2009年6月17日(水)

2009年6月17日(水)

嬉野です。

奥さん。

「日記本」のお試し読みのコーナーが好評です。

あれをお読みになって「あら、おもしろそうね」と、予約される奥様方が続出です。
いやぁ思いついたことはやっておくもんですね。
実に我々の思う壺の展開です。ありがたい。

ということでね、
あまりですねぇ、
こういうふうな調子に乗った書き方をしておりますとですねぇ、
怒りに近いお叱りを受ける時代でございますので、大概にして。

あ。そうだそうだ。携帯からもですねぇ、
お試し読みできるようになりましたからねぇ、
ぜひ、そちらからもごらんください。

「あら、おもしろそうね」ということでね、
携帯からも、またぞくぞくと...。

いやいや...そうじゃない、そうじゃない。

さてと、いうことでね。

この前ね、「小さなお悩み募集係り」宛てにね、

「死ぬ事と生きる事はどっちが大変なのでしょう」

みたいなのがありました。

いろんなお悩みがあるもので。
そんなこと私なんかに聞かれてもという話ですが。
第一ね、小さいかい?テーマ的にそれ?

ただね。
我々生きている人間は、どっかでね、
死ぬということも、生きる事の延長として考えている節があるなぁ、と。ある時、そう思ったのでございます。

その話をこの際しますよ。

戦時中の話ですが。
「大陸打通」という作戦があったそうで。
詳しくは知りませんが、NHKの番組で見て知ってね。
私は、ひじょうに興味深く当時の兵隊さんの体験談を聞いたわけです。

その「大陸打通」という作戦が、また実にひどい作戦で。

どこから話を始めれば好いのか。
つまり、その、肝はね、石油の話なのです。

飛行機も軍艦も、みんな石油を燃料にして動くものですから。
どんなに凄いものでも石油が無かったら動かない。
最新式の高価な飛行機も巨大な軍艦も高性能な戦車も、
石油が無かったら動かない。
動かなかったら、とにかくただのガラクタです。

そんなバカな!あんなに予算を使って作ったのに!

だって動かないんだから活躍出来ないでしょ!
そーでしょ!
敵を前にして動かなきゃ!そんなもんガラクタでしょう!

そりゃそーだ...。
よし!だったらなんとしても石油の確保だ!

しかし、その石油資源が日本には無かった。

だから日本には、石油資源を求めて南方へ進出していったという歴史があるわけです。

太平洋戦争で、そんな日本がアメリカに押されて、
負けだして、日本軍は飛行機もほとんどアメリカ軍に落とされて、軍艦も沈められて、空も海もアメリカ軍に制されて。

そんな不利な状況で、日本から、のこのこタンカー出して南方まで出掛けようものなら奥さん、途中で偵察機に発見されて、潜水艦の魚雷にアッサリ沈められてしまうわけでね、八方塞ですよ。

こんなんで、どうすれば南方まで石油調達に行けるのだ、といった状況に追い込まれて、そこで窮余の一策で思いついたのが「大陸打通」という作戦だったそうで。

つまり。言い分はこうです。

空も海もアメリカに押さえられているからといって、
手をこまねいているわけにはいかんだろう!
そーだ!
だったら陸路で行こうじゃないか!

と、いうことだったそうで。

つまり中国大陸を南に歩いて、
徒歩でベトナムあたりまで行くということでしょうか。

遠足で、行く先がベトナムというのはべらぼうです。
そんなこと聞いたら全校生徒がびっくりします。

ブンブンクンバンなんてもんじゃないですよ。
普通の神経だったらだれも思いつかない発想でしょう。

でも戦争に負けてると、責任者はだんだん神経が普通じゃなくなっていくんでしょうか、思いついちゃった。

で、日本軍は、徒歩で「大陸」を南下し、途中にあるアメリカ軍の陣地を撃破する。そして南方への道を「打ち通す」。
そこで「大陸打通」という作戦名がついた。

で、その行程、徒歩七ヶ月と聞きました。

七ヶ月!

七ヶ月かけて歩いて、そこで戦争をして帰って来る。

帰りはまた七ヶ月かかるんでしょうか???

