嬉野

2008年10月3日(金)

嬉野です。

4年前に書いた日記です。
書いて、
なぜだか、そのまま上げず、
パソコンの中に置いたままにしていたようです。
さっき見つけました。

こんな話です。
春の話です。

先日、夫婦でニセコまで行きました。
ニセコへ行くにあたって、女房は言うわけです。

「良い温泉を発見したのよ」と。

言った女房の鼻の穴は少し広がっていました。

「地元でお百姓をしてるおじさんが自力で掘り当てて、自力で岩風呂作って湯小屋も立派なヤツをこれまた自力で立てたのよ」。

女房は、まくしたててそう言うわけです。

「それでね、その温泉ね、泉質も良いのよ」

二週間ほど前に見つけたばっかりの、ほやほやの温泉なんだそうです。

で、亭主は女房の尻にくっついて、
誘われるまま行ってみました。

羊蹄山は、あいにく雲に隠れて見えませんでしたが、ニセコは綺麗なところです。
高原だから冬は豪雪だそうですが、そのぶん伏流水となって夏に湧き出る水がおいしい。
丘もあるし、森ではカッコウも鳴いていました。

「カッコウが鳴いたら、種は何を撒いてもいいの。」

温泉に着いたら、温泉おじさんの奥さんがそんなことを言ってました。
カッコウが鳴くのは、「もう冷え込むこともないぞ」という合図になるのだそうです。

なるほどねぇ。
さすがお百姓です。物知りです。

小柄でがっしりした体格の温泉おじさんは、日焼けした顔でそんなことを言う奥さんの横に腰掛けて「ニッ」と笑っています。

とにかく夫婦して、人が来るのが大好きな風情でした。

湯小屋の入り口には男湯と女湯のドアがあり、木彫りのみみずくが二羽、止まり木に止まって客を迎える風情です。

脱衣所もそこそこ広くって、
洗面台もあるし脱衣かごも置いてある。

のぞくと内風呂は岩風呂でした。

でもお湯の底には檜の板がひいてありますから、お湯に入っても、のっけたお尻が気持ち良い。
足を伸ばして背中を湯船の縁につけると良い具合に縁石が枕代わりになるような位置にある。

目の前は壁ではなくて全面ガラス張りの窓になっていて、
外の景色が全部見えてすがすがしい。

静かでした。

そのうち、「ゴボゴボッ」と、どこかで音がしているのに気づくのです。

自噴してる源泉が湯船の底で時折音を立てるんですね。

炭酸泉だから湯の底から小さな泡がいっぱい湧き上がって来て、湯面ではじけます。
耳を澄ますと「シュワーシュワー」とサイダーみたいに泡のはじける音が聞こえてくる。

その湯面に鼻を近づけてみると、微かに白濁したお湯から昇る湯気の中に、ほんのりと硫黄の匂いがするのがわかる。

湯の温度はぬるい。

体温より2度ばかり高いだけのお湯。
だからどれだけでも入っていられる。

お湯に入っているのがこんなに幸福だと感じる経験は初めてのことでした。

湯に浸かりながら「近いうち、また来て、この幸福な気分にひたりたい」と思ったのも初めてのことでした。

あの日、あれだけぼくを楽しませたのは、温泉の泉質はもとよりの話ですが、あの温泉を全部ひとりで作った、あのおじさんの人柄なのだと思うのです。

あのおじさんの「訪れた人を楽しませようとする繊細な気配り」が、あのくつろげる形の湯船をつくり、気持ちの良いガラス窓をつくり、露天風呂の岩組みを作り、流れ落ちる小さな滝をつくり、目に鮮やかな色とりどりの花を植えたのだと、ぼくは思います。

