週が明けまして9月27日月曜日。今週も藤村でまいりましょう。
ドラマ「歓喜の歌」の撮影ネタをいくつか、思い出しながら。
あれは、吉本さんが車を降りて、もう一度車に駆け寄り、娘に涙ながらに「コーラスも大事」と訴えるシーン。大事なシーンです。
ところが、
ピリリ・・・ピリリ・・・
携帯を鳴らしたヤツがいる。ズボンにでも入っているのでしょう、くぐもった音ですが、確かに聞こえる。
ピリリ・・・ピリリ・・・
あまり大きな音ではないので、芝居はまだなんとなーく続いている。でも、スタッフの視線はすでに、
(おい誰だ!バカ野郎)
と周りを見渡して犯人捜しをしている。そして、私に向かって、
(監督、もうカットにした方がいいっすよ)
と目で合図してくる。
(そうか、残念だけどやっぱりカットだよな・・・)
私はあきらめて
「カット・・・もう1回いきましょう」
と言った。
そして続けて
「すいません」
とあやまった。
「うわっ!監督っすか!」
「すいません」
撮影中は携帯を切る。基本中の基本でありますよ。
今回の役者さんの中で、私のツボを刺激しまくったのが、事務長役の利重さん。
「大げさなことはしない。芝居は自然に。押さえて」
と、常にみなさんには言っていましたが、利重さんだけには、
「もっと不自然な動きで!とにかく手足を動かして!」
と、真逆のことを言っておりました。
この人が大げさに動くことによって、逆に主任の無表情さが際立つ。利重さんは大泉との対比の対象です。
とにかく無意味に手足をバタつかせて動いてもらった。そのたびに私が「そうそう!いいです!うはははは」と、えらく喜ぶもんだから、利重さんは大泉に聞いたらしい。
「どこがそんなにおもしろいんだい?監督すごく笑ってるけど」
「あーいう人なんです」
「ぼくだけ、ひとり浮いてないかい?」
利重さんは不思議であったらしいけれど、でも言われたら、「わかりました」とやってくれました。
事務所で主任を怒るシーン。私が芝居の段取りを付けます。
「利重さん、今、そうやって座ってるでしょう」
「はい」
「どっかのタイミングで机に立ち上がりましょうか」
「えっ・・・」
「勢いよくダンッ!って」
「えっ、つ・・・つくえの上にですか・・・」
「あ、机って言った?違う違う!イスから立ち上がりましょう」
「そうですよね、イスですよね。よかった。机の上にいきなり登らされるのかと思った」
「んなことしたらおかしいでしょ」
「そうですよね、よかった」
もうこの人なら机の上にも登らせかねないと思ったんでしょうね。真剣な顔でほっとしていました。
主任が車の前で大の字になって「ここを動かないぞ!」と言って、轢かれそうになるシーン。
ある種のスタントですよね。寝転ぶ大泉の顔、ギリギリで車が止まる。
あれ、田中さんが本当に運転してるんですよ。
真上から撮ってるから、田中さんの顔は見えません。だから別の人がやってもいいんです。いや、我々はスタッフがやるもんだと当然思ってた。
でもなぜか田中さんは、まったく運転席を降りる気配がなく、
「ちょっと位置だけちゃんと見ておきましょう」
などと、もうハナッからやる気満々。
そうなると、一番怖いのは大泉さんです。
「ちょっとちょっと、なんで田中さんがやるの。おかしいでしょ。降りなさいよ」
「あなたの命はあたしが預かったから」
「いやいや降りなさいって。おい!早く田中裕子を降ろせ!」
考えました。あのシーンで大事なのは、「うわっ!」って驚き方が、しらじらしくないこと。もう車が来るってのは視聴者にはわかってんだから、そこでしらじらしく驚くと、見てるほうはしらけてしまう。
本気の驚き方が大事。
となると、田中さんに行ってもらうのが一番。それもテストなしで本番一発。
「じゃ本番いきますよー」
「おい!ちょっと待てって!」
あのシーンは、実は本気のいいシーンなんです。
最後に、美術班の話。
「ひげ祭り」なんかの細かい張り紙から、テーブルの上のおかず、そして「リフォームMIYAMOTO」の全面改装まで、すべてを作り上げる美術班。
ある日の早朝、彼らは小樽市民会館の前で作業をしておりました。
すると朝の散歩をしてたおじさんが、慌てて駆け寄ってきて大声で叫んだそうです。
「おーい!字が違うぞーッ!大じゃなくて小だーッ!間違ってるぞーッ!」
彼らは小樽市民会館の入口に、でっかく「大樽市民会館」と貼り付けていたんですね。
おっさんも思わず叫ぶほどいい出来の看板であったと、そういうことであります。
よし、ではまた明日。
一時解散!
