2013年12月アーカイブ

2014年1月1日(水)

奥さん。
新年 明けましておめでとうございます。
嬉野でございます。
今年もよろしくお引き立てのほどをお願いいたします。

なんせ札幌は、毎日吹雪吹雪氷の世界でございましてね。
外出困難な日々でございますよ。
私だって嘘はつきたくないですがね、
だって札幌地方、元旦から荒れるって予報ですからね、
たしかに今日は大晦日ですけど、しかたがない。
今日は貴重な晴れ間だったんですもの。

さて、みなさま。
2014年も平和に明けました。
このまま平和に生きていきたいぞ!と、
感じ入っております年の初めでございます。

正月気分も、何もかも、失くしてしまいましたがニッポン!
それでも、新しい年が来たという感慨はどうやら失うことはないだろうという自分に気づいて持ち直しておりますわたくしでございます。

ということで諸氏!
2014年の正月も各自の持ち場で奮闘願います!

それでは年の初め!始動!

※この日記を大晦日に読んじゃってるあなた。
あなたは、書き手のその辺の事情を大人らしく含みを持たせてね、
その上で、今夜のところはゆく年くる年の聖なる時間に思いを馳せなさいね。そして元日にまた読み直してください。
頼みましたよ!


2013年12月27日(金)

嬉野です。

奥さん今日はね。
だいたいね。世間は仕事納めですよ。
つまりね今年最後の勤務日ですよ。

まぁ、たいして年の瀬感もないですけど、
世間が年の瀬感を出す気がないのなら、
私はひとりでも静かに出していきますよ。
という心意気でございます。

さて、来年の抱負ですが。

「やるこた やるぞ!」と、いうことでね。

とにかく、なにもしないではないというね、
ことですよ。
少なくともやることたやるぞ、と。
いうことで。

ということでね奥さん!ここで北海道エリアのみなさんへ向けての業務連絡です。

年明けすぐの正月2日、3日という三が日中に、
なんと「水曜どうでしょうアフリカ」!を一挙に再放送しちゃうというHTBさんの番組編成でございます!おたちあい!

しかもね、テレビ朝日さんの大人気ドラマ「相棒スペシャル」を
サンドイッチした感じで放送していくという物凄い段積みです。

呑気なテンポで進行しております「水曜どうでしょう最新作アフリカ篇」!ゆるい!てぬるい!あんなものはどうでしょうではない!
さまざまな温かい声援を受け大好評のアフリカ編!

そのゆるい番組進行を、では立て続けに見てみたらどうなのか!
一気に見せられたら見る人々の見え方はどう変わるのか!
変わらんのか!どうにもならんのか!

壮大な実験のような新年松の内の緊急再放送であります。
さすがどうでしょうのお膝元北海道!やることが違います。

どうぞチャレンジャーなみなさま。
このめったにない機会に、どっぷり浸かってご覧になってはいかがでしょうか!

正月2日、3日に、まとめて新作を12週分も観させられて!
そのまま一気に1月8日放送のアフリカ最終夜へとなだれ込んで行ってほしいぞ!というHTBの安直な編成がカウンターパンチとなるのか!とくに効果は無いのか!どうぞ2014年のお正月も水曜どうでしょうでお楽しみください!

以下、編成のお気楽な告知です!
◆水曜どうでしょう最新作が早くも再放送!
1月8日(水)放送の最終夜に向けてビシッと予習できちゃいます。
見逃した方、帰省で北海道に戻って来られる方、雪を乗り越え旅行で北海道を訪れる方。一気に見れちゃいます!

しかも、大人気ドラマ「相棒スペシャル」と一緒にどどーんと正月に放送でございます。

「新春お年玉スペシャル “おせち”もいいけどどうでしょうで相棒をサンドイッチしてみた」

【1月2日(木)ごご1時~6時(北海道ローカル)】
◆ごご1時~ 「水曜どうでしょう最新作」第1夜・第2夜
◆ごご1時59分~ 「相棒シーズン10スペシャル 罪と罰」
◆ごご4時10分~  「水曜どうでしょう最新作」第3夜~第6夜

【1月3日(金)ごご1時~6時(北海道ローカル)】
◆ごご1時~ 「水曜どうでしょう最新作」第7夜・第8夜
◆ごご1時55分~ 「相棒シーズン12スペシャル ビリーバー」
◆ごご4時10分~ 「水曜どうでしょう最新作」第9夜~第12夜

ということでね。
「おせちも好いけどカレーもね!」
懐かしいです。
お正月を♪写そう♪綺麗な晴着を写そ♪
実に懐かしいCMです。

それではみなさん。
新春も各自の持ち場で奮闘願います!

行く年!来る年!





(17:37 嬉野)
2013年12月27日(金)

嬉野です。

奥さん今日はね。
だいたいね。世間は仕事納めですよ。
つまりね今年最後の勤務日ですよ。

まぁ、たいして年の瀬感もないですけど、
世間が年の瀬感を出す気がないのなら、
私はひとりでも静かに出していきますよ。
という心意気でございます。

さて、来年の抱負ですが。

「やるこた やるぞ!」と、いうことでね。

とにかく、なにもしないではないというね、
ことですよ。
少なくともやることたやるぞ、と。
いうことで。

ということでね奥さん!ここで北海道エリアのみなさんへ向けての業務連絡です。

年明けすぐの正月2日、3日という三が日中に、
なんと「水曜どうでしょうアフリカ」!を一挙に再放送しちゃうというHTBさんの番組編成でございます!おたちあい!

しかもね、テレビ朝日さんの大人気ドラマ「相棒スペシャル」を
サンドイッチした感じで放送していくという物凄い段積みです。

呑気なテンポで進行しております「水曜どうでしょう最新作アフリカ篇」!ゆるい!てぬるい!あんなものはどうでしょうではない!
さまざまな温かい声援を受け大好評のアフリカ編!

そのゆるい番組進行を、では立て続けに見てみたらどうなのか!
一気に見せられたら見る人々の見え方はどう変わるのか!
変わらんのか!どうにもならんのか!

壮大な実験のような新年松の内の緊急再放送であります。
さすがどうでしょうのお膝元北海道!やることが違います。

どうぞチャレンジャーなみなさま。
このめったにない機会に、どっぷり浸かってご覧になってはいかがでしょうか!

正月2日、3日に、まとめて新作を12週分も観させられて!
そのまま一気に1月8日放送のアフリカ最終夜へとなだれ込んで行ってほしいぞ!というHTBの安直な編成がカウンターパンチとなるのか!とくに効果は無いのか!どうぞ2014年のお正月も水曜どうでしょうでお楽しみください!

以下、編成のお気楽な告知です!
◆水曜どうでしょう最新作が早くも再放送!
1月8日(水)放送の最終夜に向けてビシッと予習できちゃいます。
見逃した方、帰省で北海道に戻って来られる方、雪を乗り越え旅行で北海道を訪れる方。一気に入れちゃいます!

しかも、大人気ドラマ「相棒スペシャル」と一緒にどどーんと正月に放送でございます。

「新春お年玉スペシャル “おせち”もいいけどどうでしょうで相棒をサンドイッチしてみた」

【1月2日(木)ごご1時〜6時(北海道ローカル)】
◆ごご1時〜 「水曜どうでしょう最新作」第1夜・第2夜
◆ごご1時59分〜 「相棒シーズン10スペシャル 罪と罰」
◆ごご4時10分〜  「水曜どうでしょう最新作」第3夜〜第6夜

【1月3日(金)ごご1時〜6時(北海道ローカル)】
◆ごご1時〜 「水曜どうでしょう最新作」第7夜・第8夜
◆ごご1時55分〜 「相棒シーズン12スペシャル ビリーバー」
◆ごご4時10分〜 「水曜どうでしょう最新作」第9夜〜第12夜

ということでね。
「おせちも好いけどカレーもね!」
懐かしいです。
お正月を♪写そう♪綺麗な晴着を写そ♪
実に懐かしいCMです。

それではみなさん。
新春も各自の持ち場で奮闘願います!

行く年!来る年!





(11:23 嬉野)
12月19日金曜日。藤村でございます。

新作の編集も本日をもってすべて終了いたしました。

年末の特別編成で、最終夜だけは中途半端にも年明け1月8日の放送となりましたが、まぁあと少しだけ我々の旅にお付き合いください。

さて、今年は祭りと新作が重なり、えらく忙しい年でありました。その上わたくしは読売テレビの西田二郎とテレビ埼玉で「たまたま」なる番組も始めて、さらに忙しい日々でありましたが、その「たまたま」の年内最後の公開収録が下記の要領で今週土曜日に行われます。埼玉近郊の方々、お時間ありましたらぜひいらしてみてください。

今回の収録は「ヒーローショー・ショー」と題しまして、百貨店の屋上でやるような「ヒーローショー」を、藤村・西田の演出で作り出す課程を、そのまま舞台上で見せる、というものでございます。つまり「ヒーローショーを作る課程を見せるショー」ということで「ヒーローショー・ショー」。わたくしは、台本をまだ一切見ておりません。当日、台本を読みながら、生でその場で演出をして作っていくわけでございます。知っていることといえば、このヒーローショーは「ミュージカルである」ということだけ。どういうことなのか、当日が楽しみであります。

場所は物産展でもおじゃましたことのある熊谷・八木橋百貨店。当日は、このショーのほかにも、なにやらおもしろい企画をやるそうでございます。「どうでしょう」とはまた違ったおもしろさのある西田二郎との仕事。一度収録に参加したら、きっとそのおもしろさをわかってもらえるかと思います。

土曜日はぜひ!熊谷でお会いいたしましょう!

以下、詳細です。

テレビ埼玉「たまたま」公開収録
日程 : 12月21日(土)
場所 : 埼玉県熊谷市・八木橋百貨店 8階カトレアホール
開場 : 午後2時/ 開演 : 午後2時30分より

[お1人様1枚まで、先着300名様限り]
※当日、午後9時45分より1階北口にて整理券を配布いたします。
列が終了後、残った整理券は8階カトレアホール会場前にて配布致します。
当日限定の八木橋百貨店 × たまたまコラボ企画も満載!!