そのことどものあれこれが、あの日、ぼくを幸福にしたのだと思うのです。

湯から上がって、外に出て、椅子に座ってくつろいでいると、
森ではまだ、カッコウが鳴いていました。

とまぁ、こんなお話で。
好いねぇ、春は。
なんつって。
ちょっと春に戻った気がしましたな。

しかし現実には冬が近づいておりますよ奥さん。
心して冬支度をしてまいりますか。

あぁ、
でもその前に、
そろそろ山が紅葉しそうです。
今年は急激に冷え込んだから、
ひょっとしたら紅葉が、きれいかもしれないね。

では、家事に育児にお仕事に、どうぞまい進されますよう。

また来週。
解散であります。

あ!
そうそう。

本日も、藤村先生。やっております。

「よ〜し、やってやる」と、
若干小声でしたが、そう言いながら、さっき編集室に向かわれました。

合掌。

(15:15
嬉野)

嬉野

2008年10月2日(木)

嬉野です。

機材というものは、
日々進歩しておりますですねぇ奥さん。

どうでしょう班もですね、
いいかげんカメラをハイビジョン化せよということでね、
この春からいろいろとハイビジョンのカメラを物色しておったのでございますが、やっとこ昨日決めました。

選定基準は、
とくにカメラの性能とかではなくてですね、

「まず、手に持って軽いこと」
そして次に、
「だからといってギリギリテレビと分かってもらえる程度にはイカツイデザインであること」

この2つでした。
はい。

で、決定。

ほんとはね、
手に持つんじゃなくて、
風船みたく浮いてくれるカメラがあるとありがたいんですがね、
そういう風には世間は進化しないですな。
残念ながら。

そうそう、
ビデオカメラは、もうテープではないんだそうですね。
カードに記録するのだそうですよ。

こんなに小さなカード一枚にね、
3時間くらい録画できるっていうじゃないですか、ねぇ。
驚きます。
で、そのカードが小さすぎてね奥さん、
わたしゃ失くしてしまいそうですよ。

思えばねぇ、
今年はドラマ制作で新作のロケにも出れませんでしたのでね、
新たなる旅に出ることは、なりませんでしたが、
来年辺りね、タレントさんたちのお暇な辺りでね、
旅に出るのも楽しかろうと思うんでございますよ。

その時に、こう、今回決めました新型のカメラを携行して参ろうかと思っておりますよ。

好いですな。
ハイビジョンは横長の画面ですから、風景向きです。
旅行くどうでしょう班には向いているのではないでしょうか。
とくに横に画面が長い分、文字スーパーも今までよりバンバン並べられそうでございますから、画面上の情報量が格段に増やせますな。もうね、みなさん目がチカチカするでしょうよ。

さぁ、
そーして、それと平行して編集機もですね、
この2〜3年で驚くべき進化を遂げましたね。
もうね、我々が、着いて行けないくらい進化しちゃったわけであります。

だもんで、
我々はずっと古風な編集機を温存させ、
これに必死に齧りつきながら、
これまでDVDの編集作業をしてきたのでございますよ。

したが奥さん、
今回我々がドラマ制作にまい進しておりました間に、
社内の全ての編集機はすっかり進化してしまってですよ、
帰ってみればあなた、
どうでしょう班が、ずっと温存していた旧式の編集機は跡形無く捨てられですよ、ついに我々も新式の編集機を使わざるを得ない状態になっておるわけでございます。

えらいことになっております。

ということで昨日から、
藤村先生が編集室に入りまして懸命なる試運転でございます。

「どうよ先生」
「なにが」
「DVDの編集進んでるの?」
「やってるよ」

やってるそうであります。
何をやっている段階かは分かりません。
しかしながらやっております。

とはいうものの、
一日どれくらいの作業量が見込めるのか。
この量が分からないと、スケジュールも立たない。

ということで、どうでしょうDVD編集作業。
おそろしくゆっくりゆっくり進行しております。

気長にお付き合いくださいませ。

じゃ、またね。

解散!

(19:01
嬉野)

嬉野

2008年10月1日(水)

嬉野です。

寒いです。
毎日寒いです。
札幌は急になんだかもう冬みたいです。
いつの間にか暑かった夏も終わっちゃったなぁ。

ぼちぼち家の奥さんの長かった旅も終わりを迎えるでしょう。
東北の山々も見事な紅葉を見せ始めているようです。

日本全国、秋深し。
ということで、本日の日記終わり!