「打通」に成功したとして、南方の石油は人が背負って日本まで持って帰るんでしょうか????

みたいな話でね。
成功しても意味の無い作戦だったわけです。

とにかく片道七ヶ月歩くって考え方が尋常じゃない。

けれど、その尋常じゃない作戦が正式に発令され、
正式に命令を受けたからには、兵隊は実行するしかなかったという時代だったそうです。

その行軍が悲惨だったと、お爺さんになった兵隊さんはテレビカメラの前で語っておりました。

行軍を急ぐあまり、不眠不休に近い状態で兵隊は歩かされる。
両肩にたすきにかけた重いカバンの紐が歩くたんびに肩で擦れる。
やがてそのうち赤く腫れ、皮がむけ、出血し、傷になる。
それでも歩き続けるから、また擦れて、傷は深まり、傷口は膿んでくる。それでも兵隊は歩かされ、傷口はまた擦れて、傷は、ますます深くなる、しまいには膿んだ傷口から蛆虫が涌いてくる。

ゆっくり眠る事もできない。
お布団で休む事も無い。
食事も満足な物は食べられない。
お腹を空かせて。
楽しみは無い。
ただ毎日苦しくてたまらない。
だけど、苦しい毎日は終わらない。
いつまでたっても苦しさから解放されない。
苦しくてしょうがない。
辛くてしょうがない。

「や〜めた」とは言えない時代だったのです。

逃げたら脱走兵です。罪人です。銃殺かもしれない。
でも銃殺されてそれで終わりじゃない。
国の家族は罪人の家族と言われ、親兄弟、親戚に迷惑が掛かる。世間から非国民と言われ、差別され、大好きな親兄弟に悲しい思いをさせる。親不孝はしたくない。小さな兄弟たちを泣かせたくはない。もう、逃げてくとこなんかどこにもない。

それに自分だってお国のためにこんなに頑張ってきたのだ。それなのに、ここまで来て罪人のように言われたくはない。
でも、この苦しさからはもう解放されたい。もう耐えられない。
それでも、今日も明日も歩き続けなければならない。

苦しいよぉ苦しいよぉ。

やがて、疲れた兵隊たちから、悲しい声が洩れてくる。

「なぁ、死んじゃいかんのかなぁ」
「死にたいなぁ」
「死なしてくれんかなぁ」と。

みんな真剣な目をして死を考え、死を望むようになるのだ、と。

その話をねぇ、聞きながら思いました。

人が死にたいと思う時、
それは生きているのが苦しいからなのだと。

生きているのが苦しくて苦しくて、逃げ場も無く、
我慢できなければ、人は真剣に死にたいと思うものなのだ、と。

そして、人が真剣に死にたいと思うのは、
死んだら楽になれるはずだと、そう思うからだ、と。

死なずに楽になれる道が他にあれば、
誰も死にたいとは思わない。
誰も死ぬことなど思いつきもしない。

楽になりたい一心で、
人はある時、死ぬ事を真剣に考え始めることがある...。
だったらそれは理解できることだと。
あの時ぼくは妙に納得したのです。

今はもう、大陸打通を命じられる時代ではないけどね。
それでも死にたいと思う人はいる。

自分の人生が苦しいというのは、それぞれの主観ですが。
それぞれの苦しみは、それぞれの人の胸の中で猛烈に炎上しているはずなのだから。だから、その人たちは毎日その火に焼かれているのだろうなぁと思うのです。

泊まってるホテルが火事になって、
気がついたら自分の部屋まで燃え出していて、
熱い熱い火炎に煽られて、火に追い詰められて、
でも自分の部屋は地上20階で、
窓から飛び降りたら、自分の命がどうなるかなんて、
分かりきったことですが、
それでもね、もうだめ、もう焼かれる、
そう思うところまで火の手が寄せてきたら、

ぼくらは、一人の例外も無く、
窓から飛び降りるのではないでしょうか。
たとえ死ぬと分かっていたとしても。

ぼくらはただ、耐えられない苦しさからは逃れたいのですよ。
楽になりたいのです。

あぁ。
それは、誰の心にもあることだなぁと、
当たり前のこただなぁ、と、その時思ったのです。

死ぬ事と生きる事と、どちらが大変ですか?