(21:02
藤村)
さぁさぁ9月26日金曜日。本日も藤村でございます。
ドラマ「歓喜の歌」の放送も終わりましたが、いろんな所でまだまだ感想をいただいております。
ありがたいことです。
日曜日の午後、1時間半の単発ドラマではありましたが、なにかは残せたのかなぁと思っておる次第でございます。
そこで、今後なにかの折に「ちょっと小樽でも旅してみようかなぁ」と思っているみなさまのために、「歓喜の歌・ロケ地マップ」を、広報部On越が作成中であります。
大泉洋扮する佐野主任がトボトボと歩いた坂道や小さな踏切、大樽レディースコーラスの練習場「南小樽会館」、田中裕子さん扮する美弥子さんが営む「リフォームMIYAMOTO」、中村先生と美弥子、主任が食べたそば屋など、主なロケ地は、歩いて回れる距離に密集しております。
ドラマのエンディングのように、カメラ片手にぶらぶらと歩きながら、自分なりの大樽市の風景を切り取る、なんていうのもいいんじゃないでしょうか。
小樽には、古い和菓子屋があちこちにございますから、塩大福かなんかほおばりながら、ゆっくり散策してください。
私はロケハンのとき、よく食べながら歩いてましたよ。
市民会館の下には、でっけぇーソフトクリームを売る店もありましてね、私はロケハン中にでっけぇーのを2つ食って腹をこわしましたよ。あれはひとつで十分ですね。
ドラマの中には、飴玉が印象的に出てきます。白川和子さん扮するしずさんが配る飴玉。この飴玉は2種類あって、ひとつは、主任がもらった紙風船のようなあざやかな飴。もうひとつは、車の中で根岸さんが口に放り込む飴。この飴は、わかりにくいけど、黄金色に輝くすごく美しい飴玉なんです。どちらも小樽市内の飴専門のお店が作っているもの。是非、探してみてください。
あと、最初に主任たちが練習場に謝りに行くシーン。加藤が持っている菓子折り。あれはもう、私が大好きな小樽の名店、その名も「あまとう」の菓子折りですね。美術班に「ここのシーンは、あまとうの菓子折り!」と、指定買いさせましたよ。監督のコダワリですね。
小樽のアーケード街にある「あまとう」は、2階が喫茶室になっておりまして、ここのクリームあんみつだのパフェだのに、どわっ!とのっかてるソフトクリームは、こう、ドッシリとしてて、そこいらのひ弱な牛乳系あっさりソフトとは明らかに格が違います。見た目も重いし、食っても重い。甘党の底力が試されるソフトと言えますよ。2つはいきたいですね。
・・・と、甘味情報はロケ地マップには載っておりませんが、まぁ、小樽は甘味好きにもたまらない町であると、そういうことでございます。
来週にはロケ地マップ完成とのことでありますから、「歓喜の歌」ページもご覧ください。
よしよし、それでは本日はここまで。
つべこべ言わずに解散!
また来週。
(19:23
藤村)
はいどうもー藤村でございまーす。
9月25日ですな。木曜日!ねぇー。
ずいぶん留守にしてましてね、今しがた数日分の嬉野日記を続けざまに読んでおりましたら、もうなんでしょう、自分の日記の書き出しは、「ハイどーもー!」と、軽い調子で入りたくなったんですね。なんならもう「ハイどーもー!たーくんでぇーす!」と、鼻毛かなんか出し放題に出しながら登場したいぐらいでしたよ。
やっぱり、バランスというものが大事ですからね。
「つぶれた蛙」「とんかつと人生」「好い手相」と来たら、「鼻毛ぼーぼー」ぐらい来ないとバランスが悪い。
というわけでね、鼻毛がもう出ますよねー、すごい出ます。
おれのは一本一本が剛毛でね。ツンとね、出てる。
嬉野先生もね、わりと剛毛ですよ。もう元気よくね、束になって飛び出してる。バッて。
「好い鼻毛ですね」
と、言ってあげましょうかね。
さ、というわけでまた明日!
ホラ!ぐだぐだ言わずに解散!
(19:03
藤村)
2008年9月24日(水)
嬉野です。
手相というものがありますな。
あたるも八卦、あたらぬも八卦だそうで、
いや、私も手相はそういうものだと思います。
それでいいのだと思うのです。
「運命なんて自分で築くものだから、
手相なんか迷信ですよ」。
それで好いのです。
人はいろいろに思想信条を持っておりますしね、
許せたり許せなかったりする想いがあるわけです。
それでも不思議なものというのは時に大事なものです。
私はそう思います。
そして、そういう時、入り口はとても大事なのです。
たとえば夜更けの街角に立つ手相見は、
そういう入り口となるのです。
科学的な根拠が無いから、非科学的なものは撲滅する。
そういう情熱はあまり意味が無いように思います。
なぜならね、
人の心の動きというのはさ、
その時々のコンディションで、
どうしようもなく変動するものですよ。
ふらふらと。
人生が上手くいかないとか、
頑張ってるのに芽が出ないとか、
小さい頃からずっと自分の思うようにならないとかね、
ちっとも就職が決まらないとか、
他人や世間と上手くいかないことが続いてね、
どこか心が弱っている時に、(まぁ飲み会のあとの冷やかしということもあるでしょうけどね)
夜更けの繁華街に、
手相見が出ていたら、
ふらっと寄って見て貰うという事もあるかもしれない。
そういう時のために、
あぁいうものは残しておいたが好いのです。
立場が変われば威勢のよかった気持ちも萎えるものです。
萎えた気持ちも不意に元気になったりするものです。
好い時ばかりではないし、
悪い時ばかりでもないということです。
私は手相見に見てもらったことは無いけれど、
縁ある人に手相を見てやろうといわれたことがあります。
「好い手相ですね」と、
その人は言ってくれました。
私の手相を見てくれたその人も、
「実は私も手相を見る人に、好い手相だって言われましたけど」
「ほう。」私はその人に問いかけました。
「それで、暮らし向きは良くなりましたか?」
その問い掛けを受けて、
その人は、顔の前で手を振って、笑いながら話してくれました、
「いや。現実はなんもかわりませんね(笑)。いっこうに暮らしは豊かになりませんし、相変わらず必死に生活しなきゃいけない状況はかわりません(笑)」
「じゃぁ、ぼくの手相が好いっていったって御利益は無いわけじゃないですか(笑)」
そのぼくの言葉に、その人は照れくさそうな顔で恐縮していました。
でも、私は、その人を見ながら、
その人の分かりやすい人の良さが可笑しくてなりまませんでした。
そして、その人を見ながら、
「やっぱり、手相というものはあたるのかも知れない」
と、思ったのです。
その人の暮らし向きがどうであれ、
この人は、きっと好い人生を送っているのだろうと思えたからです。
好い手相。
それは、その人がこの世で成功するとかしないとか言うことではなく、なるほど、その人が、「まっとうな人である」ということなんだなとその時生まれて初めて合点がいきました。
「好い手相ですね」
その人が言ってくれた言葉を、
私は信じようと思いました(笑)。
ではまた明日。
