8月16日(月)ですね。
週があけましたね。
嬉野でございます。
週末に日記で京都の「送り火」のことを書きましたら、ずいぶんと京都地方のみなさんから書き込みがありまして、ビックリ。
京都の人って「送り火」を大事にしてるんだねぇって改めて認識してちょっと嬉しくなりました。
いつも思うんだけど、だいたいぼくらどんな行事も雑誌その他の記事でしか情報を得る道ないでしょう。
だから、地元民からの生な書き込みを読むと新鮮な気持ちになりますですね。
だってさ、ぼくの頭の中にはこの四十五年間、京都の送り火と言えば、「夏の風物」→「大文字」→「以上」という、なんとももう情報と言うにも恥ずかしい情緒のカケラもない干からびた認識しかなかったから京都の皆さんが発射してくる書き込みの文章の端々から柔らかな情緒がこっちの干からびた心に流れ込んできて染み入るようで読んでて気持ち良かったものです。
だって、日暮れになるとお山の送り火が綺麗に見えるようにと京都の町のネオンや商店の灯かりが消えるんだってよ。そんな町ぐるみの心遣いがあるなんて。そんなの読んだら泣けてくるよ。オレは。
書き込んでくれた文章自体は、みんな短いものだけど、100人いれば100人の「送り火」への思いがあるんだなぁというのが分かって、そのみんなの思いがオゾン層のような柔らかな膜となって京都上空をおおってるんだろうねぇ。そのお陰でこの現代にもあのあたりには情緒が蒸発して枯れるようなこともなく、いまだに町中に往来に川べりに橋の上に校庭に町工場に問屋街に魚屋の店先に八百屋の秤の上に床屋の待合のベンチに寝そべる猫の上に市役所の屋上に会社の給湯室の窓際に当然のものとして漂いつづけているのだろうなと思ったわけでございます。
そして、これとおんなじ情緒が案外日本のあちこちにもまだあるんだよねきっと。気づかないだけだと思うんだ。気づく機会もないからね。と、そんなことを思ったのでございました。
で、今晩なんだよね。京都五山の送り火が焚かれるのはね。
どんなふうなんであろうなぁ。
札幌は良い天気だけれど、京都地方の天気は良好かしら?
京都の人々は、そろそろそわそわしだしてきているのかしら?
そして、これから夕暮れに向かってそれぞれのビューポイントへ三々五々に出向くのであろうねぇ。
ちょっとうらやましいよねぇ。と思うのでござそうろう。
本日、藤村先生お休みでございます。
病気ではございませんので要らぬ心配にはおよびませんのであしからず。休息なのでございます。
それではみなさん、今宵ばかりは、束の間、我々も京都上空に思いを馳せて干からびそうな心をうるおすべく、しばし情緒にひたるのも良いのではないでしょうか。
今夜でお盆も終わりですからね。
地元に情緒の残っているところは勿論、別としてね。
では、本日は解散!明日またここでお会いいたしましょう。
【「04春の最新作」放送決定局一覧】
「KHB東日本放送」放送終了
「KFB福島放送」7月13日〜
「YTS山形テレビ」7月5日〜
「YAB山口朝日放送」7月5日〜
「IAT岩手朝日テレビ」7月7日〜
「テレビ朝日」7月10日〜
「SATV静岡朝日テレビ」7月21日〜
「AAB秋田朝日放送」8月6日〜
「ABN長野朝日放送」8月14日〜
「HOME広島ホームテレビ」8月14日〜
新「KBC九州朝日放送」8月30日〜
新「KKB鹿児島放送」9月1日〜
(16:50 嬉野)
■ 以下のページから取得
http://web.archive.org/web/20040816235426/http://www.htb.co.jp/suidou/index.html