2015年10月1日(木)

002-嬉野

2015年10月1日(木)
今日から10月ですね。
みなさんこんにちは、嬉野です。
東京はどんより曇ってお天気大いに崩れそうな空模様であります。
さて、本日からいよいよ秋本番の10月がスタートとなりましたが、その栄えある神無月の初日であります、
本日10月1日午前10時より!
ご存知!藤村源五郎一座第二回公演「戦国ふんどし烈伝」のチケット販売がローソンチケットで始まっております。
お芝居の公演予定は12月でございます。
まず12/2.12/3.12/4 の3日間、杜の都でございます藤村源五郎一座初の仙台公演で口火を切ります。
そして続く12/7.12/8.12/9.12/10 の4日間で二度目の大阪公演でございます。
詳細は笑撃武踊団のホームページをご覧くださいませ!
さあさあみなさま!
これよりすぐにローソンチケットのサイトへお急ぎなさいまして藤村源五郎一座の鑑賞券をお求めになられますことをお勧めいたします。
それでは本日も各自の持ち場で奮闘願います〜!
【9月28日(月)の日記】
嬉野です。
さて、今年のシルバーウィークの前半は藤村さんと二人で水戸短編映画祭に呼ばれました。
そして映画祭では水曜どうでしょう2013年の新作「アフリカ」から第一夜と第十夜を抜粋し上映いたしまして会場を満席にして詰めかけてくれました皆さんとともに大いに盛り上がりました。
思えば茨城で水曜どうでしょうが放送されたこととてないというのに客席のほぼ全員の方が地元の人たちでした。
きっとみんなは何らかの方法を独自に開発して「どうでしょう」を見てくれている「どうでしょう過疎」「どうでしょう干ばつ」の打ち続く過酷な環境に身を置く人たちだからこそなのでしょうか客席からは熱いものを感じました。なので来年も呼んでもらえたらまた行きたいなと思っております。
そして、シルバーウィーク最終日の秋分の日には、わたくし嬉野の初の単独LIVEが(^ ^)銀座グランドホテルさんのカフェとレストランとで、テレコ、テレコで開催されまして、何故だかどの回も大盛況ということになってしまいました。
これはもう恐るべきことだと思います。だってあなた「とくに何もしませんよ。だってとくにできることもねぇし」という50過ぎたサラリーマンのおっさんに会いに来てくれようという人がいまどきいるということなのですから。
ニッポンも捨てたものではないですね。お蔭をもちましてわたくし、この歳になりまして、たいそう幸福な1日を体験させていただきました。
最終的に応募してくれた人が千名を超えたそうで、当日は朝の9時から始まったモーニングショーから夜の9時過ぎに終わったディナーショー(^ ^)まで4ステージ、ほとんど12時間ぶっ通しでわたくし200名弱のみなさんと幸福な時間を過ごさせていただきましたことをここにご報告するものでございます。
翌日は角川書店さんへ参りまして半日缶詰になりました。
いろんな媒体の編集の人が来てくれましてね、わたくしは、自著「ひらあやまり」の取材を受けたのですが、このときもなんだか楽しくてね(^ ^)
いや、取材なのに話してるうちに双方で盛り上がっちゃってね(^ ^)、なんだか時間切れになるのが惜しいくらいでね、そのまま呑みに行って話しの続きをやりたいくらいでした。
「なんか楽しいです!嬉野さんお話しお上手ですね〜」
とか言われたんですが、でもおそらくぼくは人と対話するのが大好きなんでしょうね。そう思いました。
目の前のその人と話していれば、その人がぼくの言うことがつかめてないときは顔色を見ればすぐ分かる、でもね、そんなときは言葉を変え、言葉を重ね、例え話を持ち出し、するうちに、その人の表情が、パッと花が咲いたような笑顔になるときがある、そのときが受け止めてもらえた瞬間でね、そういうことを重ねて話すうちに人はお互い楽しくなるんです。だからそうやって対話の相手の顔色を見ながら自分の中にある伝えたいことを話すとき、ぼくは何のストレスもなくきっと夢中で話を展開しているのだと思うのです。
ぼくの初の単独LIVEの日もね(^ ^)
