5月23日金曜日。藤村でございます。
嬉野先生が昨日の日記で、往年の怪獣映画にひっかけて、うまいことエキストラの重要性を説き、「だから皆様!是非ともご協力を」と、老練な技をもって募集告知をなさっておりましたが、私は本日ストレートに怪獣映画の話をさせてもらいますよ。奥さんは興味ないかもしれないけど、旦那さん連中は好きですからね。
旦那さん、観ましたか?「クローバーフィールド」。
米国産の怪獣映画ですよ。
もう、三半規管が弱い者たちは、映画を観ながらにして、車酔いを体験してしまうという、すごい映画ですよ。
いや、「映画」というか、中身は「ホームビデオ」です。言ってみたら、どうでしょうと同じです。
ニューヨークの、「その昔セントラルパークと呼ばれていた場所」に落ちていた一本のビデオテープ。そのビデオテープが、ただ再生される、スクリーンに映し出される、という、「映画館でアメリカ人の友だちが撮ったビデオを見せられる」みたいな感じですよ。
だから、酔うんです。どうでしょうさんも、「四国八十八か所」あたりは、たまにテレビ見ながら酔いますからね。あれと一緒。
でもね、映ってる中身がまるで違う。
「薬王寺のY!」とか言って寺の前で両手広げて陽気に立ってる白装束のバカが映ってるビデオとはわけが違う。
そのアメリカ人のビデオには、「怪獣」が映ってるわけですよ。
ニューヨークに突然現れた怪獣が、チラチラ映っている。チラチラとですよ。しっかり撮れてない。ここらへんは嬉野先生と同じです。ただこのアメリカ人は怪獣から逃げまどっているから、撮れてないんです。半分寝ながら回してるからおめぇーは撮れねんだよ!てのとはわけが違う。
怪獣が映っているホームビデオ、それも編集されたものではない、それを延々と見せられる。
なぜ怪獣が現れたのか、どうなったのか、そこらへんの詳しい事情がほとんどわからない。
この映画、賛否両論、評価はまっぷたつです。
私は、大絶賛です。
この映画はすごい。
だって、編集されてない一本のビデオテープですよ。基本的には、ビデオのスイッチをオンしてオフするまで、何分あろうがワンカットですよ。
そうなると、例えば「向こうから怪獣が来る」→「ビルの中に逃げ込む」→「怪獣がいなくなって外へ出る」→「さっきまであった街がガレキの山になってる」。
この一連の映像がワンカットですよ。さっきまであったニューヨークのビル群が、外へ出たら無くなってる。
揺れ揺れのビデオ映像に、ものすごい手数のCG処理をしているわけです。
かっこいいですよ、その心意気が。
いや、わたくしには「いつの日か怪獣映画を作りたい」という野望がありまして、その映画というのは、わざと「テレビカメラで撮りたい」と思ってたんですね。
リアルな怪獣映画。
怪獣がもしホントに現れたら、我々はどんな映像を目にするか。
それは「ニュース映像」だと思うんですよね。
我々にとってリアルな映像というのは、テレビカメラが撮ったニュース映像。「ブン回し」と呼ばれる、カメラマンが肩にかついで、現場に突入して行くみたいな、そんな映像。それで映画を撮ったらどうだろうと。
先にやられたぞ。アメリカ人に。
しかし、キミらが作った映像は、あまりに揺れ揺れで気持ち悪くなったぞ。
いつか見てろよハリウッド!