ということで好いね。

じゃ、また明日。

解散。

(17:34
嬉野)

藤村

週が明けまして9月27日月曜日。今週も藤村でまいりましょう。

ドラマ「歓喜の歌」の撮影ネタをいくつか、思い出しながら。

あれは、吉本さんが車を降りて、もう一度車に駆け寄り、娘に涙ながらに「コーラスも大事」と訴えるシーン。大事なシーンです。

ところが、

ピリリ・・・ピリリ・・・

携帯を鳴らしたヤツがいる。ズボンにでも入っているのでしょう、くぐもった音ですが、確かに聞こえる。

ピリリ・・・ピリリ・・・

あまり大きな音ではないので、芝居はまだなんとなーく続いている。でも、スタッフの視線はすでに、

(おい誰だ!バカ野郎)

と周りを見渡して犯人捜しをしている。そして、私に向かって、

(監督、もうカットにした方がいいっすよ)

と目で合図してくる。

(そうか、残念だけどやっぱりカットだよな・・・)

私はあきらめて

「カット・・・もう1回いきましょう」

と言った。

そして続けて

「すいません」

とあやまった。

「うわっ!監督っすか!」

「すいません」

撮影中は携帯を切る。基本中の基本でありますよ。

今回の役者さんの中で、私のツボを刺激しまくったのが、事務長役の利重さん。

「大げさなことはしない。芝居は自然に。押さえて」

と、常にみなさんには言っていましたが、利重さんだけには、

「もっと不自然な動きで!とにかく手足を動かして!」

と、真逆のことを言っておりました。

この人が大げさに動くことによって、逆に主任の無表情さが際立つ。利重さんは大泉との対比の対象です。

とにかく無意味に手足をバタつかせて動いてもらった。そのたびに私が「そうそう!いいです!うはははは」と、えらく喜ぶもんだから、利重さんは大泉に聞いたらしい。

「どこがそんなにおもしろいんだい?監督すごく笑ってるけど」

「あーいう人なんです」

「ぼくだけ、ひとり浮いてないかい?」

利重さんは不思議であったらしいけれど、でも言われたら、「わかりました」とやってくれました。

事務所で主任を怒るシーン。私が芝居の段取りを付けます。

「利重さん、今、そうやって座ってるでしょう」

「はい」

「どっかのタイミングで机に立ち上がりましょうか」

「えっ・・・」

「勢いよくダンッ!って」

「えっ、つ・・・つくえの上にですか・・・」

「あ、机って言った?違う違う!イスから立ち上がりましょう」

「そうですよね、イスですよね。よかった。机の上にいきなり登らされるのかと思った」

「んなことしたらおかしいでしょ」

「そうですよね、よかった」

もうこの人なら机の上にも登らせかねないと思ったんでしょうね。真剣な顔でほっとしていました。

主任が車の前で大の字になって「ここを動かないぞ!」と言って、轢かれそうになるシーン。

ある種のスタントですよね。寝転ぶ大泉の顔、ギリギリで車が止まる。

あれ、田中さんが本当に運転してるんですよ。

真上から撮ってるから、田中さんの顔は見えません。だから別の人がやってもいいんです。いや、我々はスタッフがやるもんだと当然思ってた。

でもなぜか田中さんは、まったく運転席を降りる気配がなく、

「ちょっと位置だけちゃんと見ておきましょう」

などと、もうハナッからやる気満々。

そうなると、一番怖いのは大泉さんです。

「ちょっとちょっと、なんで田中さんがやるの。おかしいでしょ。降りなさいよ」

「あなたの命はあたしが預かったから」

「いやいや降りなさいって。おい!早く田中裕子を降ろせ!」

考えました。あのシーンで大事なのは、「うわっ!」って驚き方が、しらじらしくないこと。もう車が来るってのは視聴者にはわかってんだから、そこでしらじらしく驚くと、見てるほうはしらけてしまう。

