人間と同じなんだ」と、私はなんだかドキドキしましたよ。
熱帯はエネルギーが過剰にある。だから、そこで生きてるやつに余裕がでる。
そんな環境にいるから、ランという植物でもヒマを感じるくらい暮らし向きが好くなり、そのヒマをなんとか楽しもうと、あの蜂の尻を叩くという生殖の仕掛けを考え付いたんだなと、私は思うのですよ。
そして、思いついたことを実現するだけの時間もまた、あったということですよね。
ところが蜜を吸わせるわけではないから、蜂には満腹感が来ない。
だから適当なところで蜂をびっくりさせないと蜂も出て行かない。
きっと初期段階では、その辺の失敗もしてるんじゃないでしょうか、このランは。
「そーだった。これじゃいつまでも蜂が出ていかないぞ」
「こりゃ考え直さねば」
みたいな時期もあったと思いますね。
で、追い出すためにオシベで蹴飛ばすことを考えた。
実際やってみて初めて気づく不都合というのは仕事でもよくあることですよ。
商売繁盛の基本みたいなことです。
実に素晴らしいですね。
生命の神秘ですよ。
生命の神秘はヒマから生み出されているというのは驚きですね。
(まぁ驚きですねぇて言ったってオレの与太話なんだけどね)。
それに、やってくる蜂だってね奥さん。
きっと生活にゆとりがある熱帯の蜂だから、あのランの仕掛けに付き合ってられるのだと思いますせんか?
もし北海道の蜂だったらですよ、冬を越す前に蜜を集めなければやってけなくなるからね、蜜が取れないんだということをそのうち学習してね、もうだまされなくなるはずだね。
「なんだよ、もう」と。
「もうあいつとは遊んでられない。生きるためには蜜を取らなきゃならないんだから」
みたいなことになるわけでしょ。
それをね、いつまでも付き合っているということはね。
蜂にしても余裕があるということでしょ。
「蜜なんか、いつでもあるとこ知ってっから」
みたいなね、蜂も蜂で適当に遊んでるわけだ。
だからいつまでも学習しない。
「いやぁ、今日もなんかメスに夢中になってたら、いきなりビックリしちゃったなぁ」
「あれ?あそこにもメスがいるぞ!それいけぇ」
なんてなね、立ち上がったら忘れてたみたいなさ、呑気な蜂でいられるわけですよ。
それでも生きていけるからだね。
好いねぇ、ゆとりというのは。
でもね。
あれね。
もしですよ。
ランの代わりにね、次から次へと新しい生殖の仕組みを考えてくれる奴が、もしいたら。
つまり、ランの代わりにヒマつぶしを考えてくれる奴が他に居たら。
ランは、ヒマを感じてもね、もう自分が楽しめることを自分では考えなくなるのかなぁ。
したら、自分に熱中する訓練が出来なくなって、結局、他人が考えてくれたヒマつぶしがないと、もうヒマを持て余して死ぬほど退屈するという悲しい植物になるのかなぁ。
「あぁヒマだな。なんか面白い事ないかなぁ」
「ランさん、如何ですか、このような奇抜な生殖システムを当社で開発いたしましたが」
「お、これは奇抜だね。楽しそうだねぇ。おいくら?」
「5万円です」
「じゃ、もらっとこうか」
「こんどの日曜日に取り付けにお伺いいたしますから」
「あれ、取り付けもやってくれるの」
「サービス第一ですから。ランさんのお手間は一切掛りません」
「楽だねぇ。オレなーんもしなくて好いんだ」
でもね。
そんなサービス浸けの世の中に居ちゃいけないなって、
わたしらはみんな、なんとな?く、ぼんやりとは分かってるんだよね。
自分を楽しませる事を、他人任せにばかりしていてはいけないって、
どっかでわかってはいるんだよね。
どうも話が長くなっていけないね。
これもヒマなるがゆえということでしょうか。
これも皆さんには迷惑。
すんません。
それでは奥さん、また来週!
あ!来週の月曜と火曜は、私たち出張でして、
ですから今度お会いできるのは水曜日だと思いますですよ。
ちょいと長いお留守ですが、みなさん、おたっしゃで(笑)。
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057711(語呂募集!)
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(16:37 嬉野)