2011年8月29日(月)

2011年8月29日(月)

嬉野ですよ奥さん。

エジンバラはねぇ、
カモメが多いよ。

海がねぇ近いんだ。

だからだね。
一日中、カモメが街の上を飛んでるよ。

エジンバラは、そのカモメたちがやって来る海から、なだらかにせり上がっていく果てにある丘の尾根伝いに作られた街だから、街中に高低差があってね、とにかく坂道と石段ばかりの街だよ。

川もないのに街中に橋がたくさんあるのはね、丘と丘を崖から崖へとつなぐために橋が架けられているからなんだね。

崖の下にある街をまたいで、崖の上の街ともう一方の崖の上の街が橋でつながれている。
そんな重層的な作りの街だから、橋のたもとに立って見下ろせば、石畳の道を行き交う人たちが幾筋かの小さな川の流れのようになって見えるよ。

いったいいつ頃作られたままなんだろう、この街並みは。

まるでクリスマスキャロルの物語に出てくるような古い石造りの家並みと石畳の道がどこまでも続く街だよ。
街角にはタータンチェックのスカートを履いて豊かに口髭をたくわえたおじさんがバグパイプを吹いていたりする。

今の時期、エジンバラの街は、訪れた観光客で普段の三倍の人口になっているそうでね。

レストランも宿屋もみやげ物屋も溢れるような観光客を相手に掻き入れ時だ。

そんな、人で溢れたエジンバラの繁華街から少しそれて歩いたところに高台があってね、長い長い石段を上がるとそこは緑の芝生豊かな静かな公園なのです。

そこからだったら、丘の尾根に出来た旧市街の全容と、そこからだらだらと港まで下りながら広がっていく新市街の全てが一望できる。

絶景だよ。

カモメはあの海から丘の街へ飛んできてあの海へ帰るんだなぁ。

街の外を眺めると緑の丘陵地帯が遠くどこまでも広がっていてね。

そういえば欧州の古い街は城塞都市だったということだから、どの街も荒野のただ中にぽつねんと横たわる感じなのだろうね。

エジンバラは晴れていても不意に雨がパラパラと降りだすし、まったく降っていなかったのに劇場から出ると路面が濡れていたりしてね、明らかにさっきたっぷり降ったろうという感じだったりもする。

1日のうちに天候が目まぐるしく変わるんだね。

雲間から差してくる陽の光にあたれば直射熱はさすがに夏らしく暑くて、でも日陰に入ろうもんなら吹く風はもう冷たくてそこには秋の気配がするんだよ。

乾燥した土地柄なんだね。ふと、すごく喉が渇いている自分に気づくことがある。

なんか、そんな感じの街です。エジンバラね。

その街で精力的に動き回る藤やんのお陰で、時差ぼけが続く私も劇場から劇場へとおもしろく動き回りました。

そして最後まで時差ぼけで劇場であっさり寝てしまったりもしてました。

それでも、まる五日、エジンバラという、自分の生活圏から遠く離れた異国の街で、毎日繰り広げられるおびただしい数のパフォーマンスやコメディーやお芝居をわけもわからず見まくれたのは貴重な体験だったのです。

なんの予備知識もなく見たパフォーマンスがおもしろければもちろん、いや、かりにおもしろさが伝わらなくてもね、

つまりそのことよりも、世界中から集まった、見も知らなかった者たちが、どのようなことを考え、どのようなことを面白いと思っているのか、

そして、その面白さを観客に共感させるためにどのように表現してくるのか、

そのことをそもそも体感したいという欲求が、実は、ぼくらという人間の中には本質としてあるんだとうことに気づけた気が、すごくしたのです。

ただね。
自分の中に仕舞われているその本質に気づくためにはね、どうしても五日とか十日とかいうまとまった時間を、観劇のためだけに費やし続けなければならないのだなということもまた、実感したのでしたよ。

