2006年9月20日水曜日

2006年9月20日水曜日

嬉野です。

さて、今夜から北海道では、どうでしょうクラシックで「ヨーロッパ・リベンジ」が始まります。
これは1999年10月に放送した作品ですから、もうかれこれ7年も前の旅ということになるんですね。
今、あらためて見てみると、一週目の本編冒頭で、いきなり「ぼくたちは写真集を出します!」とか、3週目以降の後枠では「いよいよ今世紀最後の大・大泉洋展を開催します!」とか、番組以外のことを一所懸命に告知してるんですね。
それも毎週毎週くどいくらいに繰り返している。

1999年というのは、番組を始めて3年目という時期でしたが、同時に急に番組の身辺が騒がしく賑やかになって来始めた時期でもあったですね。
そうだったから「じゃぁ、番組以外のいろんなことも、やってみっか」みたいな感じで、番組関係者も世間も盛り上がり始めた時代だったろうと思うんですね。

勿論、北海道内だけでの話です。

そのころはまだ、このホームページも無くて、その代わりにファンサイトっていうんでしょうか、道内の視聴者の方たちが「水曜どうでしょう」の応援サイトを自主的に立ち上げて、番組の情報交換を、ぼくらが頼んだわけでもないのにネット上で熱心に交わし始めてくれた時代でもあったですね。

その数多くの自主的な熱心さが、ネットを通じて放送もされていない地域にいるにもかかわらず「水曜どうでしょう」を知っているという人の存在を増やし続けてくれていたのだろうと思います。
そういう機運が高まりだしたのも、この1999年だったと思うんです。

ちなみに、1998年に行なった「どうでしょうカルトクイズ」の時の話をしますとね、あの時テレビで参加者を募集しまして、撮影当日、HTBの正面駐車場に朝から応募に応えてくれた視聴者が600人も来てくれたと、ぼくらは大いに喜んだわけです。
それでもその人たちは、クイズに間違ったらアッサリどんどん帰って行ってしまう。

参加者全員、「水曜どうでしょう」の出演者には、何の未練もなく帰ってしまう。

誰一人「大泉だぁ!」「洋ちゃーんだぁ!」「鈴井さんだぁー!」と騒ぐ者もなく、それよりクイズに勝ち残って「どうでしょう」に出るとなったらそれはそれで恥ずかしい、みたいな感じの人ばかりだったことを良く覚えています(笑)。

「面白いと思うけど、あの人たちと一緒にされるのはいやだぁー」みたいなね。
どっかで、ぼくらをバカにしてるようなね(笑)。
「好きだけど、あの番組を好きだと周りの人に感ずかれたら恥ずかしい」みたいな。
そんな感じが、その頃「水曜どうでしょう」という番組に対して視聴者のみなさんほとんどが抱いていた正直な印象だったんだろうなと思います。

それが、「大泉洋って、ひょっとしたらカッコ良いのかも知れない」みたいなことを誰かが思い始めてしまうのが、多分、1999年、「ヨーロッパ・リベンジ」が放送されたこの頃だったような気がするのでありますよ。

1996年、ぼくが、HTBに来た十年前。つまり「水曜どうでしょう」を始める頃。
「5パーセントの壁は、なかなか乗り越えられないなぁ」と言うのが、制作部の中堅ディレクターみんなのぼやきでしたね。

そして、当然その5パーセントの壁を乗り越えることができないことから、「水曜どうでしょう」も始まったわけで、2パーセント、3パーセントという週が、長く長くずっとあったわけであります。

それが、「闘痔の旅」「サイコロ2」「オーストラリア縦断」「サイコロ3」と1年半くらい番組を続けていくなかで、1997年の「ヨーロッパ21」の最終回で、不意に9パーセントを越える数字を取ったんですね。ほんとに不意にです。その時だけです。

で、その数字を頼りに1998年から時間帯を23時台に上げたわけです。
放送時間を23時台に上げて全体的な視聴率の底上げはありました。
それでもなかなか10パーセントには届かない。

そんな番組が、北海道内で視聴率のピークを迎えたのが、この年、1999年のことだったわけです。

そして、視聴率をピークに導いたその要因が、どうもこの1999年の夏に放送した「原付・東日本縦断ラリー」だったのではないかと、今、手元の資料を見ると思えてくるんです。