本気の驚き方が大事。

となると、田中さんに行ってもらうのが一番。それもテストなしで本番一発。

「じゃ本番いきますよー」

「おい!ちょっと待てって!」

あのシーンは、実は本気のいいシーンなんです。

最後に、美術班の話。

「ひげ祭り」なんかの細かい張り紙から、テーブルの上のおかず、そして「リフォームMIYAMOTO」の全面改装まで、すべてを作り上げる美術班。

ある日の早朝、彼らは小樽市民会館の前で作業をしておりました。

すると朝の散歩をしてたおじさんが、慌てて駆け寄ってきて大声で叫んだそうです。

「おーい!字が違うぞーッ!大じゃなくて小だーッ!間違ってるぞーッ!」

彼らは小樽市民会館の入口に、でっかく「大樽市民会館」と貼り付けていたんですね。

おっさんも思わず叫ぶほどいい出来の看板であったと、そういうことであります。

よし、ではまた明日。

一時解散!

(21:02
藤村)

藤村

さぁさぁ9月26日金曜日。本日も藤村でございます。

ドラマ「歓喜の歌」の放送も終わりましたが、いろんな所でまだまだ感想をいただいております。

ありがたいことです。

日曜日の午後、1時間半の単発ドラマではありましたが、なにかは残せたのかなぁと思っておる次第でございます。

そこで、今後なにかの折に「ちょっと小樽でも旅してみようかなぁ」と思っているみなさまのために、「歓喜の歌・ロケ地マップ」を、広報部On越が作成中であります。

大泉洋扮する佐野主任がトボトボと歩いた坂道や小さな踏切、大樽レディースコーラスの練習場「南小樽会館」、田中裕子さん扮する美弥子さんが営む「リフォームMIYAMOTO」、中村先生と美弥子、主任が食べたそば屋など、主なロケ地は、歩いて回れる距離に密集しております。

ドラマのエンディングのように、カメラ片手にぶらぶらと歩きながら、自分なりの大樽市の風景を切り取る、なんていうのもいいんじゃないでしょうか。

小樽には、古い和菓子屋があちこちにございますから、塩大福かなんかほおばりながら、ゆっくり散策してください。

私はロケハンのとき、よく食べながら歩いてましたよ。

市民会館の下には、でっけぇーソフトクリームを売る店もありましてね、私はロケハン中にでっけぇーのを2つ食って腹をこわしましたよ。あれはひとつで十分ですね。

ドラマの中には、飴玉が印象的に出てきます。白川和子さん扮するしずさんが配る飴玉。この飴玉は2種類あって、ひとつは、主任がもらった紙風船のようなあざやかな飴。もうひとつは、車の中で根岸さんが口に放り込む飴。この飴は、わかりにくいけど、黄金色に輝くすごく美しい飴玉なんです。どちらも小樽市内の飴専門のお店が作っているもの。是非、探してみてください。

あと、最初に主任たちが練習場に謝りに行くシーン。加藤が持っている菓子折り。あれはもう、私が大好きな小樽の名店、その名も「あまとう」の菓子折りですね。美術班に「ここのシーンは、あまとうの菓子折り!」と、指定買いさせましたよ。監督のコダワリですね。

小樽のアーケード街にある「あまとう」は、2階が喫茶室になっておりまして、ここのクリームあんみつだのパフェだのに、どわっ!とのっかてるソフトクリームは、こう、ドッシリとしてて、そこいらのひ弱な牛乳系あっさりソフトとは明らかに格が違います。見た目も重いし、食っても重い。甘党の底力が試されるソフトと言えますよ。2つはいきたいですね。

・・・と、甘味情報はロケ地マップには載っておりませんが、まぁ、小樽は甘味好きにもたまらない町であると、そういうことでございます。

来週にはロケ地マップ完成とのことでありますから、「歓喜の歌」ページもご覧ください。

よしよし、それでは本日はここまで。

つべこべ言わずに解散!