HTBの報道カメラマン総動員して怪獣映画作ってやるぞぉー。
【昨日の日記残しときます】
嬉野でございます。
こんにちは。
ドラマで大事な登場人物は誰か。
それはエキストラです。
勿論、奥さん。
エキストラ募集を想定しての、この語りだしではありますよ。
そらそうです。
しかしながら、本音でもあるのです。
私の幼少時、
それはそのまま日本の高度経済成長の始まりの時代でした。
そんな時代。
なぜか日本は怪獣ブームでしたよ。
身の丈数十メートルもあるという怪獣が、日本の都市で暴れまわり、人の暮らしを破壊し、町を廃墟にしていくのです。
そんな破壊映画が、毎年、何本も何本も子供向けに作られていたのです。
暴れまわる怪獣は、何かに怒っていたのだと思います。
経済偏重の日本社会に怒っていたのか、それとも国民生活を不幸に陥れる公害に怒っていたのか、それともそれとも、先の大戦で世界中が受けた負の教訓を踏みにじるかのような原水爆実験、軍拡競争に怒っていたのか。
それとも、只々、虫の居所が悪かっただけだったのか。
そのあたり、よくはわかりませんが、
とにかく怪獣は怒っていたのです。
そしてその怒りに観客も共感して怒っていたのでございます。
遠くへ行きたい。
ディスカバージャパン。
人間らしさを置き去りにして、経済だけがぶよぶよと成長していく時代。
ゴジラもガメラもその頃のヒーローだったのです。
しかし、隆盛を極めたその怪獣ブームも、
1970年の大阪万博のお祭り騒ぎが終わった後、
掻き消えるように、衰退してしまったのです。
私は、怪獣ブーム衰退のその原因が怪獣映画のエキストラにあるような気がしてならないのです。
怪獣映画のエキストラ。
それは、襲い来る、巨大な恐怖から逃げ惑う群集です。
その逃げ惑う群衆の逃げ惑い方が時代と共に手ぬるくなっていったのです。
巨大怪獣が目の前に迫っているのに、やる気無い走りを見せる長髪の若者エキストラ。
懸命に走ることが馬鹿らしいとでもいうような顔で、とりあえずふらふら走るお嬢様エキストラ。
せっかく物語が盛り上がり、大怪獣が品川沖から日本に上陸し、恐怖は最高潮だというのに、怪獣の足元で、気恥ずかしいといわんばかりの半笑いの表情を浮かべ、とりあえず逃げてますな態度の群衆に、ぼくは子供ながら、がっかりしたのです。
高度経済成長で暮らしが好くなる一方のあの頃、
日本人にとって巨大な恐怖をイメージすることなど困難なことだったのでしょうか。
だから、走って逃げるほどの恐怖の意味が、とうとう見当たらなかった。
もう分からなくなっていたのでしょう。
1970年。
太平洋戦争終結から25年が経っていました。
ところが、1954年制作の「ゴジラ」を見てみますと、その画面の中に迫真の演技で逃げ惑う群集がいるのです。
その逃げ方が、凄い。
大八車に家財道具を乗っけて怪獣から逃れようとするおっさんの走りも顔も本気なら、
幼児を背負い、小さい子供の手を引きながら逃げ惑うおばさんの顔も引っ張り具合も本気なのです。
あの映画のエキストラには見えているのです。
戦後8年9年しか経っていなかった当時の日本人のほとんどには、夜毎の空襲で自分に向けて降り注いで来る爆弾や焼夷弾から必死で逃げた経験があったのです。
彼らには襲いかかって来る巨大な恐怖が当たり前のように見えていた。だからイメージ出来たのです。
だから本気で走れたのです。
その逃げ惑う群集として参加しているエキストラの想像力が、大怪獣映画を大いに盛り上げ、あれだけの怪獣ブームを支えていたのだと、私は確信しているのです。
1960年代の怪獣ブームの隆盛の影には、
恐怖をイメージできるエキストラの存在があったから。
そういう事なのです。
以上のような経験を踏まえた私は、今、確信するのです。
映画やドラマの説得力を支えるのは、エキストラの力だと!
ということでね、奥さん。
我々のドラマを陰で支えてやろうという、
やる気のみなさんの御協力を切に願いながら、
6月28日(土)にエキストラ大募集いたします!
場所は北海道・小樽市内。
詳細は6月2日(月)に立ち上げます応募専用HPで御確認くださいませ!
頼みますよ奥さん!
もちろん奥さんでない人もでございます!
本日は以上!
解散!
【シークレット映像のヒント】
今回のシークレット映像は3つ。
それらはすべて「DISC2」に隠されています。
それも、「同じ所に」。
DISC2のブンブン内部を映し出したメインメニュー。