解散でござる
(19:52
嬉野)
2008年9月21日(日)
嬉野です。
お腹がいっぱいです。
今日はめがね屋へ行って、
その帰りに、とんかつを食べました。
美味しいね。
で、お腹いっぱいです。
ちょいと前にね、
さる人の情報で、
長年探していた味のとんかつ屋に行き着いて、
以来、嬉野さんのとんかつ人生は至極満足でありますよ。
衣の薄い、
ラードでじっくり揚げたとんかつなの。
パン粉がサクサク言うほどまぶされて、
じゅうじゅう揚げられたとんかつはね、
油を吸いすぎていて、私の胃がもたれますね。
わたしも、そう若くは無いの。
だから、そんなものを食っていては胃ももたれるのです。
でも、そこのとんかつは衣が薄くてね、
カリリとした歯ざわりでね、
口の中で肉の繊維がぷつぷつと切れていくような感触がたまらないの。
幸せね。
お腹減ってる時に好きに美味しいもの食べられるって。
で、お腹いっぱいなものだから、
この胃の中にとんかつ全部入ったなという気持ちです。
でも、この胃がね。
元気に消化してくれるから。
美味しいと思っていられる。
そういうことよね。
胃のことなんか普段は考えることも無かったけど、
さっき、お腹減らして美味しいとんかつ食べて胃が膨れたもんだから、そう言えばそうだなぁと、あらためて考えたよ。
この胃が勝手に働いてくれているから、
あれが美味いこれが美味いと、お気楽でいられるんだよなぁと、みょうに胃に感謝してしまった私です。
だって、
どうしてこの胃が勝手に働いてくれているのかなんて、
そんなこと私には分からない。
だったら、いつまでこいつが元気なままに働いてくれるのか、
そのことだって、ひとつも分からないままだものね。
だからこいつが働いてくれるあいだ、
私はご飯が美味しく食べられる。
けど、寿命というものが人にはあるから、
こいつも働けなくなる時も来るよね。
そん時は、こいつに今までありがとうと感謝して、
人生を終わるということだろうか。
でも、そん時、
こいつにありがとうと、素直に言えるかどうか、
その自信は無いね。
でも、こいつのことを、
友達のように毎日気遣って暮らしていたら、
そしたら、ひょっとして、
こいつにも親近感が湧いてきて、
身内のようにこいつの身の上も心配になってくるかもしれない。
したら毎日毎日文句も言わず働いてくれるこいつに感謝して、
こいつがダメになった時、
ご苦労さんだったなと、思えるのかもしれない。
思えるかな。
いや、思えたら好いな。
だって、
文句も言わず働いてくれているなんて思ったら、
泣かせるよねぇ。
あなたにも私にもちゃんと付いてる物なのよね。
内臓も友達だと思えば案外楽しいかもしれないよ。
当たり前すぎると、そいつの存在を忘れる。
そういうのを油断というのだよね。
だから、たまに思い出しても罰は当たらないよね。
美味しいものを好きに食べられる時代が、
あとどれだけ続くかだって、この頃は分からない。
だから食べるという行為を、
大切にしとくほうが、
きっと後悔はしない。
だって終わってしまったり、変わってしまったり、
するんだもの。全てはさ。
ねぇ。
そん時は、その中で、また頑張るしかないよねぇ。
なんだか、本日はこんな日記です。
またね。
解散。
(21:21
嬉野)
2008年9月17日(水)
嬉野です。
秋田の男鹿半島の付け根あたりに寒風山という見晴らしの良い山があります。
たいして標高の高い山ではないのですが、辺りに高い山が聳えていないのでぐるりが素晴らしく見張らせるのです。
今月の初めに女房と大潟村でキャンプした翌朝、寒風山のレストハウスの屋上に上がりました。天気も良く空気も澄んでいたので遠くまで見えました。なんだか山形の鳥海山までが見えたような気がしたのですが、思い違いだったでしょうか、ねぇ。
その日の夜は、小安峡の近くにあるじゅんさい沼キャンプ場にテントを張りました。
九月の初めで、まだ暑い日が続いているというのに夏休みが終わったからなのか、テントサイトに宿泊していたのはぼくら夫婦だけでした。
その夜、空は星でいっぱいになりました。
ぼくは、外に出て、しばらく降るような星空を眺めていました。
星空は、いくら眺めていても飽きることがないのです。
それはとても不思議なことですよ。
その夜、
夜空を真横に流れていく人工衛星をふたつ発見しました。
苫小牧から夜フェリーに乗り、早朝八戸に着き、朝市を見て、
八食会館で休憩、黒石の温湯温泉の湯治宿に泊まる。
その日は一日雨の中を走る。
翌朝、雨は止み、夫婦は秋田を目指す。
秋田に入ってからは快晴。
急激に気温が上昇する。
スーパーでデカイペットボトル入りのアイスコーヒーを買うが、
あっという間にアイスではなくなる。
すっかりぬるくなったアイスコーヒーをそれでも喉が渇くたびに飲む。
途中、日本海に出てから怖ろしく眺めのきれいな海岸線を走る。
その日の夜は大潟村のキャンプ場にテントを張る。
スーパーの特売で買った豚肉を焼くが思いのほか美味く、
わけもなく喜ぶ。
夕食の席にオケラが乱入する。
少し盛り上がる。
翌日また快晴。
早朝寒風山に登る。絶景。
夜、じゅんさい沼キャンプ場に泊まる。
満点の星。
一夜明けて、山形へ向かう。
山形で亭主は女房と別れ、
亭主は仙山線の各駅停車にひとり乗り仙台へ向かう。
途中、山寺を通過。芭蕉を思う。
仙台空港から空路千歳へ。
女房は、あれから単騎南下し、九州は鹿児島へ。
先日、女房よりメールあり。
「昨日の朝ね、テントの中で蛙が圧死してました。
可哀想なことしてしまった。
そうしたらすぐ後にね、その蛙と同じ色の風呂敷が落ちていたから拾ってね、泥をきれいに洗い流したら、とても良いちりめんだったから、大切にすることにしました」
雨蛙好きの女房としては、小さい蛙の圧死はちと悲しかったに違いない。
死んだ蛙の代わりにと、拾った蛙色の風呂敷を大切にしようと思ったよと、メールしてくる辺りが、また悲しい。
悲しいが、その心根が、亭主は、なにやら嬉しくもあった。
「大切にしてあげると好いよ」と亭主は返信してやった。
人も蛙も、生きていくのは悲しい。
ぴょんぴょんと、蛙は跳ねて何処へ行くのだろうか。
ではまた明日。
解散である。
(20:47
嬉野)
2008年9月16日(火)
嬉野です。
奥さん。
音尾さんが御結婚されたそうでね。
ニュースになっております(笑)。
わたしゃ知りませんでしたが、制作部のディレクター達はみんな知っておりましたよ。
なんにしても、おめでたいことでござります。
やっぱり安田君、森崎君、音尾君とね、
結婚する人はするんでしょうな、
で、まぁ、しない人は、ねぇ、しない。
そういうことなんでござりましょうよ。
さて、今週もねぇ、藤村先生御出張でねぇ、いないですからねぇ、ここの日記も書き手は私一人でございますよ。
ですからまぁ、思うにまかせてね、
明日辺りからは書かせていただきますよ。
じゃ、みなさん解散しますよ。
いいですね。
では、解散!