また来週。

(19:23
藤村)

藤村

はいどうもー藤村でございまーす。

9月25日ですな。木曜日!ねぇー。

ずいぶん留守にしてましてね、今しがた数日分の嬉野日記を続けざまに読んでおりましたら、もうなんでしょう、自分の日記の書き出しは、「ハイどーもー!」と、軽い調子で入りたくなったんですね。なんならもう「ハイどーもー!たーくんでぇーす!」と、鼻毛かなんか出し放題に出しながら登場したいぐらいでしたよ。

やっぱり、バランスというものが大事ですからね。

「つぶれた蛙」「とんかつと人生」「好い手相」と来たら、「鼻毛ぼーぼー」ぐらい来ないとバランスが悪い。

というわけでね、鼻毛がもう出ますよねー、すごい出ます。

おれのは一本一本が剛毛でね。ツンとね、出てる。

嬉野先生もね、わりと剛毛ですよ。もう元気よくね、束になって飛び出してる。バッて。

「好い鼻毛ですね」

と、言ってあげましょうかね。

さ、というわけでまた明日!

ホラ!ぐだぐだ言わずに解散!

(19:03
藤村)

嬉野

2008年9月24日(水)

嬉野です。

手相というものがありますな。
あたるも八卦、あたらぬも八卦だそうで、
いや、私も手相はそういうものだと思います。
それでいいのだと思うのです。

「運命なんて自分で築くものだから、
手相なんか迷信ですよ」。

それで好いのです。
人はいろいろに思想信条を持っておりますしね、
許せたり許せなかったりする想いがあるわけです。

それでも不思議なものというのは時に大事なものです。
私はそう思います。
そして、そういう時、入り口はとても大事なのです。
たとえば夜更けの街角に立つ手相見は、
そういう入り口となるのです。

科学的な根拠が無いから、非科学的なものは撲滅する。
そういう情熱はあまり意味が無いように思います。

なぜならね、
人の心の動きというのはさ、
その時々のコンディションで、
どうしようもなく変動するものですよ。
ふらふらと。

人生が上手くいかないとか、
頑張ってるのに芽が出ないとか、
小さい頃からずっと自分の思うようにならないとかね、
ちっとも就職が決まらないとか、
他人や世間と上手くいかないことが続いてね、
どこか心が弱っている時に、(まぁ飲み会のあとの冷やかしということもあるでしょうけどね)
夜更けの繁華街に、
手相見が出ていたら、
ふらっと寄って見て貰うという事もあるかもしれない。

そういう時のために、
あぁいうものは残しておいたが好いのです。

立場が変われば威勢のよかった気持ちも萎えるものです。
萎えた気持ちも不意に元気になったりするものです。
好い時ばかりではないし、
悪い時ばかりでもないということです。

私は手相見に見てもらったことは無いけれど、
縁ある人に手相を見てやろうといわれたことがあります。

「好い手相ですね」と、

その人は言ってくれました。

私の手相を見てくれたその人も、

「実は私も手相を見る人に、好い手相だって言われましたけど」

「ほう。」私はその人に問いかけました。
「それで、暮らし向きは良くなりましたか?」

その問い掛けを受けて、
その人は、顔の前で手を振って、笑いながら話してくれました、

「いや。現実はなんもかわりませんね(笑)。いっこうに暮らしは豊かになりませんし、相変わらず必死に生活しなきゃいけない状況はかわりません(笑)」

「じゃぁ、ぼくの手相が好いっていったって御利益は無いわけじゃないですか(笑)」

そのぼくの言葉に、その人は照れくさそうな顔で恐縮していました。

でも、私は、その人を見ながら、
その人の分かりやすい人の良さが可笑しくてなりまませんでした。

そして、その人を見ながら、

「やっぱり、手相というものはあたるのかも知れない」

と、思ったのです。

その人の暮らし向きがどうであれ、
この人は、きっと好い人生を送っているのだろうと思えたからです。

好い手相。
それは、その人がこの世で成功するとかしないとか言うことではなく、なるほど、その人が、「まっとうな人である」ということなんだなとその時生まれて初めて合点がいきました。