「ジャングル探検」の選択文字が出る→方向キーを下に押す→「特典映像」の選択文字が出る→「決定ボタン」押す→特典映像メニューに行く。その時カンカン!と音がして「ふすま」が閉まる→この「ふすまが動いている間」に、「ある方向キー」と、続けて「決定ボタン」を押す→この操作をしておいて、出てきた通常の特典映像のメニュー画面上で、さらに「ある方向キー」を押すと、シークレット映像が出てくる→このパターンの操作でシークレットが2つ出てきます。
残るひとつは、そのどちらかの「シークレット映像」の中で、また何かの「方向キー」を押すことで出てくる。
【DVD第10弾についてお知らせ】
◆副音声の中で、「トントン・・・」という耳障りな音が聞こえる、ディスクの異常ではないか、とのご指摘がありましたが、あれは「藤村の貧乏ゆすりの音」であります。申し訳ありません。
◆ディスク2には「ジャングル探検」と「特典映像」が収録されておりますが、最初のメニュー画面上には「ジャングル探検」の選択文字しか出てきません。方向キーを押せば「特典映像」の選択文字が出てきます。ちょっとわかりにくいかもしれないので、ご注意を。
(19:19 藤村)
嬉野先生が昨日の日記で、往年の怪獣映画にひっかけて、うまいことエキストラの重要性を説き、「だから皆様!是非ともご協力を」と、老練な技をもって募集告知をなさっておりましたが、私は本日ストレートに怪獣映画の話をさせてもらいますよ。奥さんは興味ないかもしれないけど、旦那さん連中は好きですからね。
旦那さん、観ましたか?「クローバーフィールド」。
米国産の怪獣映画ですよ。
もう、三半規管が弱い者たちは、映画を観ながらにして、車酔いを体験してしまうという、すごい映画ですよ。
いや、「映画」というか、中身は「ホームビデオ」です。言ってみたら、どうでしょうと同じです。
ニューヨークの、「その昔セントラルパークと呼ばれていた場所」に落ちていた一本のビデオテープ。そのビデオテープが、ただ再生される、スクリーンに映し出される、という、「映画館でアメリカ人の友だちが撮ったビデオを見せられる」みたいな感じですよ。
だから、酔うんです。どうでしょうさんも、「四国八十八か所」あたりは、たまにテレビ見ながら酔いますからね。あれと一緒。
でもね、映ってる中身がまるで違う。
「薬王寺のY!」とか言って寺の前で両手広げて陽気に立ってる白装束のバカが映ってるビデオとはわけが違う。
そのアメリカ人のビデオには、「怪獣」が映ってるわけですよ。
ニューヨークに突然現れた怪獣が、チラチラ映っている。チラチラとですよ。しっかり撮れてない。ここらへんは嬉野先生と同じです。ただこのアメリカ人は怪獣から逃げまどっているから、撮れてないんです。半分寝ながら回してるからおめぇーは撮れねんだよ!てのとはわけが違う。
怪獣が映っているホームビデオ、それも編集されたものではない、それを延々と見せられる。
なぜ怪獣が現れたのか、どうなったのか、そこらへんの詳しい事情がほとんどわからない。
この映画、賛否両論、評価はまっぷたつです。
私は、大絶賛です。
この映画はすごい。
だって、編集されてない一本のビデオテープですよ。基本的には、ビデオのスイッチをオンしてオフするまで、何分あろうがワンカットですよ。
そうなると、例えば「向こうから怪獣が来る」→「ビルの中に逃げ込む」→「怪獣がいなくなって外へ出る」→「さっきまであった街がガレキの山になってる」。
この一連の映像がワンカットですよ。さっきまであったニューヨークのビル群が、外へ出たら無くなってる。
揺れ揺れのビデオ映像に、ものすごい手数のCG処理をしているわけです。
かっこいいですよ、その心意気が。
いや、わたくしには「いつの日か怪獣映画を作りたい」という野望がありまして、その映画というのは、わざと「テレビカメラで撮りたい」と思ってたんですね。
リアルな怪獣映画。
怪獣がもしホントに現れたら、我々はどんな映像を目にするか。
それは「ニュース映像」だと思うんですよね。
我々にとってリアルな映像というのは、テレビカメラが撮ったニュース映像。「ブン回し」と呼ばれる、カメラマンが肩にかついで、現場に突入して行くみたいな、そんな映像。それで映画を撮ったらどうだろうと。
先にやられたぞ。アメリカ人に。
しかし、キミらが作った映像は、あまりに揺れ揺れで気持ち悪くなったぞ。
いつか見てろよハリウッド!
