2011年9月15日(木)

2011年9月15日(木)

嬉野です。

えぇ、本日、どうでしょう風呂敷の詳細が
ユメミル工房の方で発表になりましたので、

これからわたくし、
風呂敷のことについて書こうかと思います。

あれはつい一年ほどまえでしょうか。
あるかばん屋が作った財布を
銀座辺りのガード下にある直営店で求めまして。

革の財布でしてね。
青い色のきれいな財布です。

お値段もね、私にしては高かった。
でも、それなのに買おうと思った切っ掛けはね、
そこのショップの売り子のあんちゃんが持ってたこと、
それでした。

その売り子のあんちゃんが、
「ぼくも使ってるんです」って出したその財布を見ちゃったのが決め手でした。

小さい財布でね。
真四角なスクエアーサイズ。
つまり、手のひらに入っちゃう正方形サイズなんです。

だから、お札は半分に折りたたんで入れるのです。
そうしないと入らない。
そんなサイズの財布です。

でも、そういう、
それほどお金の無い人でも
比較的ぱんぱんになりやすいというあたりも
少し私の気に入って背中を押したと思います。

そのあんちゃんのはね…、
え?なんですか?

「風呂敷の話はどうしました?」って聞いてます?

えぇですからね、してるんですね、今ね。

これ一見、財布の話をしているようでしょう?

いや、してるんですけどね、

でもこれ実は、風呂敷のお話をしているに等しいという、
きわめて高度な語り口で今これ進めてますのでね。
御心配の向きもあろうかと思われますが、
杞憂でございます。
ねぇ。

安心第一。実用本位。
ご家族みんなで水曜どうでしょうでございますよ。

さぁ、ということでね、
そのあんちゃんの財布ですが。

そのあんちゃん、
小銭入れのとこにもいっぱい硬貨をぶち込んでててね、
だもんだからもう、
財布の革を通してその下にある硬貨の丸い形が分かるくらい
ぼこぼこと革が硬貨の形になって盛り上がっててね、

折りたたんで入れてる札は財布から若干はみ出てるわ、
そのお札の間からはレシートやらなにやら紙の束がね、
これももうはみ出しちゃって、膨らんじゃって、
かなり、やんちゃな財布になってましたんですが、

でも、そういう乱暴な扱いにも充分に耐える材質であり、
しっかりとした縫製であることが分かるわけです。

そしてなおかつ、その痛んだ財布から奇妙な風合いが
どうにも好ましいものとして感じ取れるのです。

その感じが奇妙でした。

あんちゃんが、ジーパンの尻ポケットにねじ込み、
出したり入れたりするうちに
革の表面がこすれる。
傷がつく。
色が落ち、変色をし、していくわけです。

痛んでいくのに、その使い込んだ感じが、
なんかすごく好く見えてしまう。

そうするうちに、
「あぁ、なんかこれ好いなぁ」と思ってしまったのです。

それで買っちゃった。

あれ、棚に、きれいな新品の状態で置かれている新品の財布だけを眺めていたら、きっと買わなかったろうなぁと今でも思う。

そして、あれから1年。
私は、あの時買い求めた青い革の財布を、
愛着を持って使っているのです。

万札があれば万札を、
五千円札があれば五千円札を
あるいは千円札を、
机の上できちんと半分に折りたたんで、
その上で財布に入れる。

カード入れの切り込みは三つしかないから、
二枚ずつ入れても6枚しか入らない。
もっとカードがあれば、お札と一緒に立てて入れる。
そうするうちに財布はぱんぱんに膨らんで、
シーパンのお尻のポケットに入れられる。