2013年12月13日(金)

こんちわ奥さん。
嬉野でございます。

あれは1981年のことでしたから、
もう32年も前のことになりますか。

私はまだ21歳でしたから、
顔に幼さすら残る若者だったでしょうか。

あの頃、日本はまだバブル経済に突入する前でしたから、世の中には70年代と変わらない呑気の風が吹いておりました。

日本人はもうとうに貧乏ではなかったけれど、それでも長年民族の中に刷り込こまれた貧乏臭さというものはなかなか抜けなかったようで、日本人は誰しもが依然として金持ちより貧乏の方に親しみを感じておりまして、庶民的という言葉が本当に似合いの時代でした。

若者は貧乏暮らしをするのが当たり前と本人も世間も思っておったものでした。

もうみんな貧乏ではなくなっていたのに、みんな相変わらずお金持ちより貧乏の方を馴染み深いと思ってしまうあの気分が、あの頃、呑気の風を世間に吹かせていた根拠だったのだろうなぁと、今、私は思うのです。

と、まあ書いてますけどね、
私は今日ね、猫の話をしようと思って書き始めたんですよ、
だけど、前段でついついあれこれ思い出しちゃったものですから、思いのほか前段に手間取って、
いっこうに猫に辿り着けない。

まあ、好いですね、昔話を続けますよ。

それでも70年代の終わり頃から変化して来たのは海外旅行でした。

70年代の庶民は自分が気軽に海外旅行の出来る身分になるだなんてまだ誰も考えもしてなかったんだけど、

それでも1978年頃から雑誌ポパイが北米西海岸のショップの情報を紙面に載せ始めていてね、

それを見た、九州の田舎高校生だったぼくは唖然として

「誰がアメリカまで服買いにいくよ」

と思って記事を読んでいたのでしたが、

庶民が普通に自力でアメリカくらい行けちゃう時代にはきっともう、なってはいたのでしょうね。

当時まだ高価だったけど、ダウンジャケットも既に出現しており、ダウンジャケットは買えないけど、ジャケットよりはダウンの量の少ないダウンベストを着て羨ましがられ、「なにそれ?あったかいの?」と珍しがられていた友人も、1978年頃には、すでにおりましたし、同じく1979年頃にはデザイナーズブランドの服も若者の間で流行り始めてもいたのです。

それでも携帯電話やらパソコンやらはもちろん影も形もありませんから、当然メールなんて出来ません時代です。

世間の連絡事項はもっぱら電話一本です。

でもその電話だってお部屋に引くためには工事費や電話料金だけでなく電話債権という、今となっては、なんだかよく分からない高額な債権を買わなければならない取り決めがあったもんですから、まとまったお金がない若者の侘び住まいには、なかなか電話も引けずでしたし、そんな時代ですから、往来には公衆電話が乱立しておりまして、渋谷や新宿やらの電話ボックスの前には順番待ちの列さえありました。

人々は知らぬ間にすっかり電話に頼っておりましたから、あの頃、既に若者は手紙を書くことはあまりしなくなっていたのです。

それでもね、貧乏旅行中の友人が旅先から送ってくる絵葉書にはロマンがありました。

郵便受けの中の郵便物に混じった絵葉書。

旅先という手の届かないところにいる友の足取りを羨ましく思い、こことは違う時間の流れを感じることで、どこか遠くにある町の風情にうっとり思いを馳せることが出来る時代だったのだと、今は思います。

携帯電話なんて夢にも思わない時代でしたからね。

手の届かない、思いの届けられない領域が生活の身近なところにたくさんあって、届かない届けられないのは当たり前と思う自分がいたから、そのぶん「想像力という」自力で思い描く時間が、何か大事なものをぼくらの中で育てることをしていたのかもしれません。

きっといろんなところにあったそこそこの不便が、ゆったりとした呑気の風を呼んでいたのかなって、思います。

ゲームはアーケードゲームが華やかな頃で、テレビゲームの火付け役は、1979年に出現したインベーダーゲームの大人気振りでした。

インベーダーゲームの人気は物凄かったのです。
不況に強いと言われたパチンコ屋さんに誰も行かなくなるという事態が起こり、誰もがインベーダーゲームに百円コインを投入し続け、パチンコ屋さんが潰れそうだ!と言われるくらい日本人は目の色を変えて来る日も来る日もテレビゲームというものの虜になっておったのです。

でも、そんな流行り病も1980年頃には落ち着きを見せ、パチンコ屋さんも潰れることなくお客の流れは旧に復して行ったようで、

プレステはもちろ、ファミコンさえまだ登場以前でしたから、任天堂さんは実直にトランプや花札を作っておられたのであろう(内情は知りませんが)あの時代、

東京の賃貸アパートにはお風呂がないのがまだ普通でした。

それだから町には大きな銭湯が必ずありまして、夜中の1時くらいまで営業しており、当然ながら銭湯は毎晩大にぎわいでありました。

彼女と二人で夜更けの銭湯に行く。その風情にも貧乏臭さ無しでは味わえない慎ましく穏やかなロマンがありましたあの時代。

コンビニもね、ポツポツ出来つつある頃ではあったんですが、セブンイレブンさんの営業時間だって、まだ朝7時から夜11時までという名前通りでの営業でしたし、

年末年始はスーパーも商店街も定食屋さんも完璧にお休みになっていた頃でしたから、年末年始の食糧買いだめやら何やらは是非もので、

アパートぐらしの独身者は年越しの緊張感やら里帰りの段取りやらで気ぜわしくも妙にソワソワと楽しげなムードに包まれる身の上でした。

そんな時代の独り者の暮らす6畳ひと間には、テレビがあり、バイトして買ったデッカいオーディオセットがあり、狭い部屋をなおさら狭くするベッドがあり、毎晩夜更かしをし、気の合った友だちと集まって夜遅くまで呑んで話をするのが何より楽しい娯楽で、

大人漫画雑誌がいっぱい出版され、電車の中の暇つぶしに盛んに読まれ、読み捨てられ、それをまた拾って読み、漫画文化は爛熟し、多くの漫画家を育て、出版社は大きくなり、

音楽は突如CDの時代になってはいたけど、まだレコードもあり、貸しレコード屋が流行り始めており、ビデオの時代は目前だったけど、まだ庶民にはビデオ登場の影すら見えず、

文字はすべて手書きだったし、今より漢字もいっぱい書けてたし、パソコンもワープロさえも無かったあの時代。

あれは、そんな時代の、ぼくが22歳の誕生日を前にしていた、ほんの21歳でしかなかったある早春の宵のことです。

あぁ、やっと本題です、始まりました。

東京の高円寺のぼくのアパートの部屋に友達が4人ほど集まって電熱線でスルメを焼いてお酒を飲んでいたところへ、ずいぶん近いところでいきなり猫が鳴いたのです。

「今、ずいぶん近いところで猫が鳴いたなあ」

と、奇妙に思うほど、それはそれは大きな鳴き声のように思ったけど、周りの誰も気にする風で無く。

はて、あれだけのハッキリした音量であるにもかかわらず誰も気づいていないということは自分の空耳であるのだろうかと思えば、

「ねえ、今、猫が鳴いたよねぇ」

と、喉のこの辺りまで確認してみたい気持ちがこみあがっているのだけれど、

でも、あれほどはっきり聞いた鳴き声が空耳であるということを自覚するのもなんだか却って怖ろしいようで、妙に臆して切り出せず、

いや、でも、ぼくの部屋は表通りに面した木造モルタルアパート二階の角部屋で、窓枠も時代遅れの木枠であり、アルミサッシですらないのだから、通りで鳴り渡る喧騒も窓を閉めたところで昼夜を問わずに無遠慮に入ってくるような安普請であることを考慮に入れれば、往来で鳴く猫の声もどこかで器用に反響増幅され、あたかも耳元で鳴いたように聞こえたかもしれずと、今一度、思い直せば、

確かに気にすることでもないような気がして来たのだけれど、それにしてもずいぶん近かったよなあと思ったところへ、もう一度、鳴り渡るサイレーンのような調子で猫が鳴いたのです。

その鳴き声の音源がやっぱり今度も近過ぎて。

そしたら、その声に今度は集まっていたみんなも互いに目を見合わせ始めたから、これは空耳ではないとぼくは立ち上がり、半畳の流しの前にある玄関ドアの前まで進むと外の様子を眺めるべく、思いきってドアを押し開けたのです。

すると、その瞬間を待っていたかのように一匹の白と灰色のトラ柄の猫がぼくの足下を悠々すり抜けて部屋の中へ当たり前のような足取りで入って来て。

怪談話のとば口に立つが如き緊張感も、この猫の悠長さであっけなく霧消してね、そのおっとりした動きは人慣れして部屋慣れした猫のそれでした。

なんだ、ただたんにすっげえ近くで猫が鳴いただけだったのかと分かると、全員ホッとするやら拍子抜けするやらで、とりあえず迷い猫という珍客を受け入れ無駄話の席は続いたのです。

東京暮らしの独身者と猫。
孤独な都会の独り者と孤独を棲家に生きるように見える猫とは接点が多いのか、新参の猫は違和感無く車座の中に居場所を得ていました。

ぼくはそれまで猫を飼ったこともなく、猫の扱いなど知りもしなかったけれど、小動物は嫌いでなかったからスルメを与えてみたところ、よほど空腹だったのか猫はこれを旨そうにペロッと食べてしまったのです。

あとで知ったことだったけれど猫はスルメを食べると中毒を起こすそうで。確かにしばらくして猫の様子がおかしくなり始めた。目がなにやら白眼をむき始め口元を見れば若干の泡を吹き始めている。

俄かに急変して行く猫の容体を見て、集まっていた友人たちは、このままここにいては、再度、怪談話のとば口に立たされかねないとでも思ったか、なんだか突然大事な用事でも思い出したようなそぶりを見せ始め、「さあ」とか「じゃあそろそろあれだな」とか、急にソワソワし出すと、猫の臨終になんか立ち会いたくないと口々に言いながら慌てふためき帰って行った。

部屋にはぼくと臨終寸前の猫とが残され、ぼくはスルメ中毒とも知らず、きっと年を取った猫がこのぼくの部屋で最期の時を迎えるためにあぁまで大きな声で鳴いてオレを呼んだのであるかもしれぬし、と思えば、これも縁あってのことだったのだろうと覚悟を決めると、目を白黒させているやつを膝に乗せ、最期を看取るつもりでいた、けれど。

なんだか猫は死ぬこともなく、そのうち徐々に正気を取り戻して、その後は毒気も抜けたのかぼくの膝から畳の上にペタンと下りると、何事もなかったようにひとつ大きく伸びをして、そのままベッドに飛び上がり、身体を丸くして気持ち良さそうに寝てしまったのです。

その日から猫はぼくの部屋に居つき、ぼくは翌日からスーパーで猫砂やトイレ用のバットを買って、この部屋で猫が暮らせるような設備を整え、段々に猫を溺愛していくわけで。

見ればその猫は首にノミ取りの首輪をしてもらっており。その首輪にはさらにチリンチリン鳴る鈴もついていて。明らかに飼い猫だったようで、それが、いったいどんな事情があったのかは知らないけれど、ある日、なんとはなしに放浪の旅に出てしまい、以来、元の棲家に戻れぬまま、こうして何の因果か我が家に住み着くこととなったわけで。

とくだん痩せてもおらず汚れているわけでもなかったところを見ると放浪を始めてそれほど日も経ってはいなかったはずであり、ぼくはどことなくおっとりした物腰のこの猫になんだか自分を見るようで、「若旦那」という名前をつけて可愛がることにしたのです。