(15:55
嬉野)
2008年9月12日(金)
嬉野です。
今週は呑気に旅日記でも書こかいなぁと思っておりましたら、
意外に気ぜわしく、気がついたら金曜日でございます。
ということで本日はですねぇ、
妙に火曜日の日記の続きを期待しておられる奇特な方が数十名おられるようなので(笑)、その数十名の方に向けて旅日記の続きを書かせていただきます。
他のみなさん、すいません。
しかしながら奥さん。
小説じゃないから、続きはしないのよ。
言っとくけど。
わかりますね。そこのところ。
して、今日もあっさり終わるのよ。
はい、ということで始めましょう。
さて、夜更けに出航した苫小牧発→八戸行きフェリー内で見かけました、くりくり坊主頭のマルコメは、八戸到着後、未明の下船ではありましたが、聞き分けよく起きれたようで、お父さんお母さんらしき人と共に、相変わらずのよたよたした足取りで一人前にリュックをからげて、私ら夫婦の前を元気に横切って下船して行きました。弟がいたみたいです。
もう二度と、逢うことも無いのでしょうね。
それを思うと不思議です。
いえ、もし、数年先、数十年先に会うことがあっても、それがマルコメだとは、ぼくらにはもう分からない。
でも、あの夜更けのフェリーの中で、
「こんにちは」と言ってくれたマルコメのことは、きっとぼくも女房も、この先ずっと忘れずに覚えているはずです。
それを思うと人の出会いは不思議です。
あれも、きっと出会いだったのです。
立派なね。
それを思えば、ぼくやあなただって、行き擦りの他人の記憶の中に生涯、それとは知らず残ることがある。
そういうことなのでしょうね。
さて、その日は丁度日曜で、八戸の館鼻という、あれは埠頭なのでしょうか、海の傍でしたが、そこに大きな朝市が立っていました。
あたりには霧のような雨が降っていました。
それでもそこはすでに大勢の人でにぎわっていました。
日曜の朝の6時前だというのに。
やはり港の朝市、海のものが安いのです。
カスベのひれが、どれも安く美味しそうでしたが、
旅人が買うには、やはり量が多い。
見て歩くうちに、あちこちの店で、
一山三百円で売られていたカニがありました。
「ヒラカニ」と書かれて売られていました。
一匹が手のひらにちょうど乗るくらいの小さなサイズです。
それが一山だと10匹くらい。
どうやって食うのだと聞きますと、素直に塩茹でしても美味しいし、甲羅が柔らかいから、唐揚げにするとパリパリと全部食えてこれも美味いと言います。
あれこれ見て歩くと、一山二百円で「ヒラカニ」を売っている店がありましたのでそこで買いました。
元気でよくしゃべる小母さんの店でした。
横で、青いカッパを着て実直そうに立つ若者がおりました。
女房が、小母さんに「どのカニが好い?」と聞きますと、
小母さんは、「どれも好いよ」と言います。
その時、脇に黙って立っていたその若者が、一番手前の皿を指して「これがいいです」そう言って袋にさっと詰めてくれました。
黙って居るけど、けして愛想が悪いわけじゃなく、
青森の若者は、真面目で無駄なことは言わない、
そんな雰囲気が好印象でした。
女が主役のように良くしゃべり、男は、じっと傍にいて、女を立てる。青森の男には、そんな気風があるのでしょうか。
丸々としたイナダが二尾二百円で売られていました。
一尾だけ売ってもらえないかとの旅人の勝手に応えてくれて、
小母さんはイナダを一尾百円で売ってくれました。
その晩、イナダは刺身になり、
ヒラカニは真っ赤に塩茹でされました。
ヒラカニは甲羅を開けると味噌がいっぱい入っていました。
両手で半分に割ると中から白くてやわらかい身が現れました。
口に入れると甘いうまみでいっぱいになりました。
「ヒラカニ、好い具合の塩加減だねぇ」
そう女房に言いますと、
「海から来た者には、少しの塩で充分なんだよ」
と、料理人めいたことを言っておりました。
「そうなんだぁ」と、
妙に感心して聞いたのでありました。
青森はワンダーランドです。
昔ながらの物が、この時代にも、変わらずそのままに、
人の心に受け継がれている、そんな気がします。
青森に行くたびに、それが不思議でしょうがないのです。
マルコメも、きっと、そんな青森の風土の中で、これからも育っていくのだろうなと、勝手に考えています。
苫小牧に家があるかも知れないのにね(笑)。
館鼻の朝市は、観光客の姿の無い、地元で生活する人たちだけで充分にぎわう朝市です。
幸せな朝市です。
八戸に寄ったら、是非また行きたいと思いました。
ということでねぇ奥さん。
こう言う事でよかったかしら?
じゃ、また来週。
ご機嫌で居てねみんさん。
今日の札幌は曇りですよ。
解散!
