3月15日火曜日。藤村でございます。

藤村

<大事なお知らせ>
水曜どうでしょうフィギュア「其の2」が3/23(水)発売決定!
詳しくはこちらをクリック!!
3月15日火曜日。藤村でございます。
先週末から関西に行っておりまして、そのまま東京へ入る予定でしたが、昨夜、関西から直接、札幌に戻って来ました。
この数日間の出来事で私は、今まで感じたことのない「日本人の誇り」を強く感じました。
それははからずも、被災した東北、関東の人々が、身をもって示した誇りでありました。
略奪どころか、そこにある食料を分け合う人々。スーパーの前に、駅に、整然と並ぶ人々。世界中がその姿を目の当たりにして驚いている。
空になったコンビニで数十万円が盗まれた、放置された車で車上荒らしがあったという記事が、新聞の片隅にありましたが、そんな程度。
ほぼすべての日本人が、「今、そんなくだらないことをして何になるんだ」と思っている。
電力が足らなくて計画停電をするとなれば、全員が節電をして、急激に電力消費量が減った。この、意識の高さ。
誰が貼り出したのか、安否情報を書いた張り紙が、いろんなところに貼ってある。線路脇の踏切にも貼ってあった。避難所の扉には、「寒いので必ず閉めましょう」という張り紙もあった。なんという、秩序。
昨日は、気仙沼で津波襲来の誤報があった。しかし、それをとがめるのではなく、「津波が来なくてよかった」と思う人々。
地震直後に、女子高生を救うふたりの男性の姿があった。その男性の奥さんは、すでに津波で流されていたという。もしこの男性が、その事実に泣き崩れていたら、この女子高生を救うことはできなかっただろう。この、強さ。
避難所の学校で、ヘリポートを示す「H」の文字が書いてある。その文字の上で、男の子たちがドッジボールをしているのが見えた。この、たくましさ。きみらのような子供がいれば、日本はまだまだこれからも元気だ。
悲嘆に暮れ、泣き崩れるのは、まだもう少し先のことだ。今は、今ここにある状況を乗り切ることだ。少し乗り切ることができたら、そのときには、みんなで声を上げて泣こう。でも、今は、まわりに「大丈夫だ」と言って、見栄をはって、気丈に振る舞っていこう。
日本に、強力なリーダーシップを取る政治家はいない。だからこそ日本人は、自分たちで、この状況を少しずつ打開していくための秩序と、強さと、たくましさを持った。ぼくは、それが世界に誇るべき日本の姿だと思う。
日本の将来に悲観する必要なんかない。
それぞれの持ち場で、今、できることをやる。
嬉野さんは、掲示板を更新しております。ぼくは、編集室で、新作の編集をしております。
明日、岩手と福島では、新作の第二夜が、今のところ放送される予定です。
バカバカしいです。どうしようもなくバカバカしい。しかし、この30分だけでも、笑って過ごせることができるのなら、それが今、われわれにできることです。
来週水曜日は、DVD「アメリカ横断」が受け渡しとなりますが、東北以北では、物流の関係から、まだどうなるかわかりません。今は、食料などの物流が最優先。もう少し、待ちましょう。
東北、関東以外のわれわれが今、できることは、不安にあおられて、水や食料、電池を買占めたりしないことだ。
買い占めれば物資が足りなくなり、値段が上がる。当然のことだ。
われわれは、今、ここにあるもので、なんとでもなるんだから。
さぁ、来週、東京で開かれるはずだったコフェスタPAOも中止になったことだし、じっくりと新作を編集します。
そして、こちらにも頻繁に顔を出すようにします。
各自の持ち場で粛々と!解散!