「好い手相ですね」

その人が言ってくれた言葉を、
私は信じようと思いました(笑)。

ではまた明日。

解散でござる

(19:52
嬉野)

嬉野

2008年9月21日(日)

嬉野です。

お腹がいっぱいです。
今日はめがね屋へ行って、
その帰りに、とんかつを食べました。

美味しいね。
で、お腹いっぱいです。

ちょいと前にね、
さる人の情報で、
長年探していた味のとんかつ屋に行き着いて、
以来、嬉野さんのとんかつ人生は至極満足でありますよ。

衣の薄い、
ラードでじっくり揚げたとんかつなの。

パン粉がサクサク言うほどまぶされて、
じゅうじゅう揚げられたとんかつはね、
油を吸いすぎていて、私の胃がもたれますね。

わたしも、そう若くは無いの。
だから、そんなものを食っていては胃ももたれるのです。

でも、そこのとんかつは衣が薄くてね、
カリリとした歯ざわりでね、
口の中で肉の繊維がぷつぷつと切れていくような感触がたまらないの。

幸せね。
お腹減ってる時に好きに美味しいもの食べられるって。

で、お腹いっぱいなものだから、
この胃の中にとんかつ全部入ったなという気持ちです。

でも、この胃がね。
元気に消化してくれるから。
美味しいと思っていられる。

そういうことよね。

胃のことなんか普段は考えることも無かったけど、
さっき、お腹減らして美味しいとんかつ食べて胃が膨れたもんだから、そう言えばそうだなぁと、あらためて考えたよ。

この胃が勝手に働いてくれているから、
あれが美味いこれが美味いと、お気楽でいられるんだよなぁと、みょうに胃に感謝してしまった私です。

だって、
どうしてこの胃が勝手に働いてくれているのかなんて、
そんなこと私には分からない。

だったら、いつまでこいつが元気なままに働いてくれるのか、
そのことだって、ひとつも分からないままだものね。

だからこいつが働いてくれるあいだ、
私はご飯が美味しく食べられる。

けど、寿命というものが人にはあるから、
こいつも働けなくなる時も来るよね。

そん時は、こいつに今までありがとうと感謝して、
人生を終わるということだろうか。

でも、そん時、
こいつにありがとうと、素直に言えるかどうか、
その自信は無いね。

でも、こいつのことを、
友達のように毎日気遣って暮らしていたら、
そしたら、ひょっとして、
こいつにも親近感が湧いてきて、
身内のようにこいつの身の上も心配になってくるかもしれない。

したら毎日毎日文句も言わず働いてくれるこいつに感謝して、
こいつがダメになった時、
ご苦労さんだったなと、思えるのかもしれない。

思えるかな。
いや、思えたら好いな。

だって、
文句も言わず働いてくれているなんて思ったら、
泣かせるよねぇ。

あなたにも私にもちゃんと付いてる物なのよね。
内臓も友達だと思えば案外楽しいかもしれないよ。

当たり前すぎると、そいつの存在を忘れる。
そういうのを油断というのだよね。

だから、たまに思い出しても罰は当たらないよね。

美味しいものを好きに食べられる時代が、
あとどれだけ続くかだって、この頃は分からない。

だから食べるという行為を、
大切にしとくほうが、
きっと後悔はしない。

だって終わってしまったり、変わってしまったり、
するんだもの。全てはさ。
ねぇ。

そん時は、その中で、また頑張るしかないよねぇ。

なんだか、本日はこんな日記です。

またね。

解散。

(21:21
嬉野)

嬉野

2008年9月17日(水)