そうして支払いのたびにその財布を私は出して札を抜く。
その繰り返しは毎日何度も訪れる。
そのたびに財布に愛着が湧く。

そしてふと、こういう物を作る人を尊敬したりする。
そして、そんな物にめぐり合えたことに幸せを感じる。

日々の繰り返しの中で、
ぼくらは己の人生に一喜一憂しながら日を過ごしているのですが。

物は、そういう人生の悲哀と憂鬱とは、
違う次元に身を置きながら、
ぼくらに寄り添ってくれるものだと、
なにやら思うことがあるのです。

「物にこだわる」という言い方は、どこか偉そうで好きになれないのですが、
それは、人それぞれの言いように過ぎないわけで、

普段使いに身につける物たちを、
それぞれの出番の際に、
見つめる、
触れる、この私の目や手の皮膚を通して、
押し寄せてくる喜びは事実としてあるのです。

そのことを体験することができる能力を、
人間誰もが持っていて、その小さくてささやかな喜びが、
時に人生を生き易くしてくれることがある。

きっとある。

なんか、そんなふうに思うのです。

ハードに使い込まれるほど、
物自体から何かが醸されてくる。

そういう幸福物質を醸すもの、
醸せないものが、道具にはあるのだろうと思います。

感じたということは、つまり体験であり。
それは自分でも説明のつかない体験だと思うのですが。
それだからこそ、ここにこうして書いてしまう。

うちの風呂敷もね、
そういうものであって欲しいという思いで、
作られたものです。

風呂敷なんて、
そんなに使う場面も思いつけないのが
現代の日常かもしれませんが、

それでも、使えば使うほど好ましい風合いになる綿生地を使って作っております。

「ユメミル工房」のページでは、
記事も写真も小さすぎてよく分からないかもしれませんから、
そのうち、特集ページを組んで、藤やんと一緒にみなさんにお知らせしたいと思います。

それでは、本日も、ご同輩たちよ。
各自の持ち場でなにとぞ御奮闘くださいますよう。

以上であります。

解散。


【藤村先生メモリアルのコーナー】
9月9日金曜日。藤村でございます。

このところ嬉野先生や店長と、関西方面に出かけることが多くなりました。
実は今、あるモノを京都で作っているのでございます。

それは、「風呂敷」。

図柄はなんと、「ジャングル」をモチーフにしたオリジナルで、真ん中にブンブン・ブラウが建ち、その周囲をうっそうとした熱帯雨林が取り囲み、その間からシカやヒョウ、ゾウなどの動物たちが顔をのぞかせるという賑やかなもので、さらに「出せ!大泉くん出せって!」などのセリフまで入っておりまして、「オイオイ、こんなものが風呂敷になんの?」「やり過ぎじゃなぁい?」という突拍子もないデザイン。

ところがコレ、かなり洒落たデザインに仕上がりまして、我々大いに驚嘆したのであります。

描いたのは、京都の老舗「岡重」さんの絵師(どうでしょう好き)。実に細かい線で図案が構成されており、ド派手な印象ですが、店長の提案で染め色を2色に押さえることで、実にジョーヒンな仕上がりとなったのであります。

紺色(ミッドナイトブルー)の地に、黄緑の線。(夜バージョン)
黄色っぽい地に、深い緑の線。(昼バージョン)

の、2種がありまして、両方ともに動物の目が「銀ラメ入りで光っている」という懲りようであります。

布地は、やわらかくてシワ加工のある「シャンタン」という素材か、木綿本来のカタさがある素朴な「細布」か、どちらにしようかさんざん迷いましたが、「細布」にいたしました。

「シャンタン」の方が見た目に高級感があるし、やわらかくてすぐに使いやすいんですが、「細布」には、使い込むほどに生地のやわらかさが出てくる味があります。普段使いにぜひ、酷使してやっていただきたいと思っております。

未曾有の災害に円高と、世界中から「日本はどうにも弱っている」と思われておるようですが、なにをおっしゃいますか、日本のモノ作りは今日も変わらず丹念に続けられておりますよ。

先日、嬉野先生と英国へ行ってまいりましたが、わたくし、いつのころからかお土産をほとんど買わなくなりました。なぜって、何を見ても日本のモノの方がいいと思えるから、あえて海外でモノを買う必要を感じないんです。

それよりも、日本国内でいろんなモノと出合う方が心動かされることが多い。今回の風呂敷もそうです。実際に我がどうでしょう風呂敷を作っている京都の染め物工場に何度か行って、その作業行程をつぶさに見てまいりましたが、その手間たるや相当なもの。

日本の職人さんが作るモノを、日本人が使う。その良さを自分たちがちゃんと認識する。それは決して、広い世界に背を向けた内向きなことではなく、自国のモノに自信と誇りを持つことこそが、胸を張って世界を歩く第一歩だと思うんです。

メイド・イン・ジャパン。

それは、とてもカッコいいと、あらためて思う今日このごろです。

ジャングル風呂敷は、今月29日発売。吉祥寺東急百貨店で同日から開催される物産展会場でも、もちろん販売されます。買う買わないは別にしても、まずは手に取って見て下さいな!

詳細は来週15日に発表となっております。

では、このところ腹いっぱいだの眠いだのと、そのようなつぶやきでお茶をにごす嬉野先生の本日の日記をどうぞ。



2011年9月9日(金)

嬉野です。

昨日は、なんか、眠れなくて、
ぜんぜん寝ていないので眠いです。

最後の時差ぼけかな?

さぁ、そんな私のことは放って置いて、
本日も、みなさん、各自の持ち場で、なにぶん奮闘願います!

解散。


【エジンバラ出張日記】は、
ウラ話!押せ!のページに、移動→保管しています。





(16:10 嬉野)

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