HTBの報道カメラマン総動員して怪獣映画作ってやるぞぉー。
【昨日の日記残しときます】
嬉野でございます。
こんにちは。
ドラマで大事な登場人物は誰か。
それはエキストラです。
勿論、奥さん。
エキストラ募集を想定しての、この語りだしではありますよ。
そらそうです。
しかしながら、本音でもあるのです。
私の幼少時、
それはそのまま日本の高度経済成長の始まりの時代でした。
そんな時代。
なぜか日本は怪獣ブームでしたよ。
身の丈数十メートルもあるという怪獣が、日本の都市で暴れまわり、人の暮らしを破壊し、町を廃墟にしていくのです。
そんな破壊映画が、毎年、何本も何本も子供向けに作られていたのです。
暴れまわる怪獣は、何かに怒っていたのだと思います。
経済偏重の日本社会に怒っていたのか、それとも国民生活を不幸に陥れる公害に怒っていたのか、それともそれとも、先の大戦で世界中が受けた負の教訓を踏みにじるかのような原水爆実験、軍拡競争に怒っていたのか。
それとも、只々、虫の居所が悪かっただけだったのか。
そのあたり、よくはわかりませんが、
とにかく怪獣は怒っていたのです。
そしてその怒りに観客も共感して怒っていたのでございます。
遠くへ行きたい。
ディスカバージャパン。
人間らしさを置き去りにして、経済だけがぶよぶよと成長していく時代。
ゴジラもガメラもその頃のヒーローだったのです。
しかし、隆盛を極めたその怪獣ブームも、
1970年の大阪万博のお祭り騒ぎが終わった後、
掻き消えるように、衰退してしまったのです。
私は、怪獣ブーム衰退のその原因が怪獣映画のエキストラにあるような気がしてならないのです。
怪獣映画のエキストラ。
それは、襲い来る、巨大な恐怖から逃げ惑う群集です。
その逃げ惑う群衆の逃げ惑い方が時代と共に手ぬるくなっていったのです。
巨大怪獣が目の前に迫っているのに、やる気無い走りを見せる長髪の若者エキストラ。
懸命に走ることが馬鹿らしいとでもいうような顔で、とりあえずふらふら走るお嬢様エキストラ。
せっかく物語が盛り上がり、大怪獣が品川沖から日本に上陸し、恐怖は最高潮だというのに、怪獣の足元で、気恥ずかしいといわんばかりの半笑いの表情を浮かべ、とりあえず逃げてますな態度の群衆に、ぼくは子供ながら、がっかりしたのです。
高度経済成長で暮らしが好くなる一方のあの頃、
日本人にとって巨大な恐怖をイメージすることなど困難なことだったのでしょうか。
だから、走って逃げるほどの恐怖の意味が、とうとう見当たらなかった。
もう分からなくなっていたのでしょう。
1970年。
太平洋戦争終結から25年が経っていました。
ところが、1954年制作の「ゴジラ」を見てみますと、その画面の中に迫真の演技で逃げ惑う群集がいるのです。
その逃げ方が、凄い。
大八車に家財道具を乗っけて怪獣から逃れようとするおっさんの走りも顔も本気なら、
幼児を背負い、小さい子供の手を引きながら逃げ惑うおばさんの顔も引っ張り具合も本気なのです。
あの映画のエキストラには見えているのです。
戦後8年9年しか経っていなかった当時の日本人のほとんどには、夜毎の空襲で自分に向けて降り注いで来る爆弾や焼夷弾から必死で逃げた経験があったのです。
彼らには襲いかかって来る巨大な恐怖が当たり前のように見えていた。だからイメージ出来たのです。
だから本気で走れたのです。
その逃げ惑う群集として参加しているエキストラの想像力が、大怪獣映画を大いに盛り上げ、あれだけの怪獣ブームを支えていたのだと、私は確信しているのです。
1960年代の怪獣ブームの隆盛の影には、
恐怖をイメージできるエキストラの存在があったから。
そういう事なのです。
以上のような経験を踏まえた私は、今、確信するのです。
映画やドラマの説得力を支えるのは、エキストラの力だと!
ということでね、奥さん。
我々のドラマを陰で支えてやろうという、
やる気のみなさんの御協力を切に願いながら、
6月28日(土)にエキストラ大募集いたします!
場所は北海道・小樽市内。
詳細は6月2日(月)に立ち上げます応募専用HPで御確認くださいませ!
頼みますよ奥さん!
もちろん奥さんでない人もでございます!
本日は以上!
解散!
【シークレット映像のヒント】
今回のシークレット映像は3つ。
それらはすべて「DISC2」に隠されています。
それも、「同じ所に」。
DISC2のブンブン内部を映し出したメインメニュー。
「ジャングル探検」の選択文字が出る→方向キーを下に押す→「特典映像」の選択文字が出る→「決定ボタン」押す→特典映像メニューに行く。その時カンカン!と音がして「ふすま」が閉まる→この「ふすまが動いている間」に、「ある方向キー」と、続けて「決定ボタン」を押す→この操作をしておいて、出てきた通常の特典映像のメニュー画面上で、さらに「ある方向キー」を押すと、シークレット映像が出てくる→このパターンの操作でシークレットが2つ出てきます。
残るひとつは、そのどちらかの「シークレット映像」の中で、また何かの「方向キー」を押すことで出てくる。
【DVD第10弾についてお知らせ】
◆副音声の中で、「トントン・・・」という耳障りな音が聞こえる、ディスクの異常ではないか、とのご指摘がありましたが、あれは「藤村の貧乏ゆすりの音」であります。申し訳ありません。
◆ディスク2には「ジャングル探検」と「特典映像」が収録されておりますが、最初のメニュー画面上には「ジャングル探検」の選択文字しか出てきません。方向キーを押せば「特典映像」の選択文字が出てきます。ちょっとわかりにくいかもしれないので、ご注意を。
(19:19 藤村)