これがね、現実問題なかなか出来ないのが実際でね。
でもね。長い人生のたった十日なのよね。

それだけの時間さえ国や会社が体験してこいよと送り出してくれるのであれば、
ぼくらは、だれもが、その本質のあることに気づくことができる。

そのことに気づく方が好いなと思ったの。

それはほら、東京という大都会にね、実は川が多いということに気づくみたいなね、ことでね。

どの川もどの水路も高速道路にフタされたような格好になってるから、ぼくらの印象から薄いんだけど、ほんとは東京という都市の中を幾筋もの水路が今も横たわっているのよね。

ぼくらは古代から川のほとりで生きてきた。

川とぼくらの関係は本来深いはずなのに、水道が整備されたりするうちに、いつのまにかぼくらの生活から切り離されてしまった。

なんかそれに近いことのように思ったのですね。

なんか、そんな、心の水路を取り戻す作業をそろそろひとりひとりが、し始めなければならないようなね。そんな気がしたのです。

エジンバラで過ごした時間の中で、ぼくは文化という心の水路が持つ強さというものを見た気がしたんです。

文化という水路をね、見失ってしまった国と民は、いつか、それを理由に外敵に滅ぼされるのかも知れないって思ったの。

それは強い実感として、今ぼくの中にあります。

それほど、その国の歴史の中で生み出され民族の中で育まれてきた文化というものは、音楽であろうと、笑いであろうと、それがすばらしいものであれば、それを見せつけられた者に侵しがたい畏敬の念を与え植えつけてしまうもののような気がするのです。

文化はそれほどの強さを持っている。

国防や経済発展と同じか、もしくはね、それ以上の重要度で、ぼくらは日本という国を守るためにも、

自分達の文化という奴のすごさを見直してね、そいつのことを守ってやり、育てていこうとしなければならないのと違うだろうか。

そんなことをね、このエジンバラでの5日間で、思ってしまいました。

仙台からきたSIRO-Aというパフォーマンスチームがね、舞台の上で繰り出すのは、LEDの電飾を使ったダンスや、プロジェクターから舞台に向けて投影された映像を巧みに使って、虚像であるアニメーションと舞台に立つパフォーマーがあたかもリアルタイムで格闘してでもいるかのように見せる、たとえば飛んできたアニメーションのボールをパフォーマーが舞台の上で弾き返したりする、タイミングや角度や位置を正確に合わせているから、観客には虚像と格闘しているようにだんだん見えてくる。観客の脳が気持ち良く騙されていくわけね。

そんな彼らの表現の中には、なんら日本的伝統の痕跡も見えないけれどね、

でも、そんな電子的なパフォーマンスをしているチームがSIRO-Aしかいなくて、
そしてそういうことをしている彼らが実に日本人であるという事実に、

なんか、うまく言えないんだけど、なんか、あ!って思ったというのかね。

そういう、世界のしがらみから一番遠いことができてしまうのが、案外、日本人の立ち位置なんじゃないか、そんな気がしてね。

その立ち位置のせいで、日本人は、どうしても世界から分かりやすく共感してもらえないのかもしれないけれど、

でも、世界のしがらみから遠いという立ち位置を持つ民族がいるということは、そのままですでに、世界の役にたっているんじゃないんだろうか?

ぼくら日本人は、間違いなく世界のしがらみから一番遠い立ち位置に立てるというその理由で、すでに世界のためになっているはずだという、

これはもう、ひらめいてしまった、私のあてずっぽうな予感にすぎないのですが、なんか、今、そう思えてならないのです。

そのことは帰国しましてからまたあらためて考察いたしましょう。

なにぶん携帯で書いてますからね、限界がありますのよ奥さん。

ね。

さて、この日記をみなさんがお読みになる頃には、ぼくらは日本へ向かう飛行機の中です。

週明け頃には帰国するでありましょうから。それまでみなさんお元気で。

では、しばしの間さらば。
ロンドン・ヒースロー空港にて。


(10:28 嬉野)

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