2008年10月3日(金)
嬉野です。
4年前に書いた日記です。
書いて、
なぜだか、そのまま上げず、
パソコンの中に置いたままにしていたようです。
さっき見つけました。
こんな話です。
春の話です。
先日、夫婦でニセコまで行きました。
ニセコへ行くにあたって、女房は言うわけです。
「良い温泉を発見したのよ」と。
言った女房の鼻の穴は少し広がっていました。
「地元でお百姓をしてるおじさんが自力で掘り当てて、自力で岩風呂作って湯小屋も立派なヤツをこれまた自力で立てたのよ」。
女房は、まくしたててそう言うわけです。
「それでね、その温泉ね、泉質も良いのよ」
二週間ほど前に見つけたばっかりの、ほやほやの温泉なんだそうです。
で、亭主は女房の尻にくっついて、
誘われるまま行ってみました。
羊蹄山は、あいにく雲に隠れて見えませんでしたが、ニセコは綺麗なところです。
高原だから冬は豪雪だそうですが、そのぶん伏流水となって夏に湧き出る水がおいしい。
丘もあるし、森ではカッコウも鳴いていました。
「カッコウが鳴いたら、種は何を撒いてもいいの。」
温泉に着いたら、温泉おじさんの奥さんがそんなことを言ってました。
カッコウが鳴くのは、「もう冷え込むこともないぞ」という合図になるのだそうです。
なるほどねぇ。
さすがお百姓です。物知りです。
小柄でがっしりした体格の温泉おじさんは、日焼けした顔でそんなことを言う奥さんの横に腰掛けて「ニッ」と笑っています。
とにかく夫婦して、人が来るのが大好きな風情でした。
湯小屋の入り口には男湯と女湯のドアがあり、木彫りのみみずくが二羽、止まり木に止まって客を迎える風情です。
脱衣所もそこそこ広くって、
洗面台もあるし脱衣かごも置いてある。
のぞくと内風呂は岩風呂でした。
でもお湯の底には檜の板がひいてありますから、お湯に入っても、のっけたお尻が気持ち良い。
足を伸ばして背中を湯船の縁につけると良い具合に縁石が枕代わりになるような位置にある。
目の前は壁ではなくて全面ガラス張りの窓になっていて、
外の景色が全部見えてすがすがしい。
静かでした。
そのうち、「ゴボゴボッ」と、どこかで音がしているのに気づくのです。
自噴してる源泉が湯船の底で時折音を立てるんですね。
炭酸泉だから湯の底から小さな泡がいっぱい湧き上がって来て、湯面ではじけます。
耳を澄ますと「シュワーシュワー」とサイダーみたいに泡のはじける音が聞こえてくる。
その湯面に鼻を近づけてみると、微かに白濁したお湯から昇る湯気の中に、ほんのりと硫黄の匂いがするのがわかる。
湯の温度はぬるい。
体温より2度ばかり高いだけのお湯。
だからどれだけでも入っていられる。
お湯に入っているのがこんなに幸福だと感じる経験は初めてのことでした。
湯に浸かりながら「近いうち、また来て、この幸福な気分にひたりたい」と思ったのも初めてのことでした。
あの日、あれだけぼくを楽しませたのは、温泉の泉質はもとよりの話ですが、あの温泉を全部ひとりで作った、あのおじさんの人柄なのだと思うのです。
あのおじさんの「訪れた人を楽しませようとする繊細な気配り」が、あのくつろげる形の湯船をつくり、気持ちの良いガラス窓をつくり、露天風呂の岩組みを作り、流れ落ちる小さな滝をつくり、目に鮮やかな色とりどりの花を植えたのだと、ぼくは思います。
そのことどものあれこれが、あの日、ぼくを幸福にしたのだと思うのです。
湯から上がって、外に出て、椅子に座ってくつろいでいると、
森ではまだ、カッコウが鳴いていました。
とまぁ、こんなお話で。
好いねぇ、春は。
なんつって。
ちょっと春に戻った気がしましたな。
しかし現実には冬が近づいておりますよ奥さん。
心して冬支度をしてまいりますか。
あぁ、
でもその前に、
そろそろ山が紅葉しそうです。
今年は急激に冷え込んだから、
ひょっとしたら紅葉が、きれいかもしれないね。
では、家事に育児にお仕事に、どうぞまい進されますよう。
また来週。
解散であります。
あ!
そうそう。
本日も、藤村先生。やっております。
「よ〜し、やってやる」と、
若干小声でしたが、そう言いながら、さっき編集室に向かわれました。
合掌。
(15:15
嬉野)