翌日、若旦那を近所の公園に連れて行き放してみると、近所のガキどもが繰り出す挙動が怖かったのか、一目散に近くの木に駆け登ったまでは敏捷で良かったが、

夢中で上がった木の上から下を見下ろせば、今度は降りるのがさらに怖かったらしく幹にしがみついたまま鳴いて救いを求めるというなんとも情けないていたらくでね。

スーパーで買い求めて来た猫缶も日をあけず同じ物が続くと飽きるようで、前足であっち行けとばかり畳を掻き掻きして食べようともしない。どうにも猫は我が儘だなぁと呆れたものでした。

ところがこの若旦那、しばらくして元気がなくなってしまったのです。

急に食欲が無くなり、あんなに綺麗なピンク色だった鼻の頭が真っ白になって血の気が引いている。

ぼくは気になって若旦那を抱えて、以前風邪でも引いたかと思い、連れて行って結局病気でも何でもないと言われた近所の犬猫病院へ急いだ。

獣医は「またお前か」という渋い顔でぼくを迎えると「とにかくきみは動物を過保護にしすぎるんだ、動物は全体に強い物だから何か気になったと言ってそういちいち連れて来ていてはこちらとしても迷惑だ」と言わんばかりの剣幕だったが、とにかく明らかに状態がおかしいので診るだけ診てくださいと猫を差し出すと、仕方のないやつだと言わんばかりの顔で不祥無精触診を始めた。

ところが急にハッとした顔になり、獣医はさらに若旦那を触り、バツの悪そうな顔で「これは肋膜炎だね、すぐ水を抜かないと」と注射針を刺して水を抜き始めた。

獣医は「申し訳なかった」というような言葉をごにょごにょ言っていたが、「大丈夫でしょうか」というぼくの問いかけに「いや、もうこれで大丈夫。薬を出しておくからそれを毎日飲ませてください」と言ったので、ホッとして若旦那を抱いて帰ってきた。

獣医がとにかく安静が良いと言っていたので、部屋に戻ると若旦那を小さいダンボール箱に入れて、良く眠るようにとそのまま暗い押入れに入れて寝かしてみた。

若旦那は心持ちホッとした顔をしていたように見えた。水を抜いてもらえたのが良かったのだろう、翌日から若旦那は蒲鉾を差し出すと少したべるようになったから、大好物だった鳥のささみも買って来て食べさせた。

そのうち段々に鼻の頭にもピンク色が戻ってきた。

猫でも恩義は感じるようで、若旦那はそれまでとは違う素直そうな目でぼくを見上げるようになり、ぼくの手から細く割いたカニカマをパスタのように器用に食べるのだった。

肋膜炎を乗り越えて回復した若旦那は、ぼくの胸の上で丸くなって寝るようになり、ぼくらはなんだか仲良しになった。元気になってからは日中は外に出し半野良で飼い始めた。

ぼくが夕方、アパートにかえってくると、どこで待っていたのか猛烈なスピードでぼくの前を横切り一目散にアパートの階段を駆け上がると一足早く部屋のドアの前でキチンとお座りをして、ぼくが階段を登りきるのを待つのだった。

くる日もくる日も夕方になるとそれは儀式のように行われ、また次の日も続けられ、ぼくの前を横切り階段を一散に駆け上がってぼくを待つ若旦那の姿を見る度になんだか経験したことのない幸福感が募っていくのが自分でも分かった。

そうして夕方の陽射しの中で繰り返されるその行為が、なんだかお互いに渡された絆の確認をする場のような気がしてくるのだった。
若旦那は夜になるとぼくに寄り添いぼくの胸の上で眠るようになった。

ある休日の朝のことだった。窓の外から甘えたように鳴く聞き覚えのある猫の声がした。窓から顔を出して見下ろすと、果たして往来の歩道からぼくを見上げるあいつがいた。どことなく困ったような弱ったような、「どうしたら良いのでしょうね」、とでも言いたげな、助けを求めるような甘えた声を発しながらあいつはぼくを見上げていた。

そして、そんな声を発する理由と分かる位置に若くて可愛いメス猫が従っており、「あの人だぁれ?」とでもいうような顔で同じようにぼくを見上げていた。

若い二匹の猫は、なんだかお似合いで、同じようにぼくを見上げるその並び姿の初々しさが、なんとも微笑ましく見えたのだった。

その晩遅くなっても若旦那は帰ってこなかった。
猫も恋する春になったのである。

だが、翌朝早く、傷だらけの血だらけで若だんなは帰ってきた。

明らかにどっかから現れた屈強な雄猫に喧嘩で負けてほうほうの体で逃げ帰ってきたのだろうと思わせる哀れを誘う姿だった。

あいつの初々しさは何処かへ行き、あいつは何処か屈折してしまったようでもあった。

若旦那の生きる猫の世界には意外に過酷な側面があるのだなとぼくは猫に対する考えを少し新たにした。

部屋に入れた時から思ったのだが傷ついた若旦那の身体からやたらとスースーするメンタムの匂いがする。
誰か親切な人が、傷口に軟膏を塗ってくれたようだ。

捨てる神あれば拾う神もあるのだぞと、ぼくは若旦那を励まし、世間様を思ってありがたくなるわけで、それはなんだかもう立派に保護者の心境であったのかもしれない。

だが、あいつは聞いている風でもなく不貞腐れたか疲れ果てたかで横になっていた。

やがてそんな春も過ぎ、暑かったその年の夏が終わる前。突然、若旦那は帰らなくなった。

幾日も幾晩も、ぼくは鈴を鳴らしながらアパートの階段を駆け上がってくる若旦那を待ったが、若旦那はそのまま二度と戻らず、それから30数年が過ぎる。

それでも、あの猫との間に数ヶ月続いた何とも言い難い関係は今も忘れられず覚えている。あいつはどうしてぼくに予告もなしに何処かへ行ってしまったんだろう。

当時付き合って居た女の人が、自分の顔のそばに、つらあてのようにウンコした若旦那のことを根に持って、ことあるごとに若旦那をいじめて居たから、

あれを苦にして家出をしたのかなぁ。とまぁ、

しまらない形でこの話は終わるのです(^-^)

今日の札幌は真冬日です。
最高気温は氷点下ですから、これで根雪になるのでしょう。
今年も本格的な冬が到来しました。
いつもあることが今年もある。
それはけして悪いことばかりではないのだろうと、
このごろは思う私です。

同じことが繰り返されることからくる馴染の中で、
人は安心して営みを続けられるのだと思いますからね。

変わり映えのしないこともまた、大事なことですわ。

さぁそれでは諸氏!
本日もまた、各自の持ち場で奮闘願います!

解散。



(16:44 藤村)
2013年12月13日(金)

こんちわ奥さん。
嬉野でございます。

あれは1981年のことでしたから、
もう32年も前のことになりますか。

私はまだ21歳でしたから、
顔に幼さすら残る若者だったでしょうか。

あの頃、日本はまだバブル経済に突入する前でしたから、世の中には70年代と変わらない呑気の風が吹いておりました。

日本人はもうとうに貧乏ではなかったけれど、それでも長年民族の中に刷り込こまれた貧乏臭さというものはなかなか抜けなかったようで、日本人は誰しもが依然として金持ちより貧乏の方に親しみを感じておりまして、庶民的という言葉が本当に似合いの時代でした。

若者は貧乏暮らしをするのが当たり前と本人も世間も思っておったものでした。

もうみんな貧乏ではなくなっていたのに、みんな相変わらずお金持ちより貧乏の方を馴染み深いと思ってしまうあの気分が、あの頃、呑気の風を世間に吹かせていた根拠だったのだろうなぁと、今、私は思うのです。

と、まあ書いてますけどね、
私は今日ね、猫の話をしようと思って書き始めたんですよ、
だけど、前段でついついあれこれ思い出しちゃったものですから、思いのほか前段に手間取って、
いっこうに猫に辿り着けない。

まあ、好いですね、昔話を続けますよ。

それでも70年代の終わり頃から変化して来たのは海外旅行でした。

70年代の庶民は自分が気軽に海外旅行の出来る身分になるだなんてまだ誰も考えもしてなかったんだけど、

それでも1978年頃から雑誌ポパイが北米西海岸のショップの情報を紙面に載せ始めていてね、

それを見た、九州の田舎高校生だったぼくは唖然として

「誰がアメリカまで服買いにいくよ」

と思って記事を読んでいたのでしたが、

庶民が普通に自力でアメリカくらい行けちゃう時代にはきっともう、なってはいたのでしょうね。

当時まだ高価だったけど、ダウンジャケットも既に出現しており、ダウンジャケットは買えないけど、ジャケットよりはダウンの量の少ないダウンベストを着て羨ましがられ、「なにそれ?あったかいの?」と珍しがられていた友人も、1978年頃には、すでにおりましたし、同じく1979年頃にはデザイナーズブランドの服も若者の間で流行り始めてもいたのです。

それでも携帯電話やらパソコンやらはもちろん影も形もありませんから、当然メールなんて出来ません時代です。

世間の連絡事項はもっぱら電話一本です。

でもその電話だってお部屋に引くためには工事費や電話料金だけでなく電話債権という、今となっては、なんだかよく分からない高額な債権を買わなければならない取り決めがあったもんですから、まとまったお金がない若者の侘び住まいには、なかなか電話も引けずでしたし、そんな時代ですから、往来には公衆電話が乱立しておりまして、渋谷や新宿やらの電話ボックスの前には順番待ちの列さえありました。

人々は知らぬ間にすっかり電話に頼っておりましたから、あの頃、既に若者は手紙を書くことはあまりしなくなっていたのです。

それでもね、貧乏旅行中の友人が旅先から送ってくる絵葉書にはロマンがありました。

郵便受けの中の郵便物に混じった絵葉書。

旅先という手の届かないところにいる友の足取りを羨ましく思い、こことは違う時間の流れを感じることで、どこか遠くにある町の風情にうっとり思いを馳せることが出来る時代だったのだと、今は思います。

携帯電話なんて夢にも思わない時代でしたからね。

手の届かない、思いの届けられない領域が生活の身近なところにたくさんあって、届かない届けられないのは当たり前と思う自分がいたから、そのぶん「想像力という」自力で思い描く時間が、何か大事なものをぼくらの中で育てることをしていたのかもしれません。

きっといろんなところにあったそこそこの不便が、ゆったりとした呑気の風を呼んでいたのかなって、思います。

ゲームはアーケードゲームが華やかな頃で、テレビゲームの火付け役は、1979年に出現したインベーダーゲームの大人気振りでした。

インベーダーゲームの人気は物凄かったのです。
不況に強いと言われたパチンコ屋さんに誰も行かなくなるという事態が起こり、誰もがインベーダーゲームに百円コインを投入し続け、パチンコ屋さんが潰れそうだ!と言われるくらい日本人は目の色を変えて来る日も来る日もテレビゲームというものの虜になっておったのです。