だから答えはこうです。

自分が楽になる道が、ほかに何一つ見つからないと思えば、
人は死にたいと思うということです。

反対に、生きていて苦しくもないのに死にたいと思う人はいないのです。

幸せなら、誰だって生きていたい。そう思う。
不治の病で死をほのめかされれば、誰もが死にたくないと思うように。だれだって、本当は死にたくは無いです。

でも、死ぬほかに自分が楽になれる道が見つからないと思ってしまえば、やがて人は死ぬ事を真剣に考えるようになる。
考えたくもない悲しいことを考えるようになるのです。

その状況は悲しい。
でも、そう考えることはまったく不思議なことではない。
まったくおかしなことではない。
精神を病んでのことではないのです。

人は、状況次第では、そう思ってしまって当然だと。
この頃ぼくは思います。

だから「死ぬなんてダメだ」とは、
ぼくは、もう言えないでしょうね。

「死にたい」と思っている人の心の中の炎上を思えば、
無理も無い、そうとしか思えなくなってしまったのです。

その人は逃げ場も無く、ひとりで火に怯えているのだろうと思うから。

でもね、この世には、死んだ人はいないから。
死んだ人は、もうどこにも生きていないから。
死というものが、どんなものなのか、それは誰にも聞けないことなのです。

楽になりたいと思って死んだとしても、
死んでいった人たちが、
そのあと楽になれたかどうか、それを保障してくれる人は、どこにもいないし、語ってもくれない。

死にたいと思うのは、
いつの世も、
ひとつの例外も無く、
生きている人なのです。

その生きている人、つまりぼくらが、人生に悩み、苦しくてたまらなくなってしまったある時から、真剣に「死ぬ事」を考えるようになるのなら、

その時、生きているぼくらは、
「死」に、ある種の「解放」を期待するようになっているのです。

その時の「死」は、だから、
あくまでも「生」の延長として、
ぼくらに認識されているはず、だと、ぼくは思います。

なぜなら、「楽になった」とホッとできるのは、
生きているぼくらだけなのです。

ホッと安楽に安堵できるのは、生きている限りのことなのです。

それくらい、
生きているぼくらは、死を経験することはできない。

違うでしょうか。

だからぼくは思うのです。
ぼくらが望む時の死が、「安楽」や「解放」を望んでのことであるのなら、その「死」は、どこまでいっても生の延長でしかないのだと。

だから。
生きる事と死ぬ事はどちらが大変なのだと、
生きているぼくらに、比べる事など、できはしないのです。
それくらい、生きているぼくらは、本当の死のことなど理解することは出来ないのだと思うのです。

ぼくらが願望する死は、あくまでもぼくらが用心深く渡る、生というロープの一部に張り付いているものでしかない。
そこでロープを踏み外したとても、落下した先に、ぼくらの疲れた身体を柔らかく支えるネットを期待するのは幻です。

ぼくらが「死にたい」と思うのは。
ぼくらが皆、日々を幸福に生きていたいと切望する者だからです。
幸福でありたいと望む者、それが、人という生き物だと、思うのです。

他人の心の内がどうなのか。
それをほんの少し思うことなら、ぼくにも出来る気がします。
出来ない事は出来ないと、ぼくはドライに考えるけど、でも、出来ることはすべきだと思っています。

誰もが、出来る事をするなら、世の中は、ほんの少しかもしれないけど優しく穏やかになるのではないでしょうか。
それだけで、ある人には逃げ道ができるかもしれない。
そうしたら、窓から飛び降りる事はしないで済むようになる。

そんな気がします。

いずれにしても当事者にならなければ分からないことがある。
そして、いつぼくらは当事者になるか分からない。

ぼくらの状況はそれぞれだけど、
ぼくらは、皆、同じ立場に身を置いているのです。

いざとなれば、皆、同じ身の上なのです。

そんな気がします。

ま。あれだな。
こんな事書いたら、また世間の人に叱られるな。
まぁ、いいか。

じゃ、奥さん。
本日はここまでだ。
また明日ね、解散!



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(18:47 嬉野)