おっと!解散しちゃいけないんだ!
言っておかねばならないことがございました。
恒例のどうでしょうカレンダー2009年版卓上タイプと、
今年は壁掛け用のポスタータイプも御用意しておりますので、
是非両方ともどうぞ。
水曜どうてちょうも(布、リフィル)が取り揃えてございます。
リフィル?
リフィルってなんすかね?
よく分かりませんが、いかがでしょうか。
じゃ、解散!
(13:35
嬉野)
2008年9月9日(火)
先週末の夜。
苫小牧港からフェリーに乗った。
青森八戸港行きのカーフェリー。
夜更けに出航する船の二等船室は年配の家族連れで割りと込み合っていた。どの家族も旅なれたふうで、寝袋や毛布を持参して、ぼくら夫婦が船室に入った時には、すでにそれら寝具を床に敷いてその上で銘々にくつろいでいた。
二等船室には枕はあるが毛布は無い。
ぼくは、黒いフカッとした枕に頭をのっけて、
そのままごろりと寝転んで女房に聞いた。
「フェリーに毛布って置いてなかったっけ?」
「有料だよ」
なるほど女房の言うとおり、そのうち館内アナウンスが、
「ただ今、毛布一枚300円で貸し出しいたしております」と、
告げだした。
だが、毛布を借りに立ち上がる人は一人も居ないようだった。
フェリーは苫小牧港を夜9時15分に出航する。
青森の八戸港に着岸するのは翌朝4時25分だ。
7時間ほどの船旅。
後は寝ていくばかりだなぁと思うと、
ぼくは妙に浮き浮きとした。
フェリーには、風呂場もある。
だが、みんな、家で済ませて来たのか、
乗客は誰も船室を出ていかない。
ぼくと女房は風呂に行くことにした。
風呂場はガランとしていた。
まだ出航前だったので、湯船に満たされた湯は波打つこともなかった。
風呂から上がる頃、フェリーは港を出たようだった。
船が動き出すと船内は少し揺れだす。
だからなんとなく歩く足さばきもよたよたとなる。
そのよたよたとした足取りで風呂上りにトイレに寄った。
フェリーのトイレはそこそこ広く、
だが、ここもガランとしていた。
用を済ませ洗面の鏡の前で手を洗っていると、
五歳くらいの小さな男の子が一人で入って来た。
頭をくりくり坊主にした男の子だった。
昔、お味噌のCMで「マルコメくん」というのが、そういえばあんな感じのくりくり坊主頭の男の子だったなぁと、その子を見て不意に懐かしく思い出した。
マルコメは、小さな足でよたよたと入って来た。
そうして便器までまだまだ距離があるというのに、
小さな両手で早々とズボンの前を開けながら入って来た。
そうして殊勝なことに「こんにちは」と挨拶しながら入って来たのだ。
きっと、お父さんお母さんに、表で大人の人に会ったら知らない人でも挨拶をするのよと躾けられているのだろう、マルコメは言いなれているふうの元気な声で「こんにちは」と言いながら便器に向かって歩いていった。
ぼくは、久々に大人を大人として認識してくれる子供を間近に見てなんだかむやみと嬉しかった。
船室に戻ると、遅れて女房も戻って来た。
そして言うのだ、
「さっき廊下でマルコメと擦れ違ったよ」と。
女房も同じ認識をしていたのが可笑しかった。
「こんにちはって言ったから、今晩はだよって教えてあげたの」
女房は、挨拶をしてくれたマルコメの可愛らしさを思い出してか、機嫌好さそうに笑いながら話していたが、マルコメにしたら、こんな夜更けに知らない大人に会うことも普段はなかろうから、マルコメの語彙の中には「こんにちは」しかなかったろうにと思うと、行きがかり上とはいえ、出会いがしらに女房にたしなめられてしまったマルコメが少し気の毒でもあった。
船は予定通り午前4時25分に青森の八戸港に着いた。
消灯されていた船室の明かりがつき、船室内の大人が起き出し、下船の準備を始めた。
眠い目をこすりながら女房と荷物をまとめる内、
そう言えばこんな夜更けに、小さなマルコメはちゃんと起きれたろうかと勝手に心配になった。
ということでね奥さん。
今日のところはこれで帰りますよ。
嬉野でした。
じゃ、またね。
(21:38
嬉野)
9月8日月曜日。藤村でございます。
「歓喜の歌」の放送が終わりまして、ようやくみなさんに見ていただくことができました。
昨日から1000件ほどの書き込みがありまして、それを今ようやくすべて読み終えたところであります。
たった50件しか載せておりませんが、すべて読みました。
みなさんの感想を読みながら、とりあえず思いつくことを書いてみましょう。
細かいところで自分が笑ってしまったシーン。
「戦争だー!」って言って、おかあさんたちが部屋になだれ込んでくるシーンがありましたね。
あそこ、後ろのほうをよーく見ると、それまで「そりゃオーバーだ」と言ってなだめていた中村先生(大滝さん)が、いつのまにか一緒になって「戦争だー!」って拳を振り上げてるんですよ。
私、撮影のとき気がつかなくって、その場でVTRチェックして気づいたんですね。
「あれ!おい!なんで中村先生も一緒になって参加してるんすか!あなたは止める役目でしょ」
って、思いましたけど、なんかその動きが実にいいんでね、オーケーにしました。
「とりあえずわたしもやっとこう・・・」みたいな感情が見えるんですよ。
あのシーン、中村先生だけを見てるとかなりおかしい・・・。
もうひとつ、中村先生。
最後の長い長い演説のシーン。それに続く「第九」の指揮。
大滝さんは、それを見事にやりとげて疲れ果てていました。
でもそのあとに、大事な一言があります。
「みなさんの熱烈な拍手におこたえして・・・」
というオチのセリフ。
私は疲れ果てていた大滝さんに言いました。
「大滝さん、お疲れのところ申し訳ありません。次の、みなさんの・・・というセリフもかなり重要です。それで、セリフのあいだに間を作って、少しもったいぶって言ってもらえませんか」
「ハァハァ・・・わかりました。じゃぁ途中でハンカチを出して、顔を拭きましょうか、ハァハァ・・・」
