2012年3月9日(金)

嬉野

2012年3月9日(金)
嬉野です。
今週は、いろんな用事で東京へ出張しておりました。
その中のある日ですが、
NHKの放送文化研究所さんの研究発表とシンポジウムを聞きに行ってまいりまして。
内容は昨年三月の東日本大震災とメディア報道というテーマだったのですが。
私もマスメディア的なところで仕事をしながらも、
そういう公の場で働くような人にありそうな高い意識がまったくないのが私の有りようでもありますが、
さりとて公のことについて考えないわけでもない。
ですから良い機会と思いましたので、
聞きに行ったのでありましたが、
そのシンポジウムで折に触れ、なされる、
あの日の報道のありようを振り返る場面で
映し出されるあの日の津波映像を見るたびに、
どうしても涙が滲んでしまうのでした。
当たり前と言えば当たり前なのですが、
でも、私はあの震災で、
なんの被害も受けてはいないのです。
直接的な悲しみの記憶は無いのです。
それでも、あの日もそうであったように、
海面が盛り上がり押し寄せていき、
堤防を越えると氾濫しながら、
営々と作り上げられてきた人の営みと
懐かしい歴史の染み着いた故郷を
紙屑や木切れのように破壊し押し流してしまった、
あの津波の映像を目にすると、
ただじんわりと泣けてくるのです。
私はどちらかといえば察しも悪く、
他人の気持ちを思いやる心にも欠ける、
自分の経験したことしか分からない経験値の低い男です。
そんなだから、震災のことについて書くことも、
とんちんかんなことを書いてしまいそうで、
どこか、はばかられてしまい、
ここの日記が滞りがちな理由のひとつには、
やはりあの震災のもたらした取り返しのつかない不幸があるのだとも思います。
あの自然災害が多くの人にもたらした、
取り返しのつかない不幸を前にして、
それでも私は、そこから行動に移すべき何ものもイメージできず、今も昨日までと変わらぬ世界に住んでいるのだと思います。
ですから、
変わらず間抜けなことしか思いつかずじまいの日々で、
だからといって、
あの日の震災が忘れられるわけもなく、
あの日の津波の映像を見るとじんわりと泣けてくるのかなと思いながら見ておりました。
でも、一方では、
どうして津波の映像を見るたびに、じんわりと泣けてくるのだろうとも怪しみながら見てもいたのです。
つまり、私の心の中の、
何が反応しているのだろうかということです。
シンポジウムでは、
メディアの報道が、どうすれば、避難誘導の一助になれるのか、あの日、どうしてその一助となれなかったのか、そこをパネリストのみなさんはそれぞれに考えておられました。
その時、あの日の振り返りとして、
大洗町の例が紹介されました。
大洗町では、あの津波の日、
町長さんが、庁舎の窓から海を見た時、
沖合から大きく盛り上がった波がこちらへ押し寄せてくるのを見て激しい危機感を覚え、
防災無線で、
「緊急!避難命令!」
と、マニュアルにない「命令」という強い調子の言葉を言わせたのだそうです。
そして、
高台に避難して「ください」ではなく、
「至急、高台へ避難せよ」
と、日頃まったく使わない命令口調で避難勧告をしたのだそうです。
その常ならぬ強い口調に町民は覚醒し、
これはただごとではないと、
ちょうど地震の揺れで散らかった家の片づけをしていた人ばかりだったけれど、防災無線から発せられる日頃耳にしない強い調子の言葉に瞬発的に身の危険を感じ、大急ぎで高台に避難したのだそうです。
「命令なんてね、あの聞きなれない口調で言われなければきっと逃げようとしなかったと思うよ、だって、避難せよってね、言うから、これはきっとただごとではないんだってね、びっくりしてね」
と、そんなニュアンスのことを地元の人たちが口々に言っておられました。
その大洗町の例を受けて、
NHKでも巨大災害時の報道で、
避難を呼びかける時は、
強い口調で呼びかけることにしたのだそうです。
「海岸付近にいる人は、直ちに避難すること。
可能な限り高いところへ避難すること。
逃げる際には、近くの人にも避難を呼びかけながら逃げること。」
NHKが訓練用につくったVTRが会場で流されました。
その映像を見ながら上記した避難勧告の文言を、アナウンサーが強い口調で読み上げるのを聞くうちに、ぼくの中にも非常の気持ちが湧きあがり、逃げなければ!という強く切迫した思いが湧いてくるのでした。
そうして、アナウンサーの口から繰り返し発せられる、
常にない切迫した「逃げること」という言葉を聞きながら、そこでもやはり、じんわり涙が滲んでくるのです。
どうしてだろうと思いました。
切迫した強い口調でぼくたちに向けて
「逃げること」
と、呼びかけ続ける者があるのです、
「逃げること。ただちに出来るだけ高い場所へ避難すること」
