2010年3月9日(火)

2010年3月9日(火)

嬉野です。

振り返れば奥さん、
この私はカメラ好きでありましたよ。
それでもいつの頃からでしょうか、
そのカメラにも触れることがなくなり。

またどうして、
あんなに好いていたものに触れなくなってしまったのか、

理由はいろいろにありますが、
結局、美的な能力にとぼしかったがゆえと、
いうことになるかなと思います、
正直なところね。

さて、そのカメラ好きの私を見越して、
実に長きに渡って、
とあるカメラ雑誌を、
毎号送り続けてくれる方がおられます。

その雑誌はいつも出版社の茶封筒に入って、
北海道テレビの私のところへ、
毎号きちんきちんと送られてくるわけでありますが、

差出人は無記名であります。
どなたが送ってくださっておるのかはわからないのであります。

その雑誌の名は「アサヒカメラ」という、
戦前からある由緒あるカメラ雑誌でありまして。

先日私はその茶封筒を破り、
アサヒカメラ3月号を手にいたしました。

表紙は一面ピンク色に染まった桜の木の写真でした。

春なんですね。

ページをひらくと、
巻頭に日本全国の美しい桜の写真が、
特集されておりました。

ところが、見開いたその最初のページを見て、
私の脳は突然反応したのです。

「この場所は知っている」と。

こんもりとした丸い築山。
そのてっぺんに立つ一本のしだれ桜。

その桜の木から幾重にも垂れ下がる、
満開の花を付けた枝の下に、
なにやら見覚えのある石の地蔵が一体だけ、
ちょこんと立っておるのでありました。

撮影地のデータを見ると、
群馬県沼田市とだけありました。

でも私はその先の地名も知っていました。

そこは、群馬県沼田市上発地。

時代は1998年、秋。

鈴井貴之、大泉洋、そして藤村忠寿と私の四人は、
その石地蔵を探し、上毛高原駅を降り、
レンタカーで群馬県沼田市上発地を目指したのです。

そして見つけ出した、
田んぼの中のちょこんとした築山。

その時は枯れ木のように冬支度をしたしだれ桜でしたが、
なんとものどかな風景で。

ぼくらは築山に上がり、撮影をし、
その後、鈴井貴之が絵ハガキの束を引いた、
あの場所が、
しだれ桜を天井と仰ぐ、
この石の地蔵の前だったのです。

水曜どうでしょう、その旅の名は、
「日本全国絵ハガキの旅」。

そのDVDが出来上がってぼくらの席に送られてきた今、
写真雑誌の中で再会するというのも、
奇なる縁と思いました。

あれから12年の時が過ぎましたが、
そういえば、ぼくらはまだ、
満開の桜に祝福されたように立つ、
あの石の地蔵を前にしたことがありません。

いつか、
春の風が吹く頃に、
桜の花が満開になった、
あのしだれ桜の下に、
また四人で立つ事が出来ればと、
どこかでぼんやりと思うのです。


追伸
「日記本3」と鯨さんの絵本も御予約中でございます!ぜひ御検討を!

追追伸
嬉野さんの甲状腺の亢進のほども、
今のところ薬でだいぶ緩和されました今日この頃でございます。
ありがたや。

そうそう明日より出張でありますれば、
今週は日記の更新ございません。

各自の奮闘を祈念いたしますれば、
皆様方には、なにとぞ御無事であらしゃいますように。

では、本日、これにて解散!で、ござる。




(17:05 嬉野)

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