でも、そんな流行り病も1980年頃には落ち着きを見せ、パチンコ屋さんも潰れることなくお客の流れは旧に復して行ったようで、

プレステはもちろ、ファミコンさえまだ登場以前でしたから、任天堂さんは実直にトランプや花札を作っておられたのであろう(内情は知りませんが)あの時代、

東京の賃貸アパートにはお風呂がないのがまだ普通でした。

それだから町には大きな銭湯が必ずありまして、夜中の1時くらいまで営業しており、当然ながら銭湯は毎晩大にぎわいでありました。

彼女と二人で夜更けの銭湯に行く。その風情にも貧乏臭さ無しでは味わえない慎ましく穏やかなロマンがありましたあの時代。

コンビニもね、ポツポツ出来つつある頃ではあったんですが、セブンイレブンさんの営業時間だって、まだ朝7時から夜11時までという名前通りでの営業でしたし、

年末年始はスーパーも商店街も定食屋さんも完璧にお休みになっていた頃でしたから、年末年始の食糧買いだめやら何やらは是非もので、

アパートぐらしの独身者は年越しの緊張感やら里帰りの段取りやらで気ぜわしくも妙にソワソワと楽しげなムードに包まれる身の上でした。

そんな時代の独り者の暮らす6畳ひと間には、テレビがあり、バイトして買ったデッカいオーディオセットがあり、狭い部屋をなおさら狭くするベッドがあり、毎晩夜更かしをし、気の合った友だちと集まって夜遅くまで呑んで話をするのが何より楽しい娯楽で、

大人漫画雑誌がいっぱい出版され、電車の中の暇つぶしに盛んに読まれ、読み捨てられ、それをまた拾って読み、漫画文化は爛熟し、多くの漫画家を育て、出版社は大きくなり、

音楽は突如CDの時代になってはいたけど、まだレコードもあり、貸しレコード屋が流行り始めており、ビデオの時代は目前だったけど、まだ庶民にはビデオ登場の影すら見えず、

文字はすべて手書きだったし、今より漢字もいっぱい書けてたし、パソコンもワープロさえも無かったあの時代。

あれは、そんな時代の、ぼくが22歳の誕生日を前にしていた、ほんの21歳でしかなかったある早春の宵のことです。

あぁ、やっと本題です、始まりました。

東京の高円寺のぼくのアパートの部屋に友達が4人ほど集まって電熱線でスルメを焼いてお酒を飲んでいたところへ、ずいぶん近いところでいきなり猫が鳴いたのです。

「今、ずいぶん近いところで猫が鳴いたなあ」

と、奇妙に思うほど、それはそれは大きな鳴き声のように思ったけど、周りの誰も気にする風で無く。

はて、あれだけのハッキリした音量であるにもかかわらず誰も気づいていないということは自分の空耳であるのだろうかと思えば、

「ねえ、今、猫が鳴いたよねぇ」

と、喉のこの辺りまで確認してみたい気持ちがこみあがっているのだけれど、

でも、あれほどはっきり聞いた鳴き声が空耳であるということを自覚するのもなんだか却って怖ろしいようで、妙に臆して切り出せず、

いや、でも、ぼくの部屋は表通りに面した木造モルタルアパート二階の角部屋で、窓枠も時代遅れの木枠であり、アルミサッシですらないのだから、通りで鳴り渡る喧騒も窓を閉めたところで昼夜を問わずに無遠慮に入ってくるような安普請であることを考慮に入れれば、往来で鳴く猫の声もどこかで器用に反響増幅され、あたかも耳元で鳴いたように聞こえたかもしれずと、今一度、思い直せば、

確かに気にすることでもないような気がして来たのだけれど、それにしてもずいぶん近かったよなあと思ったところへ、もう一度、鳴り渡るサイレーンのような調子で猫が鳴いたのです。

その鳴き声の音源がやっぱり今度も近過ぎて。

そしたら、その声に今度は集まっていたみんなも互いに目を見合わせ始めたから、これは空耳ではないとぼくは立ち上がり、半畳の流しの前にある玄関ドアの前まで進むと外の様子を眺めるべく、思いきってドアを押し開けたのです。

すると、その瞬間を待っていたかのように一匹の白と灰色のトラ柄の猫がぼくの足下を悠々すり抜けて部屋の中へ当たり前のような足取りで入って来て。

怪談話のとば口に立つが如き緊張感も、この猫の悠長さであっけなく霧消してね、そのおっとりした動きは人慣れして部屋慣れした猫のそれでした。

なんだ、ただたんにすっげえ近くで猫が鳴いただけだったのかと分かると、全員ホッとするやら拍子抜けするやらで、とりあえず迷い猫という珍客を受け入れ無駄話の席は続いたのです。

東京暮らしの独身者と猫。
孤独な都会の独り者と孤独を棲家に生きるように見える猫とは接点が多いのか、新参の猫は違和感無く車座の中に居場所を得ていました。

ぼくはそれまで猫を飼ったこともなく、猫の扱いなど知りもしなかったけれど、小動物は嫌いでなかったからスルメを与えてみたところ、よほど空腹だったのか猫はこれを旨そうにペロッと食べてしまったのです。

あとで知ったことだったけれど猫はスルメを食べると中毒を起こすそうで。確かにしばらくして猫の様子がおかしくなり始めた。目がなにやら白眼をむき始め口元を見れば若干の泡を吹き始めている。

俄かに急変して行く猫の容体を見て、集まっていた友人たちは、このままここにいては、再度、怪談話のとば口に立たされかねないとでも思ったか、なんだか突然大事な用事でも思い出したようなそぶりを見せ始め、「さあ」とか「じゃあそろそろあれだな」とか、急にソワソワし出すと、猫の臨終になんか立ち会いたくないと口々に言いながら慌てふためき帰って行った。

部屋にはぼくと臨終寸前の猫とが残され、ぼくはスルメ中毒とも知らず、きっと年を取った猫がこのぼくの部屋で最期の時を迎えるためにあぁまで大きな声で鳴いてオレを呼んだのであるかもしれぬし、と思えば、これも縁あってのことだったのだろうと覚悟を決めると、目を白黒させているやつを膝に乗せ、最期を看取るつもりでいた、けれど。

なんだか猫は死ぬこともなく、そのうち徐々に正気を取り戻して、その後は毒気も抜けたのかぼくの膝から畳の上にペタンと下りると、何事もなかったようにひとつ大きく伸びをして、そのままベッドに飛び上がり、身体を丸くして気持ち良さそうに寝てしまったのです。

その日から猫はぼくの部屋に居つき、ぼくは翌日からスーパーで猫砂やトイレ用のバットを買って、この部屋で猫が暮らせるような設備を整え、段々に猫を溺愛していくわけで。

見ればその猫は首にノミ取りの首輪をしてもらっており。その首輪にはさらにチリンチリン鳴る鈴もついていて。明らかに飼い猫だったようで、それが、いったいどんな事情があったのかは知らないけれど、ある日、なんとはなしに放浪の旅に出てしまい、以来、元の棲家に戻れぬまま、こうして何の因果か我が家に住み着くこととなったわけで。

とくだん痩せてもおらず汚れているわけでもなかったところを見ると放浪を始めてそれほど日も経ってはいなかったはずであり、ぼくはどことなくおっとりした物腰のこの猫になんだか自分を見るようで、「若旦那」という名前をつけて可愛がることにしたのです。

翌日、若旦那を近所の公園に連れて行き放してみると、近所のガキどもが繰り出す挙動が怖かったのか、一目散に近くの木に駆け登ったまでは敏捷で良かったが、

夢中で上がった木の上から下を見下ろせば、今度は降りるのがさらに怖かったらしく幹にしがみついたまま鳴いて救いを求めるというなんとも情けないていたらくでね。

スーパーで買い求めて来た猫缶も日をあけず同じ物が続くと飽きるようで、前足であっち行けとばかり畳を掻き掻きして食べようともしない。どうにも猫は我が儘だなぁと呆れたものでした。

ところがこの若旦那、しばらくして元気がなくなってしまったのです。

急に食欲が無くなり、あんなに綺麗なピンク色だった鼻の頭が真っ白になって血の気が引いている。

ぼくは気になって若旦那を抱えて、以前風邪でも引いたかと思い、連れて行って結局病気でも何でもないと言われた近所の犬猫病院へ急いだ。

獣医は「またお前か」という渋い顔でぼくを迎えると「とにかくきみは動物を過保護にしすぎるんだ、動物は全体に強い物だから何か気になったと言ってそういちいち連れて来ていてはこちらとしても迷惑だ」と言わんばかりの剣幕だったが、とにかく明らかに状態がおかしいので診るだけ診てくださいと猫を差し出すと、仕方のないやつだと言わんばかりの顔で不祥無精触診を始めた。

ところが急にハッとした顔になり、獣医はさらに若旦那を触り、バツの悪そうな顔で「これは肋膜炎だね、すぐ水を抜かないと」と注射針を刺して水を抜き始めた。

獣医は「申し訳なかった」というような言葉をごにょごにょ言っていたが、「大丈夫でしょうか」というぼくの問いかけに「いや、もうこれで大丈夫。薬を出しておくからそれを毎日飲ませてください」と言ったので、ホッとして若旦那を抱いて帰ってきた。

獣医がとにかく安静が良いと言っていたので、部屋に戻ると若旦那を小さいダンボール箱に入れて、良く眠るようにとそのまま暗い押入れに入れて寝かしてみた。

若旦那は心持ちホッとした顔をしていたように見えた。水を抜いてもらえたのが良かったのだろう、翌日から若旦那は蒲鉾を差し出すと少したべるようになったから、大好物だった鳥のささみも買って来て食べさせた。

そのうち段々に鼻の頭にもピンク色が戻ってきた。

猫でも恩義は感じるようで、若旦那はそれまでとは違う素直そうな目でぼくを見上げるようになり、ぼくの手から細く割いたカニカマをパスタのように器用に食べるのだった。

肋膜炎を乗り越えて回復した若旦那は、ぼくの胸の上で丸くなって寝るようになり、ぼくらはなんだか仲良しになった。元気になってからは日中は外に出し半野良で飼い始めた。

ぼくが夕方、アパートにかえってくると、どこで待っていたのか猛烈なスピードでぼくの前を横切り一目散にアパートの階段を駆け上がると一足早く部屋のドアの前でキチンとお座りをして、ぼくが階段を登りきるのを待つのだった。

くる日もくる日も夕方になるとそれは儀式のように行われ、また次の日も続けられ、ぼくの前を横切り階段を一散に駆け上がってぼくを待つ若旦那の姿を見る度になんだか経験したことのない幸福感が募っていくのが自分でも分かった。

そうして夕方の陽射しの中で繰り返されるその行為が、なんだかお互いに渡された絆の確認をする場のような気がしてくるのだった。
若旦那は夜になるとぼくに寄り添いぼくの胸の上で眠るようになった。