そう呼びかけられながら、
逃げなければという気持ちが湧いてくればくるほど、
じんわり泣けてくるのです。
その時、ぼくは思いました。
おそらく、
ぼくは、そこに自分たちの運命を見たのだろうと。
「逃げること!」
この切迫した呼びかけを受けて、
ぼくの目からじんわり涙が滲むのは、
それがぼくらの運命だからです。
そうなのかもしれない、
いや、おそらくそうなのだと、ぼくは思うのです。
おそらく、
ぼくらは逃げていかなければならない身の上なのです。
懸命に、安全な場所を目指して、
みんなに声を掛け合って
逃げていかなければならない身の上なのです。
今、この時代にこの列島の上に身を寄せ暮らす者たちは、
おそらく、そういう運命の上にあるのです。
そして、そうであることを、
ぼくらの身体は既に知っている。
そういうことではないのでしょうか。
この地球の地核内部で行われている活動の、
何かが今までとは変わってしまった、
もうぼくらが、よく知っている穏やかな地球ではなくなり始めている。おそらく、もうのんきな時代ではなくなっていく。
そのことを、ぼくらの本能は既に察知している。
それでも、この社会には、平和と安全と豊かさは尽きることなく求められると思い込むムードだけが今も惰性のようにあるのです。
レストランへ入っても、
飛行機に乗っても、
ぼくらへ向けられる言葉は、
辞を低くした敬語と丁寧語ばかりです。
テレビをつけようとも、ラジオをつけようとも、
役場へ行こうと、食堂に入ろうと、
誰も彼もが、
ぼくらの安全と安心と平和と安寧を気遣ってくれて、
平身低頭してくれるのです。
そして、そんなこの時代のムードの中に暮らしていて、
ぼくらは、どことなく、違和感を感じてもいるはずです。
それは、本当は、そんな悠長なムードの中に浸っていられるような時代では、既にないからです。
地球は、ぼくらが知る神話や言い伝えや、
SFの世界の中での出来事とばかり想っていた
荒々しい姿を、ぼくらの目の前でリアルに見せつけはじめる。
だから、その運命に呼びかけるシグナルを外部から受け取ると、身体内部にある本能が「そうだ」と反応する、
そうしてまるでデジャビュのように
まだ見ぬ未来を、
瞬間的に目の当たりにイメージしてしまう。
だから涙が滲んでしまう。
そういうことではないでしょうか。
信じられないことは、
やはり、ぼくらの眼の前で起きるのです。
ぼくらはその信じられない光景を
目の当たりにしなければならない存在の者として、
この列島の上に、今、生きているのです。
それがぼくらが生きている今という時代なのです。
そのことをぼくらの本能は、もう既に知っている。
だから、
「逃げること!」
と、強い調子で発する者の呼びかけの中に
「必死の想い」を感じる時、
その必死さがシグナルとなり、
ぼくらの心の奥底にある本能につながる回路を開き、
そこに既にある必死の想いが立ち上がり、
「そうだ」
と、必死に応答するのです。
その時、ぼくらは、
本当は、自分たちが、
「必死」の運命の中にいるのだという本能に覚醒する。
ぼくらの祖先が、アフリカに誕生してから、
その故郷を出て、世界中に散っていく数万年の旅の始めに獲得していたものは、他人の気持ちを察して手助けをすることができるという、他の生物にはなかった特殊能力だったそうです。
他人からの要請がなくとも、
彼や彼女の気持ちを未然に察して手助けが出来るという、
人類だけが持つ、その特殊な能力が、
手助けの後に獲物も水も分け与えるという
穏やかで優しい気持ちに祖先たちを自然と向かわせ、
困難な環境にあっても、
他人と肩を寄せあい生きることの中に、
孤独で生きるときには無かった、
穏やかさと朗らかさと幸福感に満ちた居心地の良さというものがあることを教えてきたのだと思うのです。
進化の歴史とは、変わりゆく自然環境に適応してきた歴史であったと思います。
いってみれば、それが人生の姿であるようにも思えます。
流れに揉まれても、それをみんなで乗り切ろうとする。
困難な時代が始まったのであれば、
ぼくらは、もう一度、旅の始まりに立った数万年前の祖先たちがそうしたように、他人の気持ちを察して手助けをし、ほんの少しの獲物や水を分けあいながら、ともに穏やかな気持ちで助け合いながら生きていこうとするはずです。
なにがどう変わろうが、
それを乗り切って生きていこうと必死になるのが、
ぼくら生き物の本来の姿であり、
人類の本当の有りようなのだと、
ぼくは思うのです。
長くなりましたね。
もちろん私見です。
なんの根拠も無い思いつきです。
それではまた来週。
本日も各自の持ち場で奮闘願います。
解散。
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(17:07 嬉野)