2008年6月6日(金)

2008年6月6日(金)

嬉野でございます。

本日も、エキストラ募集に多数の御応募をいただいております。
ありがとうございます。
本当にありがとうございます。

本日は雨の中、監督はロケハンに出ております。
押し迫ってまいりました。気ぜわしき日々でございます。

気ぜわしい時は、中々落ち着いてものを考えたりできないものなんですね。日記も滞りがちであります。

呑気が一番なんでございますがね。
それはそれ、これはこれでございますよ。

ということでね、もう三年ほど前に書いたまま
ここに載せず仕舞いにしていたものを、
本日は載せてしまいます。

最近多いですねこのパターン(笑)。

たいしたものではありませんので、
お暇な方だけ、ぜひどうぞ。
こんな出だしで始まるものでございます。
我が家の話でございます...。


妻は釣り師である。
亭主は無趣味である。
夫婦は、一緒になって16年を数える。

札幌に越してきて直ぐの夏、亭主は妻につきあって厚田村まで釣りに出た。

竿は一本。
結局、亭主は釣りなどしない。
日差しが暖かいのを良いことに妻の脇で寝転んでいる。
熱を帯びた堤防のコンクリートは気持ちよく、亭主はいつまでもゴロゴロとしていた。

堤防釣りでは、波音もたいして聞こえては来ず、日曜でもないので人影も無い。

お子様バケツに魚が二匹。釣られたあとに放されていた。
川魚のようなスマートな流線型。なぜか姉妹のように見えた。

前の晩、亭主は夢を見た。
夢に見知らぬ女が出てきて亭主に問うのだ。

「明日、堤防で釣りをなさるでしょう」
「するかもしれない」
「その時、二匹の魚が釣れるはずです」
「...」
「どうか、その時になりましたら、その二匹の魚をお逃がしくださいませ」
「しても良いが、それが何かのためになるのかい」
「訳は申し上げられませんが、お約束をいただきたく」
「いいよ。約束しよう。魚が二匹、釣れたら海に返すとしよう」
「あぁ、うれしい。それを聞くばかりです」

そう言い残して夢の女は去って行った。

それが、この二匹の魚かもしれない。
そう言うと妻は「漫画の読みすぎよ」と、取り合わない。

二匹の魚はバケツの水に泳いでいる。

気まぐれにこの魚を海に返せば、二つの命は永らえる。
姉妹の運命を握るのが自分のようで亭主は気が引けた。
この魚がオレと妻だったら、オレも夢に出て命乞いをしたろうか。
妻の夢に出ずオレの夢に出たというのも、そのほうに分があると踏んだためか。
そうであれば、見込まれたオレにも責任はある。

妻の見ていないところで堤防からバケツを傾けた。
海に落ちていく水と一緒に、二匹の魚も落ちていく。
ドブンという音がして妻にばれた。

妻の機嫌は、我が家に帰り着くまで悪かった。

それから10年経った先週の木曜。
亭主と妻は鹿の後足を一本手に入れ、自宅の流しで解体する。

むき身の鹿の筋肉を出刃で削ぎ落とす妻が笑顔なら、そばで見守る亭主も笑顔であった。

笑顔のわけは、鹿肉の味を知っている二人だからだ。

アフリカで山羊の解体を手伝ってきたと豪語していた妻の出刃さばきは確かに手馴れて手際よく、亭主は始めて見る光景に解剖学の講義を間近に見るような興味を覚えた。

驚くほど機能的に出来上がっている動物の体には、そのシステムを構成するパーツとパーツをつなぐ勘所がいくつかある。そこに出刃を入れると肉の重みが手伝って筋肉はひとりでに剥がれて行くのだ。