ある休日の朝のことだった。窓の外から甘えたように鳴く聞き覚えのある猫の声がした。窓から顔を出して見下ろすと、果たして往来の歩道からぼくを見上げるあいつがいた。どことなく困ったような弱ったような、「どうしたら良いのでしょうね」、とでも言いたげな、助けを求めるような甘えた声を発しながらあいつはぼくを見上げていた。

そして、そんな声を発する理由と分かる位置に若くて可愛いメス猫が従っており、「あの人だぁれ?」とでもいうような顔で同じようにぼくを見上げていた。

若い二匹の猫は、なんだかお似合いで、同じようにぼくを見上げるその並び姿の初々しさが、なんとも微笑ましく見えたのだった。

その晩遅くなっても若旦那は帰ってこなかった。
猫も恋する春になったのである。

だが、翌朝早く、傷だらけの血だらけで若だんなは帰ってきた。

明らかにどっかから現れた屈強な雄猫に喧嘩で負けてほうほうの体で逃げ帰ってきたのだろうと思わせる哀れを誘う姿だった。

あいつの初々しさは何処かへ行き、あいつは何処か屈折してしまったようでもあった。

若旦那の生きる猫の世界には意外に過酷な側面があるのだなとぼくは猫に対する考えを少し新たにした。

部屋に入れた時から思ったのだが傷ついた若旦那の身体からやたらとスースーするメンタムの匂いがする。
誰か親切な人が、傷口に軟膏を塗ってくれたようだ。

捨てる神あれば拾う神もあるのだぞと、ぼくは若旦那を励まし、世間様を思ってありがたくなるわけで、それはなんだかもう立派に保護者の心境であったのかもしれない。

だが、あいつは聞いている風でもなく不貞腐れたか疲れ果てたかで横になっていた。

やがてそんな春も過ぎ、暑かったその年の夏が終わる前。突然、若旦那は帰らなくなった。

幾日も幾晩も、ぼくは鈴を鳴らしながらアパートの階段を駆け上がってくる若旦那を待ったが、若旦那はそのまま二度と戻らず、それから30数年が過ぎる。

それでも、あの猫との間に数ヶ月続いた何とも言い難い関係は今も忘れられず覚えている。あいつはどうしてぼくに予告もなしに何処かへ行ってしまったんだろう。

当時付き合って居た女の人が、自分の顔のそばに、つらあてのようにウンコした若旦那のことを根に持って、ことあるごとに若旦那をいじめて居たから、

あれを苦にして家出をしたのかなぁ。とまぁ、

しまらない形でこの話は終わるのです(^-^)

今日の札幌は真冬日です。
最高気温は氷点下ですから、これで根雪になるのでしょう。
今年も本格的な冬が到来しました。
いつもあることが今年もある。
それはけして悪いことばかりではないのだろうと、
このごろは思う私です。

同じことが繰り返されることからくる馴染の中で、
人は安心して営みを続けられるのだと思いますからね。

変わり映えのしないこともまた、大事なことですわ。

さぁそれでは諸氏!
本日もまた、各自の持ち場で奮闘願います!

解散。



(14:02 嬉野)
2013年12月11日(水)

嬉野です。

先日、唐突にここの日記を更新したことがありまして、、
まぁ日記ですから、日々更新されてなきゃおかしいんですが、

それまであまりにも長いこと、ここの日記も固まるだけ固まっておりましたので、その日記が突然更新されていたというので驚いた私の友人が、

「どうして突然日記更新したの!」と私へ電話をしてくる始末!

それも内容は「コーラと思って飲んだらコーヒーだった」という無内容な日記。業務連絡でもありゃしない。いいかげんリアクションにも困ったというわけで。

しかしながら、この唐突過ぎる私の日記事件で、
このHPが日々固まり続けているにもかかわらず、
毎日閲覧にお出でになっておる猛者のみなさんが多数おられることに気づくきっかけともあいなりまして、
なにより私自身がそのような皆様に対しまして感服つかまつったわけでございます。

さうが「どうでしょう猛者」。サイトが固まっていたら固まっていたで、それすらも受け入れて標準化してしまう貪欲さ!

「おぉ、今日も無事にどうでしょうさんは固まっておられる」

ということで、日々お参りをされていたという、
今の時代、日本全国よそにはない主体性。これには手前どもも舌を巻いたのでございます。

「おそるべし、どうでしょう猛者!」と、

わたくし感銘を新たにしたのでございます。

その時、掲示板にて起きました、おだやかな騒動を、あの時は出張に出てしまっていたので、ご紹介できませんでしたので、

本日、ずいぶん時は過ぎてはしまいましたが、

ここ日記のページにて、
遅ればせながらご紹介させていただきます。

かくのごときみなさまの猛者ぶり、手前どもの励みでございます!
以下に掲載いたします。


◆初めまして
ひよこ@京都
初めて書き込みます。まだ二十歳にもならない大学生でございます。女性でございます。書き込むという文化に慣れていないので、次いつ書き込むかわかりません(笑)
なんだか、どうでしょうの皆さんが親しい友達のように思えます。年も親子以上離れていますし、みなさんからしたら私はひよこみたいに小さい、うれしーとふじやんの書く事を読めば、生きてきた年月の長さ、経験の多さに多くを学び、まだ社会にも出ていない自分の未来を思う時に、皆さんの事を思ったりもします。それだけ見上げておきながら、でも、今日うれしーの日記を見たら、あー、うれしー今日もやってるなあ(笑)そうか、コーラとアイスコーヒーか、とテンションが友達のようになります。うれしーが何年後かにちゃんちゃんこを着ても、あー、うれしー今日も着てるなあ(笑)、と、友達な気分でしょう。不思議なことですね。さて、私は何が言いたいのか?こんなに嬉しいことはないということです!ありがとうございます。以上。
*
◆yvk∀Li@Tokyo
思い込みとわ、
オソロシイものです…;-)

◆認知的不協和
蓑虫@横須賀
嬉野先生のそのパニック、
若い人でもなりますので、お気になさらず。
「認知的不協和」と学術的に名前も付いてございます。
ちなみに拙宅の旦那は
「麦茶だと思ったらめんつゆだった」
で同様のことが起きておりました。

◆どうなんでしょうねぇ
やそべぇ@東京
嬉野先生。
今日の日記で、アラスカの氷河のカメラレンズと、マレーシアのシカ事件をちらっと思い出しました。
先生は時たま、思い込みすぎるときが在りますから、日々忙しい毎日を送られれば、多少何かしら日常生活で思い込む事もあると思われます。

◆やったよ!
ようたん@神奈川、川崎
うれしー、ふじやん、こんにちは(^-^)
先日ねフラダンスの大会!
かなりのアウェイ感の中、なんと3位に入賞いたしました!
やりましたp(^_^)q
半年間頑張って来たのが報われました~(≧∇≦)
アラ50でも、まだまだ突っ走りますよーっ(^O^)/

◆コーラ
tk@白石区
嬉野さん、似た経験あります。僕の場合は『そばつゆ』でした。
コーラのペットボトルに詰められて冷蔵庫に入ってたんです。
コップに注いでも、気の抜けたコーラ感バッチリだったので全く気付きませんでした。すげくパニクった事を覚えていますのは20年前の高校時代。
なので老化のせいではないかと。

◆たこ焼き
しおち@大阪枚方
先生方、こんにちは。寒くなりましたね。
う先生の日記で、ずいぶん前にテレビで見た、たこ焼きやお寿司そっくりのお菓子を思い出しました。試食したタレントさんは、「え…甘い…」と複雑な表情でした。
私の体験では、ずんだでしょうかね(;´ω`)
塩辛くなく、ただただ甘い枝豆…衝撃でした(笑)
子供たちは大好きで、某○美屋から出てる切り餅1枚分のずんだ餡が作れるパウダーみたいのを愛用しております。
ずんだだけは、ミスターの気持ちがよくわかります(笑)
寒いからってヒートなんちゃらとフリースなどを3枚重ね着して家事をしましたら、汗をかきました(笑)
やりすぎはいけませんね。
先生方、どうぞお体ご自愛ください。

◆いいねぇ うれしー
ゆる@おおさか
久しぶりの うれしーの日記
ぷっと笑えて
ほっとして
思い込みって たしかに
ぎょっとしますね
私は 階段で 最終段のあと 
もう一段あると思って
よく ガクッとなって
心の臓が止っております
みんな 地球と一緒に回りながら
老いていくんですね。
感謝♪


◆そんなことあります
ゆうこ@東京都
う先生 こんばんは。
久しぶりの脈略のない日記を楽しく読みました。アイスコーヒーだと思ってウーロン茶だったときもビックリしますよ。

◆爆笑
ミホG@東京府中
今日の日記。
「・・だから何よ」的な(笑)
久しぶりに書き込みましたよーん。
相変わらず先生が好きよーん♪るるる

◆私も!
くりりん@ちば
う・ふ先生、こんばんは。
今日の嬉野先生の日記と似た経験を何回かしています(笑)
真夏のある日に、冷蔵庫から缶を取り出しました。炭酸飲料だと思い、一気に喉に入れましたら、アルコールでした。下戸の私は即フラフラ状態で軽く意識が遠のきました。
老化でなくとも、そのような時は、脳みそはついていけないと思いますよ!
嬉野先生の日記で久々に微笑んでしまいました。お忙しい中、更新してくださり、ありがとうございます。
関東でもようやく新作が始まり、毎週楽しみです。祭りで見た時の雰囲気を思い出しました。北海道は厳しい冬の到来ですが、お身体に気をつけてお過ごしください。

◆あるある
だえぐ@埼玉県
嬉野先生の日記を読んで 自分もあるある ハンバーガーショップのアイスコーヒーに ガムシロとミルクを入れてかき混ぜて飲んだらコーラ(笑) って思い出が… 思い込みからの裏切り 解ります(笑)

◆ほしうみ@福島いわき
なんですか?本日の少々まぬけな日記は(笑)。
でもなんか久しぶりにこういう日記で、癒されますね。
そういえばね、本日職場でお仲間を発見しましたよ。私、携帯にonさんのストラップ付けてるんですが、それを見つかりまして、聞いたらどうでしょうさんのファンだと。新作始まりましたねぇなんて多少話も盛り上がりましたが、何分、病名付きの人見知りにはそれが精いっぱいの会話でございまして、色々聞いてみたかったですが、なんとなくそれっきりになりました(苦笑)。性格柄向こうから振られないと色々聞けないのよねぇ。その場では一瞬頭真っ白になって何聞いていいのかわかんなくなるし。
そんな福島では今週から祭での3夜分の先のお話になります。楽しみです。まだまだ慣れない仕事で疲れが抜けにくくて最近夜起きてられないのですが(万年睡眠障害なんでありがたいっちゃぁありがたいけど)、頑張って拝見いたします。
今週はお給料も出ますんで、冬札幌の旅の予約でもいたしましょうかね。先日も私にとっては大奮発も大奮発ってお値段(普通の人にはお値打ち価格なんですけど)のコートを仕入れて参りましたし。このために今頑張ってるわけでございますし。仕事しながらさ、これが札幌でのあれのためそれのためと言い聞かせておりますよ。