「あ、いいですね。少しあせった感じで顔を拭いてからセリフを言いましょう」
「わかりました・・・ハァハァ」
で、本番。
「みなさんの熱烈な拍手におこたえして・・・」
大滝先生はあせった感じで声も裏返ってセリフを言いました。
いいですよー。
でもそのあと、大滝先生は顔ではなく、思いっきりハゲ頭を拭いたんですね。
「うわっ!疲れてると思ったら、こんなとこで笑いを取りやがって!」
貪欲な大滝先生にまたしても一発オーケーを出したのでした。
エンドロールの「友情出演・鈴井貴之」の文字を見て、「え!ミスター出てたの!」と思われた方も多かった。
出てます。
ラーメン屋のシーン。大泉とからんだ店員はヨーロッパ企画の酒井くん。その後ろで、黙々とラーメンを作り続ける店員がミスターさん。
現場では、「こりゃすぐに気づくだろう」と思ったんで、ミスターに、「あんまり目立つことしちゃダメだよ」と言いました。
すると奥ゆかしいミスターさんは、その存在感を消すべくラーメンを作る細かい演技に没頭し、結果、映像で見るとほとんど誰だかわかりません。
ある意味、ミスターらしい。
そんなミスターも、このドラマに見切れること自体には、やけに貪欲でありました。
このラーメン屋のシーン。予定では夜8時ぐらいからのスタートでしたが、前のシーンが順調に進んで、なんと3時間も早上がり。夕方5時からの撮影になったのであります。
慌てたのはキューのスタッフ。
「すいません!社長がまだ到着してません!」
「あぁ?」
「今、急いで札幌から小樽に向かってます!お待ちください!」
「やだよ。早く終わってビール飲むんだ」
「お願いします!社長はラーメン屋の衣装も準備して今こっちに向かってるんです!」
「ぶははははは!」
ラーメン屋の格好で必死の形相で小樽に向かっているミスターの姿を想像したら、もうおかしくなっちゃって・・・
「いやぁーこうなったら是非、間に合わないでほしいなぁ。そのほうがおもしろい」
「やめてください!ウチの社長なんです!」
スタッフの必死の願いが通じて、ミスターさんギリギリ間に合いましたが、でも結局ほとんどの視聴者はどこに出ていたか気づかず。
ミスターの美学というか、らしいですね。
まだまだ裏話はありますが、それはまぁおいおい。
ということで、みなさん。
とりあえず「歓喜の歌」、無事放送が終わりました。
視聴率は、北海道、秋田、福島、大分などで10%を越えましたが、あとは・・・。
しかし、見ていただいた方に「あぁー見てよかった」と心から思ってもらえたことが、なによりです。
ありがとう。
明日から少しお休みします。
今週は嬉野週間です。
ではまた!
(19:40
藤村)
2008年9月7日(日)
嬉野です。
もの凄い数の書き込みが押し寄せております!
ありがたい!
さっそくレスなしで掲げました。
みなさん御満足の御様子、なによりであります。
監督をいたしました藤村も安堵しておると思います。
ドラマを作った者たちが伝えたかったことは、驚くほどみなさんに伝わっているのだなぁと、
わたくし、なんだかそのことに、じんわりと感動をいたしました。
地味なテーマのドラマも、
やっぱり感動しますよね。
そして、感動しちゃったということはね、
それはね、やっぱりその地味なものを懐かしいものとして、
心のどこかで求めているからですよね。
派手も良し。なれど地味も良し。
立川志の輔師匠の原作があり、
その師匠の落語をテレビマンユニオンの重延会長が、
ドラマにしませんかと、
今回監督をいたしました藤村に橋渡しをしてくれ、
その原作をテレビドラマにするため、
札幌小樽で追加取材をし、
半年以上の時間をかけて鄭義信さんが脚本にしてくれた。
その脚本の中に生まれた、
恐るべきクオリティーの人間ドラマ。
その軽やかでさりげないままに深い、鄭さんのセリフに、
魂を吹き入れてくれた田中裕子さん、大滝秀治さんを初めとするなだたる日本の名優陣の桁はずれた演技力。
役者の力。
そしてその名だたる名優と伍して、
主演を勤めました御存知!の驚嘆すべき人間力と演技力!
撮影現場を進行していきました各スタッフどもの手堅い働き。
なにより、自分たちの練習をこのドラマのために割いてまで協力してくれた札幌の二つの女声コーラスチームのおかあさん方の合唱の歌声。
そして最後に、
このドラマを日本中のいろんなところで観て、
図らずも共感してくれたみなさん。
観てよかったと思ってくれた、みなさん。
全ては出会いなのでしょうね。
そして、このドラマはお陰を持ちまして、
この平和な日曜日の午後に、
日本各所で好い出会いを招くことができたようでございます。
そのことを、監督をいたしました藤村が、
今、誰よりもうれしく想い、
ひとり、安堵しておることと思います。
みなさん、ありがとう。
素直で素朴な温かいコメントをたくさんありがとう。
一安心でございます。
それでは、私は帰ります。
また明日。
まだ、ぞくぞくと掲示板にはコメントが寄せられております。
あげるのが遅くなってすみませんでした。
いろいろ読ませていただいておりました。
PS,
チョコとおかきを嬉野さんに差し入れしてくれたあなた!
あなたのお気遣いにも感謝でございます(笑)。
お腹へってきてたわけ。
(17:46
嬉野)
私用で4日ほど留守にします。
更新は、10日の夜になります。なると思います。糸ようじ。
あ、『歓喜の歌』は録画予約しました。うん。
では行ってきます。
--
糸ようじ → 昨日仕事中に聴いてて涙出るまで笑って5分くらい仕事にならなかったw
2008年9月5日(金)
嬉野です。
あさって9月7日(日)午後二時から。
ドラマ「歓喜の歌」。
テレビ朝日系列で全国放送。
なにとぞチャンネルを合わせ、しかる後、熱心にご覧あれ。
原作、立川志の輔さんの新作落語「歓喜の歌」
脚本、日本アカデミー脚本賞受賞の脚本家、鄭義信さん
主演、御存知!