亭主は激しく感心した。

嬉々として出刃を振るい解体するその妻の後ろに見える鍋の中で、塩をふられて鹿肉がぐつぐつと好い匂いで煮えている。

やがて美味そうな匂いが台所に立ち込めて、妻も亭主も幸せな気持ちになった。

常に手際の良い妻と、常に感心するだけの亭主ではあったが、それでも夫婦はひとつの目的に向かいながら共に幸せな気分で笑っていた。

この夫婦の間に去年の夏まで一匹の犬がいた。

「この子が死んだら、あたしはこの子を食べる」。

日々老いていく犬を前に妻は言った。

「食べたらこの子はあたしの中に生きるから」。

そう妻は言いつのった。

犬は去年の夏に死んだ。

死んでしまった犬を前に妻は亭主に言った。

「あんたの田舎に埋めたい」
「埋めて、土に返してやりたい」

亭主に否やはなかった。

妻はその晩遅く旅支度を始め、そのまま結局一睡もせず、翌朝早く、冷たくなった犬をクーラーボックスに詰めると、バイクの荷台に結わえ付け、駐車場まで見送りに出た亭主に強張った顔で手を振ると、腹に響くエンジン音をとどろかせながら、滑るように走り去って行った。

そして、あっと言う間に、妻は、亭主の視界から見えなくなってしまった。

亭主の田舎は九州。

物言わぬ犬との2000キロの道のりがどんなものだったか、亭主には、想像するしかすべはない。

ただ、犬と妻との、それは最後の旅になったのだ。

23歳の時、妻は子犬を買った。
寂しかったから。寂しくて心のどこかに大きな穴が開いていたから、妻は子犬を買った。

それから18年。死んだ犬は、その穴を埋め、すでに妻の肉体の一部になっていた。

あの日、妻の膝の上に抱かれた老犬は痙攣の果てに二度と動かなくなった。

干からびた犬を膝に、妻は激しく泣いた。
妻の体に、また巨大な風穴が開いた。

泣いている妻の声は、
その穴を抜ける冷たい木枯らしの音だった。

「未熟児だったから売れ残っていたの」

神奈川の奥で生まれ、行き場も無く隅で小さくなっていた子犬は、そこで妻と出会い、上着のポケットに入れられて、あの日、妻とバイクに乗ったのだ。
それから18年後、犬は老いて骸(むくろ)となって、妻が走らせるバイクの荷台に揺れていた。

夏の日に生まれてきた子犬は、夏の日に死んでしまった。
妻の許へ来る時も、妻の許を去る時も、犬は、妻の運転するバイクに乗った。

北海道から九州へ、バイクは矢のように走った。

やがて犬は田舎の土に帰り、妻はそのまま沖縄の離れ島へ渡り暖かな海に包まれて、しばらく帰ってこなかった。

あれから半年が過ぎ、妻の日常もまた忙しくなったけれど。

「犬に会いたいよ」と、今でも妻は泣くのである。


これを書いた三年前、
病気にでもなるのではなかろうかと思うくらい、泣き明かしていたうちの奥さんも、三年経ったこの頃やっと泣かなくなった。

そうすると。
こんどはどこと無く、亭主の方が思い出すものなんだよね、
犬のこと。

あの犬に会いたいなぁと思うのね。

でも犬なんてさぁ、
別に、家のたまったローン払ってくれるわけでもないでしょ、
飼い主を養ってくれるわけでもないでしょ、

どっちかというと、ぼくら飼い主から餌をもらって、散歩に連れてってもらったりして、世話してもらわなきゃいけないことの方が多いわけでしょ、いや、そればっかりでしょ。

それってつまり、役立たずでしょ、
それなのに、その役立たずに、どうしてだか、もの凄くこっちが慰められてるんだよね。

気づけば。

だって、死んでしまってね、悲しくて悲しくて泣いてしまうっていうのはさ、精神的にもの凄く頼っていた相手にだけだよね。

だから、うちの奥さんも、私も、
精神的に犬にもの凄く頼っていたんだと思う、
知らないうちにね。

だからあいつが居なくなってしまって、
とてもとても弱った。

今もそう。

いったい他人の役にたつって、どういうことだろうね。

人の関係も同じだと思う、
どんな人が、ぼくらの役にたっているのか。
それだって案外分からないもののような気がする。

ということでね、
なんとか本日も日記の体裁を取り繕いつつ、
本日はこれにて解散でございます。

奥さん、また明日お会いしましょうね。

明日は土曜日でお休みだけど、
ひょっとしたら、夜にでも来てるかもしれないのでね。

それでは皆様、和やかに今夜の夕餉を楽しみましょう。

解散!




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(16:23 嬉野)

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