◆あれ?
ぶーたんぶー@神奈川県
う、ふ両先生へ 
お寒うございます。本日の日記ですが、何時も最後に書いてある     
それでは諸氏、本日も各自の持ち場でうんぬん・・・。解散!  が、無かったですよね?珍しいですね。最後にあの一言を読んでよし今日も自分の持ち場で頑張ろう!ってなるんです。それが、無かったのでちょっと寂しかったです。次回は・・・きっと書いてくれるかな~?と、願いつつ解散します。

◆嬉野D様
みぃたん@だんご&もち王国
本日の日記を読みまして
私、ノンアルコールのカクテルを飲んで酔った風になった事がございます
もちろんノンアルコールですから、本当に酔うわけはないのですが、カクテルの味を舌を通じて脳みそさんが「!アルコール侵入!」と誤認したのだと思います
脳みそさんって凄いですよね


◆アイスコーヒー
ちいちゃん@鹿児島
と、思わずに飲んでしまったらびっくりしますね。
ましては、コーラのつもりなら…なおさらですね。
新作、鹿児島でも始まってます!
祭りで見た時とはまた違う感動で毎回拝見しております!!
雪降る国で、体調くずされませんように…
灰降る街の者より

◆ぱん@とちぎ
藤村先生嬉野先生寒い日が続きますがお風邪など召していらっしゃいませんでしょうか。
嬉野先生、コーラの一件…私も似たような事がありました。
明らかに炭酸が見えたので「これはコーラだ」と思い飲んだところ…何故だかコーヒーの味がするのです。
なぜでしょう?なぜコーヒーに炭酸を入れたのか?20年以上たっても理解できません。

◆眠れないのは
ゆりこんぶ@東京
眠れないのは毎日グーグー眠っているからです。
いっぱい眠りたい!といつからか、思っていました。
思い通りなりました。
もう随分と、いっぱい眠った生活をしたので、次です。
どうしたものかと、考えたらまた眠れないのです。
嬉野先生のコーラと、アイスコーヒーの勘違い読んだら可笑しくて、思い返してまた可笑しくて、まっいっかと今思いました。
嬉野先生好きです。

◆コロッケとカキフライ
ねり@大阪
こんにちは。
今日の大阪は晴れています。予想最高気温17度。ちょっと暖かい気がします。
さて、昨日のう日記を読んで私も思い出しました。コロッケだと信じて食べたものがカキフライだった時の衝撃を!!いや~あれは悲劇と言っていいくらいの出来事でしたね。じゃがいものホクホクとした触感を想像していた私の脳は、ドロッとした異物が口の中に広がった瞬間にパニック状態になりました…私の初カキフライもその時だったので、もちろんカキフライ嫌いになりましたよ(^^;
あ、嬉野さんのいう思い違いは歳のせいじゃないと思います(^_^)v
では、今日も元気にお仕事頑張ってきます!!
稲妻より

◆うんうん、日課です。
ゆきな@三重
土日であろうと毎日チェックしてますよー。
確かに更新してあると、ちょっと驚きます。でも、やったね♪とも思います。
ゆるゆるーゆるゆるーで。

◆久々の、連続日記~!
順序の順です@旭川
昨日のアフリカも驚愕でした。
何なのあのヌーの群れ!当たり前にいるシマウマ!
でも最高だったのは、そう!”ふんころがし!”
あの2匹は、無事巣まで戻れたのでしょうか?
久々の、意味があるような?無いような?嬉野日記。(笑)
明日もゆるゆるお願いいたします。
そしてミスターは、竹馬に乗れるようになるのか?

◆お詣り…
ひみか@道北
うれしー 藤やん、お元気そうでなにより(*´ー`*)
私も毎日、お詣りしてますょぉ~(*´ 艸`)
昨日の更新は、やはり『おっと更新してたのか』Σ(・ω・ノ)ノ!とびっくりしました(笑)
これからも毎日お詣りにきますょぉ~(* ̄▽ ̄*)ノ"

◆こんにちは!
あいぼう@札幌
連日の日記更新ありがとうございます!
日記更新の裏にこんなことがあったのですね(^O^)
私もそのまま固まったままでも毎日覗いている一人です。
掲示板だってお正月のままだろうと、お二人が読んでくれていると信じて書き込んでいますよ!

◆こじかちゃん@東京
嬉野先生
なんでもない事でも、更新されてるとやはりとっても嬉しいです!
毎日楽しみにしています!
先生ガリガリ君の道で転ばないでくださいね。

◆こんにちは。
あっぴー@三重
わたしも昨日のうれしーの更新でちょっとびっくりした一人です。笑。
そして何だか特に大事な内容もないのね、とも思っちゃった一人です。
わたしも毎日日記の更新ないかチェックしてます。
携帯を持ったらTwitter見て、Yahoo見て、どうでしょうさん覗いて、ゲームをやるというような流れです。
何もなくても更新してくれるととても嬉しいです。
ちょっと驚きますけどね。笑。
また書いて下さいね♪

◆ホッ!
きなこ@埼玉
あ~、よかった(^O^) 今日は最後のいつものフレーズがあった!
あの言葉には不思議な力があり、なんかホッとするので。
昨日は嬉野さん、途中で眠ってしまったのかな~と・・・
こちらでは新作始まりました。ドキドキ、わくわくです!

◆日課
山ちゃん@江戸藩士
うれしーこんばんは。
Hpはなんとなく見に来ちゃいますよ。いや、参拝しに来てしまいますよ。
更新されてないだろうな~と思いつつも、日に何度か。
昨日の日記は唐突に終わったので、途中なのかなと思ってしまいました(笑)
毎日参拝には来ちゃうけど、毎日じゃなくてもいいので、うれしーや藤やんの周りで起きてる日常や、日々感じたこと。日記としてしたためてほしいです。
ただのサラリーマンの日記が読みたいなんてよくよく考えるとおかしなものですが(笑)
うれしーには不思議な包容力がある。先日友人と話していたときに出た会話です。
その不思議な包容力のあるうれしーの不思議な包容力のある日記。これからも楽しみにしてます。

◆自由
しおち@大阪枚方
日記なんですから、何書こうといつ書こうと自由じゃん!て思ったりします。
更新がなければ先生方お忙しいと察しがつきますし、更新されてたら先生方の生存確認ができますし(笑)私も自由に書かせて頂くと、昨日ファンヒーターが壊れたので、俗に言う「密林」サイトで今日到着するように注文したのですが、未だ届きません。
日もすっかり落ちて昼間の暖かさが嘘のような冷え様です。
こたつがないので居間で毛布をかぶっておりますが、指先が冷たいです(泣)

◆そうです
あさ@大阪
毎日見てます
日課というより
更新があったらいいなと念じながら
更新のあった日記読むとホッとします
遠い北海道でお二方も毎日を生きてらっしゃる
当たり前のことにホッとして
よく眠れる気がします
昨日は
唐突に終わってたんで、違う意味で嬉野さんどうしたかな?
途中で誰かに呼ばれたかな?って思いました
本日の日記本また出してくださいね

◆そうだったのね。
美妃@晴れの国.岡山
よかったです。具合がわるいのかと、思いました。あれはあれで終わってたのね。

◆全くそうだよ嬉野さん!!
ぴょん太@岩手は盛岡
昨日もさ いつも通り どうでしょうさん覗いてから寝ましょ と思ったらさ 久しぶりの嬉野さん更新。おっ嬉野さん、業務連絡かしら?と思ったらさ なにやら日常エピソード。おっ これは嬉野さん これを肴に いつものブレインストーミング長文展開へ なだれ込みか?!と思ったらさ。終わるんだもん、あっさり。びびびびっくりしたわよ嬉野さん。
びっくりついでに私も久々投稿しちゃった。祭りもほんとにありがとう。三日間 夢の時間を過ごしたよ。俺も頑張るからおまえ達も頑張れ。洋ちゃんの言葉がお守りになってます。ほんとにありがとね。

◆いや、まあ結局ね
かおちん@千葉
内容への共感と共に、文末があまりに『終わりっ??』みたいな、まさに、ド肝を抜く感じでしたもんで、皆一斉に反応した、てなところもあると思うのでございます。えぇ、ええ。我々は毎日、まさに、日課でこちらに詣でておりますよ。だって『明日も必ずおいでなさい』とは嬉野先生が仰った言葉。それを受け取った我々藩士は、律儀に毎日顔を出すのです。先生方とも、仲間たちとも、直接顔を合わさずとも、こちらに参ることで日々生存確認をしている、といったところですかね。と云う事で、これからも日々詣でます。気が向いた時に更新なさって下さいませ。ではでは。

◆こんばんは
ぷちいわ@東京
日記更新、誠に有難うございました。コーラとコーヒーのくだりを読み、かつて醤油とソースを取り違え、ネギトロがネギトロで無くなったことを思いだしました。思い込みに注意ですね。

◆きょうこ@川西市
私も、毎日見てます♪

◆こんばんは!!
ももんが
う先生。日記の更新嬉しいですありがとう。
今日は、アラスカ偏のDVDを見て大笑いしています。
ふ先生と大泉さんの罵倒しあい。
ドームパスタでむせるミスター。
オーロラアイスを食べてガックリするう先生。
何度見ても最高です。
これからも大好きな大好きな四人組!

