2007年9月7日(金)

002-嬉野

2007年9月7日(金)
嬉野であります。
今週、夏休みの旅から札幌へ戻って来た日の夜にテレビをつけましたらね、「ストーブのCM」やってましたのよ奥さん。
「ストーブ」よ、「ストーブ」。
9月に入ったばっかりでよ。
信じがたいでしょ。でもそうなの。北海道はそうなの。
北海道の9月というのはねぇ、そういう冬もののCMが始まる季節でもあるのよ。
私のような北海道に暮らす内地育ちの軟弱者には、ある意味、見えない恐怖が忍び寄り始めたみたいな怖ろしい時期なのですよ奥さん。
「冬が着ますよ?」とストーブが囁き始める季節なの。
9月というのはね。
ただね、そんなに「冬が怖い、怖い」と言う私でもね、
去年のように、温暖化で雪のない冬を反対に経験するとさ、
それはそれで寂しかったのよ。
冬の間も地べたが見えたから、それほどには精神が抑圧されなかったのですよ。
で、抑圧されないまま呑気に冬を過ごしたわけです。
で、春が来た。
ところが、春が来てもね、例年のように「春になったんだー!」「雪が融けたぞー!」っていう感動が湧き上がって来なかった。
だって、そらそーさ、冬の間も雪、融けてたもの。
だから早春の解放感に気が狂うほど心踊る感動もなし。
これは、ショックだった。
根雪に閉ざされた冬を4ヶ月も鬱々と過ごした後に訪れる、春の雪解け。
あれほどあった根雪が世間から無くなった時の解放感は、本当に自噴する泉のように自分の中から外へ外へと喜びが解き放たれていくのよ。
体中の全細胞が、ざわざわと大興奮するのよ。
その興奮がね、今年の春には無かった。
だから今はね、
4ヶ月もの長い間、世間を真っ白く、根雪に閉ざしてしまう冬が来ることも怖いけど、
でもそれより、雪のない中途半端な冬が来る方がもっと怖いって思うのですよ。
だって、春を迎える気持ちが堕落するから。
やっぱり人間というのはね奥さん。
自分の力ではどうにも跳ね除けることが出来ない「重石(おもし)」がないと、堕落するのじゃないかしら。
だから、その、せっかくの「重石」を自力で退けられるようにしてしまっては、人間はもう、まっとうには生きていけない。
ぼくらは、そのように作られているのかもしれませんよね。
「重石」だけが、人間に聖なるものがあることを教えてくれる。
いや、聖なるものがあるような気持ちにさせてくれるということかな。
ほら、肉体労働して汗かいたら、わけも無く気持ちが充実するみたいなね、感じですよ。
そんなことをね、なんか思いましたよ。
さて、台風が大勢力を維持したまま今朝ほど関東に上陸して、東北、北海道と、ゆっくり北上しながら各地で大きな被害を出しております。
本当に夏の台風もここ数年、巨大になって怖ろしい限りです。
これ以上、大きな被害が出ない事を祈りまして、本日の日記は終了であります。
では、また来週。
この場所でお会いいたしましょう。
お元気でね。
では、解散。
(15:58 嬉野)