なぜなら、「原付き東日本縦断」が始まるまでにも、潜在的な視聴者としては少なからぬ人たちが「どうでしょう」を見てくれていたと思うのですが、それでもその人たちが全員、足並みを揃えて毎週見てくれていたかというと、そうではなかったわけなのです。
それは視聴率を追ってみるとわかる。
そして多分、テレビの見方と言うのはそういうものなのだと思います。
見たことはある。でも毎週見ようとは思わない。ほとんど忘れてる。
そんな感じ。

事実1999年になっても、上期の視聴率は、平均すると10パーセント横ばいみたいな感じなんですね。
それが「原付き東日本縦断」の最終回でいきなり16パーセントを超えるという驚くべき視聴率を出してしまっている。
おそらくその数字を見て、ぼくら関係者は、当時、全員驚いたと思います。
驚愕したかもしれない。
「どうしました!」という感じだったとも思います。

「原付き東日本縦断」は全部で5週の企画です。
その5週のうちに、北海道の潜在的な「どうでしょう視聴者」の中で面白さが話題になる。
「どうも面白いらしい」「見たほうが好いかもしれない」「見てみるか」
その中で、見たり見なかったり、ずいぶん見るのを忘れてたりしていた視聴者がテレビの前に座りだす。そうしてだんだん足並みが揃ってくる。
そしたら4週目で大泉さんがウイリィーした!
あぁこれはもう見なきゃダメだ!
あれで一気に足並みが揃ってしまった。
大泉さんの「ウイリィー」一発で道民の足並みが揃ってしまった。

乱暴に言えば、そういうことじゃないかと思うのです。

そして、「原付き東日本縦断」の最終夜の段階で視聴率が16パーセントを越えてしまった。

そこから「夏野菜スペシャル」→「ヨーロッパ・リベンジ」と続いていく強力なラインナップが視聴者をテレビの前に縛り付け視聴率を恒常的に上げたのだろうと思うのです。
そして「ヨーロッパ・リベンジ」の第3夜で視聴率はいきなり18パーセントに迫り、最終夜で18.6パーセントという最高視聴率を出したのだろうなと思います。
その夜の番組占拠率は46パーセントでしたから、要するにその時間帯に北海道でテレビを見ていた人の半分は「水曜どうでしょう」を見ていたということになるわけです。

「水曜どうでしょう」を取り巻く1999年というのは、そういう時代だったのだろうと思います。

「水曜どうでしょう」という番組の中身は、昔も今も変わりなく素朴です。
「ヨーロッパ・リベンジ」は、ロケ初日に、いきなり「宿が無いかもしれない」といことで盛り上がっているだけです(笑)。内容は、それだけのことなのです。
でも、そんな素朴な内容を面白いと思うことが出来る。
そのことを、ぼくは、この番組を通して認識した気がします。

面白さというものは、実に多様なんでしょうね。
素朴なことの気楽さが日常の表面から消えていく時代に、素朴なことを楽しめることで、ほっとすることはあると思います。素朴なことでも丹念に拾っていくと、そこには十分楽しめるドラマがある。
そういう発見を毎週しているのが「水曜どうでしょう」という番組なのではないか。そんなことも思います。

さて、ずいぶんと長くなりましたが、「ヨーロッパ・リベンジ」。
今夜から始まりますので、まぁ、御覧くださいませ。ということでございます。

じゃ、また明日。

解散!

【水曜どうでしょうEXPO渋谷パルコ小祭(こまつり)間もなく開催!】
日時:9月29日(金)?10月9日(月・祝)の11日間
場所:東京・渋谷「パルコPART3パルコ・ミュージアム」

門外不出のどうでしょうグッズ、珍品名品の数々が津軽海峡を越えて東京・渋谷のド真ん中にやってまいります!「小祭り」とはいえ基本的に「小さな展示会」。期待せずにお立ち寄り下さいませ!

【2005年新作の放送が決定!】
9月27日?11月15日まで、ご存知KFB福島放送さんで。

(17:43 嬉野)

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