◆良かった~
なお@名古屋
昨日の突然の、しかも意味なしの更新には喜びと同時に、単なる老化ならば良いが何やら疲れてはおられまいか・・と心配でもございました。
うれしーだけじゃないぞ、私も老化し疲れてもいる!どこまでも一緒に行くよ、うれしー!!などと1人熱くなったりして。
でも今日の日記を読んで安心しました~^o^

◆日課
ゆき@千葉
私も日々HPを覗いていますよ。帰宅する電車の中での日課です。
きっとそんな人がたくさんいるでしょうね。
HPを見て、うぉっ!更新されてるとびっくりし、文面を見てニヤリとし、ちょっと振り返ったり考えたりする時間をみんなで共有しているのですよね。

◆こちらも毎日見てます(^_^ゞ
ケスラー@荘内藩
うれしー、日記更新お疲れ様です(^_^)
こちらは2週間後に新作です(^_^)v楽しみですo(^o^)o

◆まさに!
こまる@東京
日々「無事に固まっていらっしゃる」ことを確認しております。
昨日の日記は、うれしー疲れてるのかな?ちょっと壊れちゃったのかな?
と思いました。
私は、清涼飲料水と思って炭酸の缶ジュースを思いっきり振ってから空けてえらい目にあったことがあります。

◆むっチー@福岡
藤やん、うれし~お疲れさまでございます。
昨日の日記を読んで、久々のたわいのない(スミマセン)日記で、なんだか嬉しくなりました。皆さんも同じ思いなんですね。何故だか毎日、覗いてしまう(笑)
期待せずに、待ってますので、お願いしますね。

◆同感!
みゆきち@西東京市
うふふ、私も昨日の先生日記驚いた一人です。
嬉野先生、何かおつらいことでもあったのかしら、またお身体を温めるお飲物でもお送りしようかしら、と心配してしまいました。
きっと軍団の皆様、同感でしたね。
同感といえば、私も子供の頃、初めて六花亭のホワイトチョコレートを食べた時、チーズのような外見なのにチョコ味!というのに気持ちと舌が混乱して、うまく味わえませんでした。

◆日課
なっち@東京
うれしー先生、こんばんは。
昨日はなんとなく日記をみて、何かあったのかなぁ~うれしー…と思いながら、新作も見ておりました(笑)今日の日記をみてひと安心しました。
私も朝、サイトをお参りをして、晩に更新あるかなぁ~とのぞいて、家に帰ってごはんしながらどうでしょうさんをみて、寝る前の最後のビタミン補給で、どうでしょうさんをうつらうつらしつつ見て、また朝になったらお参りに向かうというのが日課です。
更新があれば、るんるんしますが、なければないで、裏話を読んでうれしー力作の写真集買わなくちゃとか、DVD見ようとか、それなりに自分のどうでしょうさんを楽しんでおりますよ。
一生というスパンですしね(笑)数日更新がなくても、びっくりしません♪
マラソンのページが更新されるまで、次の新作がみれるまで、ふらりふらり持ち場で待っておりますゆえ!
みんな、そんな感じなんじゃないかと思いますので、ご安心くだされ。我々藩士にとって、どうでしょうさんはもはや生活の一部ですから(笑)
ではでは、おやすみなさいませ。


毎日お参りしてますよ(笑)
のんのん@兵庫
本日もお疲れ様でした!
私もHPを訪れるのが毎日の日課になっております(^-^)
私も含め多くの藩士は、HPを訪れることが生活の一部になってるんですよ!歯を磨くのと同じようにHPを見る、みたいな。自分でも「どうでしょう」がこんなにも生活に欠かせないものになるとは思ってもみませんでした!
関西でも新作が観られるようになったので、毎週楽しみにしています!
お忙しいとはおもいますが、また日記で元気な姿見せてくださいね(^-^)

◆見てます。
るぱん
私もHPをほぼ毎日チェックしてます。なんだか見てしまいます。通勤、西表島観ながら行ってます(笑)次のDVDも気になっています!新作やDVDの編集など、頑張ってください!!楽しみにしています!

◆日記ありがとうございます!
麻衣@神奈川
そうですよ~。
言われてみればいつの頃からかフリーズ状態の日記なのに、なんとなく毎日一日の終わりに(だいたいベッドに入って寝る前に)必ず確認する習慣になっています。
それなら何故こんな時間に書き込みを?と思うかもしれませんが、
え~っ、私疲れると床でそのまま寝てしまう質でして、
更にこうして寒くなるとですね、暖まったホットカーペットから動けなくなって、
床寝率が更に上がりまして。
昨晩も床で落ち、さっき目が覚めて、なんとか今ベッド移動したというわけです(^^ゞ
ではもう一眠りします。
おやすみなさい。


うれしのさん
♪毒きのこ@山梨
わたしも、毎日どうでしょうのホームページへ参拝しております^^
しかも朝晩と*散歩がてら神社に寄るかんじです( ´ ω ` )
なので昨日と今日のふいうち日記は
とってもありがたい気持ちになりました。
とつぜん楽しませてくださってありがとうございました♪
またときどき、
気が向いたら、
お願いします^^♪

本日も持ち場で奮闘!
静岡@めがね
嬉野さん、皆さんこんにち。
実は夏から母親が病に倒れ、我が家は生活が一変してしまいました...
変わらないのはどうでしょう寺を覗く毎日と、ここ静岡で、スタートした新作を毎週観ることだけでございます。
本日も、自分の持ち場だけは死守したいと思います!
皆さんも寒くなる冬の季節どうぞ、ご自愛下さいませ!
新作第三週も楽しみにしております(^^)

気長に待つ
ねり@大阪
こんにちは。
今日の大阪は雨です。予想最高気温16度。
毎日、当たり前のようにHPをのぞき、ついでに本当に他愛のないことを掲示板に書き込んでいく…これが日常になってます(^_^)v
日記が更新されているともちろん嬉しいですが、更新されていなくても気長に待つことが当たり前になりました。
どうでしょう藩士として、ますます精進したいと思っています!!
では、今日も元気にお仕事頑張ってきます!!
稲妻より

◆凶引いちゃった
くりまん@東京府中
水曜日の日記、な~んか中途半端な感じで、なんだろうこれ?と思ったんですが、そういう訳だったんですね。なるほどなるほど。
さすがに私は毎日は見に来ませんが、思い出したようにここに来て「ああ、今日も何の更新もない」と納得して?帰るのであります。
たまにおみくじを引くんですよ。
だいたいが小吉なんです。
あんまり小吉ばっかり引くから「このおみくじは小吉しかないの?」と思っていましたら、なんと!今日は凶が出ました。
凶もあったんですねえ。
私は地元の神社でよくおみくじを引くんですが、そこでも3,4回凶を引いております。
んで大吉は引いたことがない。
ほとんどが小吉です。で、たま~に凶。
たま~に中吉ではなく凶ですよ。
やっぱりちょっとへこむんですよね、凶引いちゃうとね。
新作の1話を観て、皆さん変わらないなあと思いました。
年は取ってるのにやってる事は変わらない。
いいですねえ。
これからどんなことが起こるのかとても楽しみです。
MX観て、埼玉テレビ観て、もう少ししたら神奈川テレビでも始まるから、そこでも観ますよ。
東京も寒くなってきました。
いよいよ冬が来ましたね。
風邪を引かれませんよう。

◆凍結。笑
ゆる@おおさか
たしかに 掲示板だって
昨年の1月から 凍結したままだけど
毎日 見てますねぇ
あーまだ 1/4 のままだねぇって。笑
でも、昨日みたいに ひょっこりも
とっても うれしいのです
細胞が ぴょこんって 元気になります
ありがと うれしのせんせ
いつも 大好きです。

◆いやほんとに
モコ@巣鴨
嬉野さまには癒されます!

◆日課です!
ユキポン
更新がなくても、いつされるかわからないので、毎日見てますよ~(*^_^*)
新作も見てます。

◆あせび@三重
う先生、こんにちは。
毎日、伺いますよ、どうでしょうさんには。
だって好きなんですもの。
更新なくたって『あぁ、HP以外の持ち場で奮闘なさってるのね。』と嫌味でなく本当に素直に思いますもの。もちろん、更新されてたら、『おぉ(≧∇≦)』とありがたく拝読しますよ。
主体的と書いて頂いて、お褒めのお言葉を頂戴したようで嬉しいです。
ありがとうございます^_^
今日も持ち場で奮闘してまいります。

◆本日の日記
ぴあの@函館
私も毎日HPをのぞいています。そして13日の日記には度肝を抜かれました。
新作アフリカの旅が絶賛放送中にもかかわらず、相変わらず更新の少ない日記。
そんな中久々に「あ!変わってる!」と思って読めば、嬉野ワールド全開の文章。
それがすっごく面白くて、さすが嬉野先生と思っていましたら、他にも皆さん度肝を抜かれていらっしゃった、と。
藩士のつながりというものをしみじみ感じ、さらに楽しかったというわけです。

◆お久しぶりです
紅葉@よこはま
何もなくても、日記更新はうれしいです!
といいつつも、前は私もほぼ毎日のように見に来ていましたが、
日々の生活に追われてだんだんあんまりこれなくなっちゃいました。
今朝、実は寝坊しちゃいまして。
原因は3歳の娘が目覚ましより30分早く起きて、
トイレに連れて行った後、そのまま起きてればよかったのに、
二度寝しちゃったからなんですけどね。
それでまぁなぜかだんなに怒られましてね。。
川の字で寝てるので起きれなかったのはだんなも同じはずなのに・・・
という釈然としない、モヤモヤした思いを抱きつつ、出勤しております。
言い返したところで、火に油なんですよねぇ。。
と、なんとなく愚痴ってしまいました。
でも、モヤモヤしたまま、来年も再来年も、
いつになっても怒られて生活するのかなーと思うと、
なんか気が重くなってきました。
基本的にだんなは怒りっぽいので。。
イヤだからって離婚なんてしませんけどね。
とりあえず早起きすればいいだけの話かもしれないし(笑)
すみません、久々にメッセージ書いたのにこんな内容で。
駆け込み寺じゃないのにそん感じでスミマセン本当。
またきます!
私の持ち場でがんばります!

◆日課とは恐ろしいものです。
みゅ@埼玉
先生方、こんにちは。
私も日課として毎日お邪魔させていただいてます。
最近はね、確かに教務連絡、宣伝、告知なとでしか先生方にお目にかかることができませんでしたが。それもまた嬉し。
たまにね、このように日常の出来事をポコンと書いていただけるとね、私のようなものはテンションが上がるのです。
そしてね、時に道徳のようなね。ありがたいお話を頂戴した日には画面に向かって拝む訳です。
なので。先生方にはご無理のない範囲でなんなりと更新をしていただけると嬉しいなって思いました。
それでは。これからが寒さの本番。
お体ご自愛ください。

◆日記
おこ@会津若松市
うれしーの日記を読むと、いろいろ考えさせるなぁ!!