監督、水曜どうでしょうの藤村
物語、とにかく面白い
カメラ、とにかく好い
田中裕子様、大滝秀治様、あき竹城様、根岸季衣様、白川和子様、上田耕一様、利重剛様、ふせえり様、吉本菜穂子様、永野宗典様、鈴井貴之様も御出演!(見落とすな!)
とにかく日本の名優めじろ押しで出演!
先ほど、うちの藤村が、わたくし目に、
「あんた、盛り上げに日記書いていきなさいよ」
と、申し残しまして、そそくさと退社をいたしました。
わたくし先週の土曜の夜から女房と共にフェリーに乗り込みまして八戸に上陸、北東北をぐるりと旅してまいりまして、ようやく本日より出社したのでございますよ。
「あんた、このタイミングで自分の旅日記とか書くんじゃないよ」
「当たり前だろ」
「いいや。オレが言わなかったら書くつもりだったんだ」
「バカをお言い。書くわけが無いでしょう。私だってその程度の常識はありますよ」
「あんた、日曜日、放送、会社で見るでしょ」
「あぁ?なんで?家で見るよ」
「いいや、会社で見るはずだ」
「やだよ、家で見るよ」
「放送が終わったら、すぐ掲示板の更新するでしょう」
「どうしてさ」
「全国のみなさんのホットな声をあげていくでしょう」
「...」
ま、そういうことなので。
うちの藤村がどうーしてもと言いますので、日曜日に会社でテレビを見ようかと思います。
家も近いし。
どうぞたくさんの方、お父さんもお母さんも、
おじいちゃんもおばあちゃんも、
お誘い合わせの上でご覧くださいね。
好いお話ですから。
さぁさぁみなさん!
ドラマ「歓喜の歌」!
いよいよ放送です!
お見逃しなく!
(18:36
嬉野)
9月3日水曜日。えぇもう本日も藤村でございますよ。
さて、ドラマ「歓喜の歌」には2つのコーラスグループのおかあさんたちが実際に出演しております。
そのうちのひとつが、「コール・クク」というグループ。中学校の音楽の先生(女性)と、その教え子たちを中心に結成されたグループであります。年齢層は割りとバラバラで、個性豊かなおかあさんたち揃い踏みでありますが、先生を中心に結束よく、いつも楽しそう。
ドラマに登場する「大樽レディースコーラス」も、大滝秀治さん扮する中村先生は中学校の元音楽教師、田中さんらはその教え子という設定。
グループの成り立ちは、この「コール・クク」さんをモデルにしています。
そしてこのククさんも今年で結成20年。これもドラマとまったく同じ。
さらに、放送前日の今週土曜日、これまたドラマと同じく「結成20周年記念コンサート」を開くそうであります。
あとはもう、ドラマと同じくダブルブッキングなんてことのないように。
「コール・クク」のみなさん、20周年おめでとうございます!
そしてもうひとつのグループが、「コールトラウベ」さん。
こちらのみなさんは、先日行われたおかあさんコーラスの全国大会に北海道代表として出場し、見事!最高賞である「ひまわり賞」を受賞されたそうであります。
いやいや、ドラマ放送前に実におめでたい!
「コールトラウベ」のみなさん、おめでとうございます!
仕事があったり、介護があったり、病気してたり、子育てあったり・・・毎日はいつも地味だけれど、コーラスのおかげで輝く一瞬がある。ともに喜べる一瞬がある。そうしてまた明日もがんばれる。人生、わるくない。
ドラマ「歓喜の歌」は、まさにこのおかあさんたちのお話であります。
放送まであと4日。
さて今夜から、北海道内ではクラシックにて「原付ベトナム縦断」がいよいよスタートであります。
あの旅からもう6年ですか。
ハノイのホテルの窓から見たカブの群れ。
ホテルの玄関に用意された2台のカブ。
ニャンさん、タインさんらとの挨拶もそこそこに、喧騒の中でカメラを回し、興奮状態でそのまま走り出してしまったふたり。
彼らは今も記憶の中に、あのベトナムの暑さ、路面から伝わる振動、ヘルメット越しに見た風景を、きっちりととどめているでしょうか。
私は、次第に記憶が薄れつつあります。
今夜からあらためて、あの旅を見返してみましょう。
「ベトナム」終了後は、「ジャングル・リベンジ」「西表島」などその後の新作を放送予定であります。
ではまた明日。
明日もおれだ文句あるか。
(18:09
藤村)
9月2日火曜日。本日も藤村でございます。
まずは思いっきり訂正ですね。
DVD第11弾は「桜前線を捕獲する」「十勝二十番勝負」「サイコロ5」の3本立てでございますよ。
昨日は「桜前線」ではなく「香港」と書きましてね、掲示板に多少の混乱を招きましたよ。
次回DVD第11弾に登場するのは、「桜前線を捕獲する」。
この企画、
「桜前線が北上するとか言うけど、実際にその最前線に立ってみたい」
というのがそもそもの始まり。
企画発表でのミスターさんのひとり芝居がシュールでした。
しかし、いつしか本来の目的を見失い、
「ミスターさんが餅や団子の砲弾を最前線で浴びる」
「その様を見て楽しむ」
という趣旨に変わっていった企画ですね。
舞台は東北。岩手県から秋田県にかけて。
春の桜を追って、餅や団子を食いながら、夜は温泉につかる。
「十勝二十番勝負」の舞台は、北海道の酪農地帯・十勝。
初登場の安田onちゃんとともに、各地で酒を飲み、湯につかる。
どちらもスケール感はないですが、いや、いい旅です。
諸事情により「クラシック」での放送は見送られた企画ですが、ちゃんとDVD化します。
お楽しみに。
札幌は今日も蒸し暑いぐらいのいい天気でありましたよ。
ではまた明日。
ドラマ「歓喜の歌」全国放送まであと5日!
