7月26日水曜日。藤村でございます。

7月26日水曜日。藤村でございます。

DVD第8弾「激闘!西表島」、現在鋭意編集中であります。

この企画、通称「ロビンソン」という名の西表島のガイドさんが、大きなポイントを握っております。彼の言動により企画が思わぬ方向へと動き出していきます。人間的に、とても魅力あふれる方だった。

「ロビンソンがいなかったら、どうなってたんでしょう?」

そう思われる方も多いでしょう。

しかしながらわたくし自身、

「いなかったら、どうなってたんだろう?おもしろくなったんだろうか?」

そう考えることは、まったくありません。考える必要もないからです。

単純に、

「いたから、こうなった」

のであります。

テレビ番組を作る際、バラエティーであれドキュメンタリーであれ、作り手は事前に「こういう画を撮りたい」「こんなシーンが欲しい」「そうすれば面白くなる」、そう頭に描いて、それに対する段取りを周到に整えて、いざ収録に向かうわけでございます。

しかしながら現実には、思い描いていたシーンが撮れないこともある。思わぬ方向に行ってしまうこともある。

さぁその時に、ディレクターはどう判断するか?

「あのシーンを撮れなければダメだ」

まず、ほとんどの人がそう思います。それが特に重要なシーンであれば、それはもう是が非でも撮らなければならない。

この「是が非でも撮らなければ」と思うのには、2つの理由があります。

まず、「自分が納得できない」という作り手としてのプレッシャー。自分の「理想」があるわけですから、そこは譲れない。

そしてもうひとつは、「そのシーンを撮らなければ、番組自体が失敗とみなされる」「撮らないと許されない」という、外部的プレッシャー。「おまえ、なんで撮れなかったんだ?」「バカ野郎!ちゃんと撮って来い!」。

テレビの場合、後者の理由が多いのではないかと思われます。

番組全体を見るプロデューサーがいて、中身を組み立てる構成作家がいて、仕上げをする編集マンがいる。そんな中で、現場を取り仕切るディレクターが「撮れませんでした」では済まされない。だから、「無理やり作っちゃう」場合だってある。

しかしながら、どうでしょうの場合、そのいずれのプレッシャーとも無縁。「無縁」というか、努力して「排除してきた」。

私にも、事前に描く理想の画というのはもちろんあります。今回の場合は、「麦わら帽をかぶり、短パンで鼻をたらしながら全力で虫を追う鈴井貴之、大泉洋の姿」でありました。「おっさんの正しい夏休み」。

ところが、現場に着いてみると、もっとおもしろそうなことを言う人がいた。「だったらそっちについて行こう」。

目標は「おもしろくする」という、ただ一点。その前では、自分の理想も外的プレッシャーも小さな問題。そう考えると、すべての状況に、純粋に対応できる。「それがおもしろくなるか?」。

「もしロビンソンがいなかったら?」

その質問に、あえて答えるとすれば、

「いなかったら、また違う展開になってたでしょうねぇ」

「おもしろくなってた?」

「あぁ?あんた、なに言ってんの?おもしろくなってたに決まってんじゃないの。おもしろくなかったら、放送しないだけだもん」

これが、どうでしょう的な答えになるでしょうなぁ。

さ、明日も西表島、編集します。


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【新作放送決定!】
ついに関西で05年新作「激闘!西表島」が放送開始!
お久しぶりでございます!ABC朝日放送さんで!
7月8日から9月2日まで毎週土曜日25:00?

(19:06 藤村)

2018年6月

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