本当は初めくらいはひとりしゃべりでもと思っていくつか話すことも用意して行ったんですけど、でも、いざ話してみると、どれくらいの感度でみんなに響いているのかが分からない、なによりぼくの中に「やらなきゃ」感があったんでしょうね、それで目の前の人たちにじゃなくて、頭の中の「こなさなきゃ感」にどうしても意識が向いてしまったんでしょうね、どうにもやってて辛かった(^ ^)、だから2ステージ目からはマイクをもう1本もらってイキナリみんなに渡して一人ずつ質問してもらってそれに答えるという対話形式にしたらあっという間に私は水を得た魚というやつでバカみたいに気分が楽になっちゃって楽しくなっちゃってしゃべるしゃべる(^ ^)あとはもうあっという間に時間が過ぎる「これは好い」ということでね(^ ^)やってましたが(^ ^)イキナリマイクを渡されたみなさんはびっくりしたでしょうね。
そんななかでね、40代の男の方がね、こう言うのね、
「ぼくら夫婦には子供がいなくて、聞けば嬉野さんにも子どもがいないということで、そこで聞きたいんですが、寂しくはないんでしょうか?」
なんか、そんなお話でね。
たしかに子どもが居ないことで、この先、歳を取ってから辛く寂しいことになるのかもしれないですよね、でも、いまはそんなことはなくてね、むしろ子どもが居ないから、集まってくれた皆さんにこの気持ちが向けられる、そういうこともあるわけでね。
それに、将来、寂しい人生になったとしても、それは、そのときに乗り越えることのように思えるのです。いまは目の前のその男性の質問に熱心に答えることが私の全てのように思えるのです。
単独LIVEなんかやるのは初めてで、こっちだって不安もあったし夢中だったしね、でもそうやって必死でいまを乗り越えようとするからこそ、いまが記憶に残るほどの時間になるような気がするのです。
けれど、そうやっていましか見ないで将来の準備をしないことで、わたしは年老いてのち孤独で寂しい時間を過ごすのかもしれない、でも、そんな寂しいときに、幸福な今日の日の記憶がわたしを慰めることだってあると思うのです。
そう思うとやっぱりわたしは、いまの目の前にあることに対応することだけが大事なことのようにどうしても思えるのです。
その男の人がせっかく質問してくれたのに、そのことに上の空となり、次に待ち構えている次のステージの段取りや、次の次のステージで話さなきゃなんないことはなんだったっけと先の不安にばかり目を向けて、目の前のこの人の質問をおろそかにしてしまうようなら、わたしはせっかく目の前に広がる黄金の稲穂を収穫することもせずに生涯記憶に残るだろうこの幸福な収穫の時間をふいにしてしまう。
未来を不安に思い先のことに気持ちが奪われてしまうことは、いまをおろそかにしてしまって結局人生の全てを台無しにしてしまうのかもしれない、先のことを案じるということは往々にしてそんな結果を呼んでしまうのではと、いまのわたしには思えてしまうのです。
そんなことを切実に思い始めたのは50歳を過ぎてからのことですから、つい最近のことですね。呑気なものです。
だから、50歳を過ぎてからは、いま精いっぱいのことをしようと決めたところがあります。
だから藤村さんの誘いを受けて藤村源五郎一座で講談語りもやることにしたのです。
こんかいの単独LIVEもそうです、イベンターの五十嵐さんの誘いを受けたからやったのです。
「やってみなよ」と誘ってくれた両者の心にウソがないのが分かったから。
それに、やってみて失敗したら、失敗した自分を味わってみればいいかなって思えるのです。
あぁこれがオレ。
そう、それこそ牛乳の早飲みが得意だったのに飲み過ぎて吐いちゃった安田さんみたいな感じです。
「オレって…、あんまり凄くないなぁ」って。
あの感じです。
あれだけ精いっぱいやってくれた安田さんが生涯わたしの記憶から消えるはずはないです。
勝負は結果なんかじゃないよねって言えるのは、
あの日の安田顕を見たからです。
「対決列島」やっぱり面白いです。
あそこには、先のことなんか考えられない、そんな余裕なんかない、いまと向き合うことで精いっぱいの連中がその日その日を必死に乗り越えようとしている時間ばかりが横たわってますもんね。
あれこそが人生だったなと、わたしはこの歳になって切実に思うのであります。
水曜どうでしょうの中には、先を思い煩う余裕もない、とにかくいまで精いっぱいの人間たちのどうしようもなさが横溢しているのです。
諸氏よ!
あれこそが人生だった、と、わたしはいま、せつに思うのであります。
さぁ〜ということでね、だいぶ長くなったけど、それでは本日も各自の持ち場で奮闘願います。
そしてね、まだお読みではないあなた!あなたも、わたくしの自著「ひらあやまり」をこの機会にぜひお読みくださいませ。書店になければAmazonさんで買えますからね〜!
(12:41 嬉野)