(18:14
藤村)
2008年も9月となりましたなぁ。藤村でございます。
まずはお知らせ。
次回DVD第11弾の内容が発表されました。
次回は「桜前線」「十勝二十番勝負」「サイコロ5」の3本立てでございます。
ちょっと順番を変えてカブや夏野菜なんかの人気シリーズから出そうかとも考えておりましたが、今回は順番どおりにしました。
「十勝」と「香港」に関しては、諸々の事情により「クラシック」では放送しておりませんでしたので、見たことがない方も多いのではないでしょうか。
楽しみにお待ち下さい。
もうひとつ。
私と嬉野先生が出演するJAPAN国際コンテンツフェスティバルのオリジナルイベント「劇的3時間SHOW」の観覧申し込み受付が本日正午よりスタートしましたが、あっというまに定員に達した模様。あらためて皆様のバカぢからを痛感いたしました。ありがとうございました。
さて、開局40周年記念「全部たしたら10時間」の生放送が終了しました。
わたくし、金曜日の夜11時15分から放送した第一部は、家で見ておりました。
第一部は札幌ドームではなく、HTBの局舎から生放送。HTBの番組をVTRで振り返るという内容でした。
1980年代後半。世がバブル景気に浮かれるているころ、HTBでは「派手〜ずナイト」という深夜番組がスタートしました。
高田純次さん、泉谷しげるさん、景山民夫さん、井筒監督というスゴイ方々が出演し、好き放題にやっていた番組であります。
テレビの前でパンツ見せたら海外旅行とか、それはもう不謹慎きわまりない内容であります。
その後、「モザイクな夜」が深夜のベルト番組として登場し、さらに内容が過激に。
コサックダンスを踊りながら調子に乗ってススキノ交番に突入していったコサック隊。ストッキングをかぶり、銀行の前をただ全力で走るだけという人騒がせな強盗くん。番組でハダカを出すのは当たり前。
今にして思っても、内容は「お粗末」の一言であります。
おもしろいかと言われれば、おもしろくはないだろうと思います。
では、悪かったかと言われれば、いや、悪くはなかったと思います。
確かに昔は「行き過ぎ」でした。
でも今のテレビは「逆のベクトルで行き過ぎ」ている。
社会と同様、ビクビクしながらテレビを作っている。
おもしろいかおもしろくないか?ではなく、誰にも叩かれないかどうか?で番組が作られている。
危ないことをしない。法に触れることをしない。
挑戦しない。
失敗してはいけない。
それはつまり、クリエイティブなことはしない。
今の方がよっぽどテレビの危機だと思います。
そんなことを思いながら、自分の局の40年を見ておりました。
良い番組でした。
さぁ!いよいよドラマ「歓喜の歌」放送まで1週間を切りました!
本日、DVDレビューの熱血編集長が取材に来て、「歓喜の歌」を一足早くお見せしたら、最後はタオルで涙をぬぐっておりました。
よし、泣かした。
ではまた明日。
(13:46
藤村)
2008年も9月となりましたなぁ。藤村でございます。
まずはお知らせ。
次回DVD第11弾の内容が発表されました。
次回は「十勝二十番勝負」「香港大観光旅行」「サイコロ5」の3本立てでございます。
ちょっと順番を変えてカブや夏野菜なんかの人気シリーズから出そうかとも考えておりましたが、今回は順番どおりにしました。
「十勝」と「香港」に関しては、諸々の事情により「クラシック」では放送しておりませんでしたので、見たことがない方も多いのではないでしょうか。
楽しみにお待ち下さい。
もうひとつ。
私と嬉野先生が出演するJAPAN国際コンテンツフェスティバルのオリジナルイベント「劇的3時間SHOW」の観覧申し込み受付が本日正午よりスタートしましたが、あっというまに定員に達した模様。あらためて皆様のバカぢからを痛感いたしました。ありがとうございました。
さて、開局40周年記念「全部たしたら10時間」の生放送が終了しました。
わたくし、金曜日の夜11時15分から放送した第一部は、家で見ておりました。
第一部は札幌ドームではなく、HTBの局舎から生放送。HTBの番組をVTRで振り返るという内容でした。
1980年代後半。世がバブル景気に浮かれるているころ、HTBでは「派手〜ずナイト」という深夜番組がスタートしました。
高田純次さん、泉谷しげるさん、景山民夫さん、井筒監督というスゴイ方々が出演し、好き放題にやっていた番組であります。
テレビの前でパンツ見せたら海外旅行とか、それはもう不謹慎きわまりない内容であります。
その後、「モザイクな夜」が深夜のベルト番組として登場し、さらに内容が過激に。
コサックダンスを踊りながら調子に乗ってススキノ交番に突入していったコサック隊。ストッキングをかぶり、銀行の前をただ全力で走るだけという人騒がせな強盗くん。番組でハダカを出すのは当たり前。
今にして思っても、内容は「お粗末」の一言であります。
おもしろいかと言われれば、おもしろくはないだろうと思います。
では、悪かったかと言われれば、いや、悪くはなかったと思います。
確かに昔は「行き過ぎ」でした。
でも今のテレビは「逆のベクトルで行き過ぎ」ている。
社会と同様、ビクビクしながらテレビを作っている。
おもしろいかおもしろくないか?ではなく、誰にも叩かれないかどうか?で番組が作られている。
危ないことをしない。法に触れることをしない。
挑戦しない。
失敗してはいけない。
それはつまり、クリエイティブなことはしない。
今の方がよっぽどテレビの危機だと思います。
そんなことを思いながら、自分の局の40年を見ておりました。
良い番組でした。
さぁ!いよいよドラマ「歓喜の歌」放送まで1週間を切りました!
本日、DVDレビューの熱血編集長が取材に来て、「歓喜の歌」を一足早くお見せしたら、最後はタオルで涙をぬぐっておりました。
よし、泣かした。
ではまた明日。
(19:18
藤村)