2008年9月9日(火)

嬉野

2008年9月9日(火)

先週末の夜。
苫小牧港からフェリーに乗った。
青森八戸港行きのカーフェリー。

夜更けに出航する船の二等船室は年配の家族連れで割りと込み合っていた。どの家族も旅なれたふうで、寝袋や毛布を持参して、ぼくら夫婦が船室に入った時には、すでにそれら寝具を床に敷いてその上で銘々にくつろいでいた。

二等船室には枕はあるが毛布は無い。

ぼくは、黒いフカッとした枕に頭をのっけて、
そのままごろりと寝転んで女房に聞いた。

「フェリーに毛布って置いてなかったっけ?」
「有料だよ」

なるほど女房の言うとおり、そのうち館内アナウンスが、
「ただ今、毛布一枚300円で貸し出しいたしております」と、
告げだした。

だが、毛布を借りに立ち上がる人は一人も居ないようだった。

フェリーは苫小牧港を夜9時15分に出航する。
青森の八戸港に着岸するのは翌朝4時25分だ。

7時間ほどの船旅。
後は寝ていくばかりだなぁと思うと、
ぼくは妙に浮き浮きとした。

フェリーには、風呂場もある。
だが、みんな、家で済ませて来たのか、
乗客は誰も船室を出ていかない。

ぼくと女房は風呂に行くことにした。

風呂場はガランとしていた。
まだ出航前だったので、湯船に満たされた湯は波打つこともなかった。

風呂から上がる頃、フェリーは港を出たようだった。
船が動き出すと船内は少し揺れだす。
だからなんとなく歩く足さばきもよたよたとなる。

そのよたよたとした足取りで風呂上りにトイレに寄った。
フェリーのトイレはそこそこ広く、
だが、ここもガランとしていた。

用を済ませ洗面の鏡の前で手を洗っていると、
五歳くらいの小さな男の子が一人で入って来た。
頭をくりくり坊主にした男の子だった。

昔、お味噌のCMで「マルコメくん」というのが、そういえばあんな感じのくりくり坊主頭の男の子だったなぁと、その子を見て不意に懐かしく思い出した。

マルコメは、小さな足でよたよたと入って来た。
そうして便器までまだまだ距離があるというのに、
小さな両手で早々とズボンの前を開けながら入って来た。
そうして殊勝なことに「こんにちは」と挨拶しながら入って来たのだ。

きっと、お父さんお母さんに、表で大人の人に会ったら知らない人でも挨拶をするのよと躾けられているのだろう、マルコメは言いなれているふうの元気な声で「こんにちは」と言いながら便器に向かって歩いていった。

ぼくは、久々に大人を大人として認識してくれる子供を間近に見てなんだかむやみと嬉しかった。

船室に戻ると、遅れて女房も戻って来た。
そして言うのだ、

「さっき廊下でマルコメと擦れ違ったよ」と。

女房も同じ認識をしていたのが可笑しかった。

「こんにちはって言ったから、今晩はだよって教えてあげたの」

女房は、挨拶をしてくれたマルコメの可愛らしさを思い出してか、機嫌好さそうに笑いながら話していたが、マルコメにしたら、こんな夜更けに知らない大人に会うことも普段はなかろうから、マルコメの語彙の中には「こんにちは」しかなかったろうにと思うと、行きがかり上とはいえ、出会いがしらに女房にたしなめられてしまったマルコメが少し気の毒でもあった。

船は予定通り午前4時25分に青森の八戸港に着いた。

消灯されていた船室の明かりがつき、船室内の大人が起き出し、下船の準備を始めた。

眠い目をこすりながら女房と荷物をまとめる内、
そう言えばこんな夜更けに、小さなマルコメはちゃんと起きれたろうかと勝手に心配になった。

ということでね奥さん。
今日のところはこれで帰りますよ。
嬉野でした。

じゃ、またね。

(21:38
嬉野)