【昨日の嬉野日記】
2011年3月14日(月)
嬉野です。
うちの藤村は、あいにく、先週末から出張中であります。
もちろん「本人無事!」の確認は得ておりますから、
御心配には及びません。
おそらく出先で、あの方も、
諸氏の無事である事を祈っておるはずです。
こういう非常時には力強い言葉を吐いてくれる人ですが、
おりませんので、本日も嬉野であります。
さて、東日本の太平洋沿岸の町々に甚大な被害をもたらした大津波発生から4日目となり、
深刻な被害状況が明らかになる中、
それでも、水没した町の避難所に、
命からがら退避した方々が、
孤立しながらも健在だったことが分かりはじめています。
本当に好かったと思いました。
被災地に家族のある方、
友人知人のある方、
安否の連絡がつかないことは、
そうとうの心労になります。
一刻も早く、連絡がつくことを願います。
報道によれば、
避難所でも、水や食料が充分ではないとのことですから、
孤立した退避場所におられる方々は、何の補給も無い中、
寒さと空腹に耐えながら頑張っておられるものと察します。
自衛隊の救助も始まっているものと思います。
昨日辺りから、テレビ報道でも、
被災地のみなさんの声が聞けるようになり、
ホッとする自分がおりました。
やっぱり人が生きていてくれればうれしい。
心強いと思いまました。
福島では原子力発電所が大変なことになっております。
被災地域では、徐々に電気も復旧し始めているもようですが、
水道は断水が続いているようです、
食料もまったく足りていないそうです。
津波被害が激甚過ぎて、
テレビでは、ほとんど報道されませんが、
茨城でも被災されている方が多数おられます。
その方々も、同じように避難所で配給が足りず、
自宅の水道も止まった中で、
強い不安を感じておられるようです。
長野でも強い地震があり、
栄村では雪崩があり、孤立している方々がおられるという、
文字スーパーでの報道を見た覚えがあります。
電力も足りていませんから。
首都圏のみなさんが、
そうとうにご苦労されている様子を、
朝からテレビ報道で知りました。
今後も、強い余震が心配されています。
これは我々日本人にとって、
未曾有の国難なのだと思います。
津波、地震の激甚なる被害はもちろんのこと、
日本経済も深刻なことになるかもしれません。
昨日には戻れない。
被災された方々だけでなく、
日本人全体に、重大な事態が起きたのかも知れません。
これからは、しばらく、
何が起きるか分からない日々が続くような気がします。
それでも、ぼくらはそれらの事実を引き受けて、
乗り越えて行くのだと思います。
被災したみなさんは、
みんな、今、生きることに懸命だと思います。
避難所でお世話されている職員の方も懸命に尽力されています。
被災地に救助に入った自衛隊も警察も消防も医療関係者も、
海外からの救援隊も含め、皆、持てる技術と経験を総動員して、懸命の救助にあたっておるのだと思います。
ぼくらは、それを見守りながら、
ぼくらの日常をいつも通りに過ごすべきです。
そうして力を貯えるべきだと思います。
どうしたってお金が足りませんから。
明治の終わりに、アメリカのサンフランシスコで大地震があり、その時、日本人は、そうとうの義捐金を送ったのだそうです。
それを忘れなかったアメリカの新聞は、「関東大震災」で今度は日本の首都圏が甚大な被害を受けたと知るや、新聞紙上でキャンペーンを繰り広げたそうです。
「いまこそ日本の人々に受けた恩を返す時だ。金額の多寡を問うものではない。それぞれの力に応じて日本に義捐金を送ろう」と。
日本には、まだまだ、危惧されている巨大地震がたくさんあります。
それがいつ来るかは分からない。
それを思えば、これは他人事ではないのです。
しかしながら、今回、
我々は被害を受けず健在です。
日本は全滅したわけではないのです。
我々には、被災地に手を差し伸べる用意と力がある。
今回の震災で日本経済が打撃を受けるのであれば、
それを挽回するのが、被災しなかった我々の務めだと思います。
ぼくはやっぱり日本が好きです。
日本人が大好きです。
大好きだった風景や人の営みが破壊されて、
ぼくはとても悲しい。
それでも生きている人が多数いるのを知って、
嬉しかった。
ぼくらを取り巻く環境がどう変わろうと、
ぼくらは生きていくばかりです。
ひとりでは生きていけない時代に入ったのだとぼくは思います。
他人を助け、助けられることがなければ、
生きてはいけない時代が来たような気がします。
力を合わせて生きる。
でもそれは、人類誕生の昔から、
ぼくらの祖先が、繰り返してきたことだと思います。
それをもう一度、ぼくらは思い出す時代を迎えた。
そんな気がします。
それでは諸氏、
本日も、各自の持ち場で、どうぞ、奮闘願います。
【2011年3月12日(土)】
嬉野です。
今朝、東北の津波被災地の空からの映像を見て、
あまりの被害規模の大きさに泣きそうになりました。
市町村ごと津波で壊滅しているではありませんか。
あそこで暮らしておられたみなさんは、
全員避難されていたんでしょうか?
被災地で避難生活をされている方が、
おそらく膨大な数、おられると思います。
ご家族と連絡がとれない方々は、
心配で堪らないだろうと思います。
携帯電話も繋がりません。
かろうじてメールは飛ぶようでしたが、
宮城、山形では全域で停電が続いているようなので、
やがてバッテリーも切れてしまうでしょう。
余震はこの先1ヶ月続くおそれがあるとのこと。
それも震度7クラスの余震も心配されており、
さらなる津波の可能性もあるとのことです。
避難生活は長引くかもしれません。
東北は昔から、
どうでしょう贔屓の土地柄であります。
それを思い、あの被災映像を見ると胸が痛いです。
みんな!無事でいてくれ!
北海道も沿岸部で津波被害がありました。
それでも、札幌の街は、被害には至らず、
本日も朝から平静です。
それぞれに厳しい状況だと思いますが、
それでも各自の持ち場で奮闘いただきたいと思います。
がんばってくれ!
(15:12 藤村 )