◆さすがです。
花@神奈川
嬉野さん最高です。電話をかけて下さったお知り合いの方も最高です。
さすが、どうでしょう。
出来るならば私も嬉野さんにお電話をして「どうしたんですか!何があったのですか!?」とツッコミたいところでした。
コーラと思って飲んだのがアイスコーヒーでよかった。私の知り合いではお醤油飲んじゃった子がいましたよ。笑

◆11/14本日の日記
智@神奈川
うれしーこんにちわ。昨日今日の日記、久しぶりの更新でたいへんうれしく読んだところです。うれしーのお知り合いさんの気持ちは私もよくわかります。毎日こちらをチェックします。何もないことを確認するために。
しかし、私の身の回りにはどうでしょうつながりでいろんなことが起きているのです。たとえば、どうでしょうのどの字も知らない実家の父から東北土産だぞ~といって、高政の蒲鉾をもらってびっくりして、結局どうでしょうについて父に説明して、女川どうだった?などと父と話したりしました。
ひそかに主人のフルマラソンのタイムを藤村さんのと競ったり。
祭には行けませんでしたがユーストさんで観させていただきましたし、腹を割って話そう!もYTBさんで。
藤村さん、うれし~も忙しいと思いますが、わたしもどうでしょう藩士としての活動を日々行っております。
何にもないときはDVDを観ております。
だから、これからも時々お声とお顔を見せてくださいね。くれぐれも体に気を付けて。

◆ちか@名古屋
嬉野先生、私も毎日HPをチェックしていますよ。そして同じく一昨日の日記を見て、どうしたこのtwitterみたいな呟きは?と思ってしまいました。
どうでしょうファンはHPが固まっていようが未だに勝手に活発に毎日動いています。数日前、藤村さんの実家のラデイッシュにランチを食べに行ったらお昼時をとっくに過ぎているというのに満席でした。そして周りを見渡すと殆どのテーブルに小倉トースト。聞こえてくるのは大阪弁や東京弁で話されているどうでしょうの会話。
初めてお会いした方たちばかりだったのに、昔から知っているかのように会話を楽しんでしまいました。どうでしょうは人を繋げる力があります。どうでしょうって本当に素敵ですね。

◆世知辛い世の中に
股旅@名古屋
相も変わらず世知辛い世の中ですがこちらへ来るとホッとします
どうでしょう藩士が集うこの地は皆が一つの方向を向きまたどうでしょう軍団はこちらを何時までも見ていてくれる、そんなささやかな幸せがあるからなのですよ。
2日連投の日記に心が和み自分の持ち場で毎日奮闘出来る喜びはその後の酒の量が示します。明日も旨い酒飲むぞ~
でわでわ 礼

◆その通りです
ゆうやけ@大阪茨木
そうです、固まったホームページを毎日毎日懲りずに覗いてます。決して暇ではない奥さんですが、見ちゃうんです。
で、更新されてると何かあったか!って思うんですよねー。私だけじゃなかったんですね。素晴らしきどうでしょう軍団。

◆(苦笑)
りんごあめ@釧路
私も一応毎日ホームページを覗いて日記、楽しみにしてる一人なので、更新してもしなくてもどうせ何か言われてしまうなら、また唐突に更新して下さいませ(*^_^*)

以上でございます。
それでは本日も各自の持ち場でなにぶん奮闘ねがいます!

解散



(16:58 嬉野)
2013年12月9日(月)

こんつわ奥さん。
嬉野でごわす。

わたし自身もそうだったのでね、
長く考えもしなかったことだったのだけれどね奥さん。

その〜。子供たちが成長してね、
やがて家を出ていくという流れにね、
ぼくは何の違和感も持たずにこれまで人生を送ってきたのだけれどもね。

でも、その家で生まれた子供たちがね、
一人残らずその家を出たなら…、
(結婚しないで家に残っても同じなんだけどね)

いや、

残った親や出て行った子供たちが若いうちはそれはまだ分からないんだけど、

でも、
やがて両親が老夫婦になってしまう頃には分かってくるんだよ、

この老夫婦が死に絶えてしまえば、その家は空き家になってしまうということがね。マンションもそうだよ。

そして、そんな家族の流れが、もし隣近所、いや、ほとんどすべての日本の家庭で普通に違和感のないこととして今も起きているのならね、

子どもたちが生まれたその家には、やがて誰も住まなくなる日が来る…。

そして、そんな家はその家だけじゃないというのだったら、

その先には、確実に人が住まない家ばかりができて、誰も人が住まない町が確実に出現するということなのだものね。

つまり、やがてこの先、順番に町がなくなっていくのを、
ぼくらは目の当たりにしなければならなくなるんだね。

ずいぶん前から大きな団地で始まっていたことは、そういったことだったんだなって今更のように思ったのよ奥さん。

それはなにも団地だけのことじゃなかった、

核家族を続ける限り、町が無くなるって運命は、
ずっと続いていくことなんだね。

家が空き家になり、そんな空き家が増え、人の住まなくなった町が荒廃していく光景をこれからは珍しくもないものとして見ることになるのねえ。

これまでは見えなかっただけで、これからはそれがあちこちで見え始めてくる、これからはそんな時代なんだね。

見慣れたものが次々と姿を消していく時代。
そのことを具体的なビジュアルとして見せられていく時代。
これからはそんな時代になるんだよね奥さん。

50年ほど前から始まった、豊かな日本社会が、
「家付き!カー(自動車)付き!ババ抜き!(姑がいない)」
と元気に叫びながら、核家族社会が若者たちの明るい未来として受け入れられて50年近くが過ぎてきたように思うけど、

でも、その幸福のイメージが最終的にもたらすものが何だったか、
それをこれからぼくらは見せられるんだね。
そんな時代に入っていくんだね。

これからは、独身者が賃貸で住む、大都会のアパートやマンションで形成されているような町だけが、独身者が出て行った後の部屋にもまた独身者が入ってくるから、町は営みを続け、ぼくらに馴染のある町としてこの先も残る。

今もね、シャッター商店街にならないで、活気ある昭和の風情を残した商店街は、地方じゃなくて東京なんかの大都会にしかないものね。

これからは、そのことがもっと顕著になっていくんだね。

だったらみんなが都会に抱くイメージも、
やがては今とまったく違ったものになっているのかもしれない。

「都会の町の方が、人間味があるよねぇ〜」って。

ふうにね。

そんなことを思いましたのねぇ。

さて、本日の世迷言はこれにて終了!

それではみなさま!
本日も各自の持ち場でよろしく奮闘願います!

解散!

明日は、明日の心だ!





(13:41 嬉野)
12月4日水曜日。ご無沙汰をしておりました。藤村でございます。

ようやく最新作「初めてのアフリカ」の編集をほぼ終えまして、一息つけたところでございます。

今回の新作は、これまでよりもシーンをあまりバッサリとカットしていません。ほぼ使ってます。多少「弱いな」と思うところも使ってます。

なぜか、編集してるときに、あまり切りたくなかったんです。あくまでもそれは気分の問題なんだけど、でも、なんでしょうか、あまりサクサクと編集を進めたくなかった。

今にして思えば、みなさんに「なるべく長く、このアフリカの旅に付き合ってほしかった」という気持ちがあったんだと思います。

ビールでも飲みながら「おー今日は何夜目だぁ?」「相変わらずダラーっとしてんなぁ」ぐらいの気分で、なるべく長く付き合ってもらいたかった、という。

その最新作も、13週目で最終回を迎えます。最後まで、しまりの悪いおっさんたちの旅です。


さて、関西方面のみなさまにお知らせでございます。

今週の土曜日、読売テレビの西田Pとの本「てれびバカ」の出版記念イベントがございます

会場:MARUZEN&ジュンク堂書店 梅田店

日時:12/7(土)16:30からと19:00からの2回

詳細は「MARUZEN&ジュンク堂書店 梅田店」のネットストアページのイベント情報で

http://www.junkudo.co.jp/mj/store/event_detail.php?fair_id=3369

えーもう本を売らんがためにがんばっております。

またこれとは別に、先日「関西ウォーカー」さんの取材がありまして。「旅ウォーカー」というコーナーで、私と嬉野先生が案内する札幌おススメスポットという感じで、私の行きつけの店を紹介しております。普通のガイドブックにはきっと載らないであろう札幌のうまい店。掲載は1月4日発売号だそうであります。

関西のみなさま、どうぞよろしく。

土曜日に梅田でお会いいたしましょう。

【以下う日記】

2013年11月14日(木)

本日も奥さん方、こんにちは。
嬉野です。

今日もよろしくお願いをいたします。

昨日ね、知り合いから電話がありましてね。
「どーした?」って聞いたら、
なんで日記を更新したのさって質問されましてね。
なんでって言われましても日記ですからねぇ。

でも、いつも更新しないじゃないかというわけですよ。
そうだろうと、向こうは言うわけですよする、
だってする時は決まって業務連絡じゃないか、
と、こっちは詰問されるわけですよ。

あぁ、まぁそうねぇ、と思いましてね。

たしかに昨日、不意に日記を書きましたのはね、
つい何日か前に、これも別の知り合いですがね、
どうでしょうのHPはいちおう毎日覗いてるって言うわけですよ。
え?だって、昔みたいに毎日日記の更新とかしてないのに、って言いましたらね、まぁ、それでも日課だからというわけで。

それを知りましたら、なんだか「そうなのかぁ…」的な感慨を覚えましてね、「それならば」と、わたくしも昨日は思い立ちまして日記を書いたのでございましたよ。

そしたらそしたで、うちの日記はこの頃は更新しないのが日課に?なっておりますような状態ですから、そこが不意に更新されていて、しかも読めば具体的な業務連絡があるわけじゃない。
このように、日ごろと違うことをされると、
「これは、なにかあるのではないか…」と、
そこに意味を見出そうとするのが人間のようでありまして、かえって驚かしちゃった的なね…なんだかもうな状況だったと聞きまして、うーむと私も腕組みをいたし、しばし黙考いたしましたが…、ありがたいことでありますね。

だって奥さん、固まった状態のうちのHPをですよ、なんとなくそのままで受け入れてくれてるということでしょ?みなさんは。

そして、知らぬ間にその固まったままが常態となり、どうでしょうのHPは固まっているものというのが常識となり、日々のお参りのように当HPにお参りになり「あぁ、どうでしょうさんは本日も無事に固まっていらっしゃる」ということで日々の業務に戻られる。

それが不意に、さしたる理由もなく更新されていると、仰天してしまうという…。

いやぁ素晴らしい。

うちらだけが面白いんじゃないですね。
どっちかっていうと、あんたがたの方が面白い!

育てられております、どうでしょう。

でまぁ、昨日の話ですが。
久々に日記をと思いましたんですが、
久々過ぎて、なに書けば好いのかも分からなくなっており、
昨日のような、コーラとアイスコーヒーの呑み間違いでわたしゃビックリ的な、どーでもいいような話となったのでございました。

突然の意味なし更新に全国のみなさんが度肝を抜かれたか、
昨日は「嬉野さん、わたしも似たようなことがあります!」的な温かい投書を掲示板へたくさんいただきました。

好い感じですどうでしょう(^^)

放って置いても、やっぱりあんた方は主体的な人ばっかりね!

心強い!
本日もよろしくどーぞよろしゅうに。

それではみなさま、本日も各自の持ち場で奮闘願います!

ねぇ、昨日はこのフレーズすら忘れてましたよ。

解散。



2013年11月13日(水)

奥さんこんにちは。嬉野です。

どちら様もお寒うございますよね。
雪も降ります、北国は。でございます。

さて、札幌の雪は融けましてね、
ガリガリ君だった路面もガリガリしないようにはなりました。

札幌もまた、気温は上がり気味でございます。

そう言えば、いつだったですか、
すっかりコーラだと思い込んで口の中に流し込んだものがアイスコーヒーだったということがありまして、

あの瞬間、わたくし、とんでもない目に遭いましたと言いましょうか、もう瞬間的に口の中が、パニックのようにとっ散らかったことになりまして、もうほんとに、脳みそってすごいことしてくれますね。

それとも、たんに私の老化の問題なのでしょうか。
 






(16:41 藤村)

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