2012年12月21日(金)

2012年12月21日(金)

九州への出張のついでに故郷へ立ち寄り、小春日和の日差しに誘われ私は故郷の町を歩いた。

小さな城下町の小さな繁華街を目指したが、私の記憶に留まる町の姿はなかった。

あったのは信じられないほどシャッターの降ろされた通りで。その降ろされたシャッターの連なりの距離が想像を絶し、歩けども歩けども軒並みシャッターは降ろされており。
かつてアーケード街にあった大型店舗は撤退しその場所は既に砂利の敷かれた広々とした空き地になっていた。
何も生み出さない空き地を冬の日が照らし、薄暗いはずのアーケードに不意に呑気な日差しが場違いに溢れ、辺りを照らす陽気な日差しがどうにも長閑で悲しい悲しい。

映画館の集まっていたビルは姿を残してはいたが空き家になっていた。

繁華街のひとつの中心のようにあった神社は昔のままに残っていたが、その周囲の賑わいはやはりなかった。
学生が集まり高校生や中学生の自転車が溢れるように停められていた書店は遠の昔にほかの物件に姿を変えた風で、その変わった物件も既にシャッターを降ろして久しい様子だった。

昔賑わっていた食堂も、人気だったうどん屋も、通りの道筋だけを残して商店街は頑なにシャッターを降ろして上げる予感もない。

そうなるとおかしなもので、反対に私の頭の中には自分が高校生だった頃のぎょうさんの人通りと賑わいばかりが鮮明に蘇ってくる。

そして目の前の光景がその頭の中の光景と符合しないことに違和感を感じる。

「いったいあれから何があったのだろうか」

昭和50年代の前半にこの町を去り、そこから今日までの30年間にこの町に何があったのだろう。

私はこの町の惨状を前にして、

「これは復讐なのかもしれない」

と何故か思った。

この、人の流れの激変に不自然なものを感じたのだと思う。

何故なら、この小さな城下町にも未だに多くの人は住んでいるのだから。

この小さな城下町の、この小さな繁華街を人で溢れさせるくらいの人口は依然としてこの城下町にはあるのだから。

そして人が住んでいるのなら人の生活、人の営みは何処までも続くわけで。

それならば商店街が必要とされなくなる理由は見あたらないはず。

それなのに、ある日、流れは変わり、かつて永らく不動の地位にあった商店街には人が来なくなり、人の流れはついにこの商店街には戻らなかった。

それを思うと、「復讐」という言葉が直感的に浮かび上がるのだ。

復讐というと穏やかではないが、反動というベクトルが発動する瞬間を、人間は密かに待ちながら、不穏な復讐心を懐に隠して、人は日常を素知らぬ顔で歩き、素知らぬ顔で他人と付き合っている。
そうであるような気がするのだ。そしてそれは間違いのないことだと思うし、別に驚くほどのことでもないようにも思う。

新聞を購読していないことが社会人として恥ずかしいという雰囲気がすこし前まで日本にはあった。だから読みもしないのに新聞を購読し続けるということがあった。でも今はもうない。

読むわけではないけれど、ある程度の年齢になったら自分の家に自分の書斎を持ち書棚に世界文学全集を並べるということがすこし前のそのまたすこし前の日本にはあった。

客を招じ入れるあるじの背には世界文学全集の並んだ本棚があるのだ。読みはしないのだ。招じ入れた主も、訪ねてきた客も、読みはしないのだ。だが、訪ねてきた客が、主の背に並べられた世界文学全集を見て焦り、さっそく後日無理をして書棚と共に全巻揃えるということはあったと思う。

本を読まないとは言いにくい雰囲気が少しすこし前の日本にはあったのだ。本は教養だったのだ。そして教養がないと思わせることは社会的に不利益だと思い込んでいたのだ。

だから、読みもしないものを、「それでも買わなければ」と思い込んでしまう。

それは隷属だったのだ。

そうだろうと思う。

その隷属が、目に見えない鎖に繋がれた日々となり、人の心にその人も気づかぬうちに復讐の火を灯す。

どうしてかそんな気がしたのだ。

物が売れることの本当の理由。

その本当の理由が、恒常的に膨れ上がる売り上げの数字に隠れて見えないことがある。
ということなのだろうと思う。

どこまでいっても物の価値は絶対化できないから。

売り上げという絶対化できる数字だけが人類の上にいつまでも君臨するのだ。

そして未来永劫、売り上げる数字のその真の根拠が浮き上がってくることはないのだ。

真の根拠が浮き上がってくることがない以上、その売り上げの数字に隠れて、復讐の心もまた、灯され続けていくのだと思う。

流れの激変には、それ以前に必ず隷属の時期が長くあり、人々は反動のタイミングを待って、未来のある瞬間、いっせいに復讐を発動する。

でも、復讐は破壊だから。そのあとに秩序を失い、世界は混迷を生み続けることになる。

でも、それが歴史であり、それが人生なのだと受け入れるしかないのだと思う。時代とはそんなものなのだと。

故郷の惨状から、思わぬ方向へ来てしまったけれど。

手っ取り早い話、石油が高価になってしまえば、誰もが車を手放すしか無く、そうなれば歩いて行ける範囲に商店がなければ生活はできないわけで。やがてエネルギーが不足する時代は来るのだから。
その日が来れば、この小さな城下町の小さな繁華街の辺りが一番立地としての条件は良いわけだから、この今は閑散としているかつての繁華街の、このシャッターが上がり始める時代も、やがては来るのだと思う。

人は生きていく中で、何かに翻弄されてしまうのだと思う。そしておそらく翻弄される理由も考えていけば無いことはないのだと思うが、それ以上に、人生とは「そんなものだ」と思うしかないという生き方を受け入れることが得策だと思う。

受け入れるということは、流されていくということだ。

流されて、やがてどこかの浜に打ち上げられる。打ち上げられないうちは流されていくしかないのだ。

不安だけれど仕方が無いのだろう。人生とはそんなものなのだろうから。というぐあいに。

なんだか思わず長くなったなぁ。
ひまだからだな。

それでは諸氏。
本日も変わらず各自の持ち場で奮闘願います。ねぇ奥さん。復讐心なんか抱いちゃダメですよ〜。
では、また来週です。解散。
嬉野でありました。


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(10:37 嬉野)

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