嬉野です。

秋田の男鹿半島の付け根あたりに寒風山という見晴らしの良い山があります。

たいして標高の高い山ではないのですが、辺りに高い山が聳えていないのでぐるりが素晴らしく見張らせるのです。

今月の初めに女房と大潟村でキャンプした翌朝、寒風山のレストハウスの屋上に上がりました。天気も良く空気も澄んでいたので遠くまで見えました。なんだか山形の鳥海山までが見えたような気がしたのですが、思い違いだったでしょうか、ねぇ。

その日の夜は、小安峡の近くにあるじゅんさい沼キャンプ場にテントを張りました。
九月の初めで、まだ暑い日が続いているというのに夏休みが終わったからなのか、テントサイトに宿泊していたのはぼくら夫婦だけでした。

その夜、空は星でいっぱいになりました。
ぼくは、外に出て、しばらく降るような星空を眺めていました。
星空は、いくら眺めていても飽きることがないのです。
それはとても不思議なことですよ。

その夜、
夜空を真横に流れていく人工衛星をふたつ発見しました。

苫小牧から夜フェリーに乗り、早朝八戸に着き、朝市を見て、
八食会館で休憩、黒石の温湯温泉の湯治宿に泊まる。
その日は一日雨の中を走る。

翌朝、雨は止み、夫婦は秋田を目指す。
秋田に入ってからは快晴。
急激に気温が上昇する。
スーパーでデカイペットボトル入りのアイスコーヒーを買うが、
あっという間にアイスではなくなる。
すっかりぬるくなったアイスコーヒーをそれでも喉が渇くたびに飲む。
途中、日本海に出てから怖ろしく眺めのきれいな海岸線を走る。

その日の夜は大潟村のキャンプ場にテントを張る。
スーパーの特売で買った豚肉を焼くが思いのほか美味く、
わけもなく喜ぶ。
夕食の席にオケラが乱入する。
少し盛り上がる。

翌日また快晴。
早朝寒風山に登る。絶景。
夜、じゅんさい沼キャンプ場に泊まる。
満点の星。

一夜明けて、山形へ向かう。
山形で亭主は女房と別れ、
亭主は仙山線の各駅停車にひとり乗り仙台へ向かう。
途中、山寺を通過。芭蕉を思う。
仙台空港から空路千歳へ。
女房は、あれから単騎南下し、九州は鹿児島へ。

先日、女房よりメールあり。

「昨日の朝ね、テントの中で蛙が圧死してました。
可哀想なことしてしまった。
そうしたらすぐ後にね、その蛙と同じ色の風呂敷が落ちていたから拾ってね、泥をきれいに洗い流したら、とても良いちりめんだったから、大切にすることにしました」

雨蛙好きの女房としては、小さい蛙の圧死はちと悲しかったに違いない。
死んだ蛙の代わりにと、拾った蛙色の風呂敷を大切にしようと思ったよと、メールしてくる辺りが、また悲しい。

悲しいが、その心根が、亭主は、なにやら嬉しくもあった。

「大切にしてあげると好いよ」と亭主は返信してやった。

人も蛙も、生きていくのは悲しい。

ぴょんぴょんと、蛙は跳ねて何処へ行くのだろうか。

ではまた明日。

解散である。

(20:47
嬉野)

嬉野

2008年9月16日(火)

嬉野です。

奥さん。
音尾さんが御結婚されたそうでね。
ニュースになっております(笑)。

わたしゃ知りませんでしたが、制作部のディレクター達はみんな知っておりましたよ。

なんにしても、おめでたいことでござります。

やっぱり安田君、森崎君、音尾君とね、
結婚する人はするんでしょうな、
で、まぁ、しない人は、ねぇ、しない。

そういうことなんでござりましょうよ。

さて、今週もねぇ、藤村先生御出張でねぇ、いないですからねぇ、ここの日記も書き手は私一人でございますよ。
ですからまぁ、思うにまかせてね、
明日辺りからは書かせていただきますよ。

じゃ、みなさん解散しますよ。

いいですね。

では、解散!

(15:55
嬉野)